小説 | ナノ


▼ 39

「……よし」

昨日から頑張って仕込んだ一人分のディナー。2号サイズの手作りケーキ。それらをダイニングテーブルに並べ、写真を撮る。SNSにアップしたら、ケーキを一旦冷蔵庫に戻し、楽しいクリスマスイヴのスタートだ。

ああでもその前に髪をほどこう。ラフな服装に着替えて、髪も崩してシュシュでまとめる。


「じゃ、いただきまー……」

ピンポンピンポンピンポーン


「かのえさーん!メリークリスマス!」
「……」
「あぁっ!待ってよ閉めないで!」
「……何しに来たの」

満面の笑みで玄関の向こうに立っていたのは、明らかに酔っぱらっている成宮だった。

「さっきまでチームの独身で飲んでてさ〜」
「その様子ね」
「帰りにケータイみていたら、かのえさんがSNS更新していてね?」
「……すぐアップするんじゃなかった」
「一人じゃん!って思ってまっすぐ来てみた!」

ビニール袋を持っていない手でピースを作り、ウインクした目の前に掲げる。どれだけ酔っぱらったらこんなポーズができるんだ。

「一緒にイブしよ〜?」
「しませんさようなら」
「前にかのえさんがロケしてたホテルのケーキもあるよ〜?」
「……し、しません」
「あと!テイクアクトでステーキも貰ってきた!」

本当は俺のクリスマスランチにするつもりだったんだけどさ。そう言いながら成宮の揺さぶっているビニール袋から、ちらりと店の名前が見えた。

「……ちょっと待って」
「うん?」
「その袋、もしかして」

成宮の手に持つ袋を覗き込む。肉食べたいの?なんて言ってくる言葉を無視して、もう一度よく店名を確認する。間違いない。

「……やっぱりあの店だ」
「ん? かのえさん知ってるの?」
「知っているも何も、完全紹介制の超有名店じゃないの……っ!」

完全紹介制、要は一見さんお断りと名高い人気店。一般家庭の出で、他人と食事に行かない私には、縁遠い名店だ。

「頼んだらテイクアウト作ってくれた!」
「あの店で持ち帰り……!?」
「言ってみるもんだよね〜」

せっかくだし、明日のごはん用に頼んでみた。なんて、何とも贅沢なことを言う。信じられない、そんなメニューがあることすら知らなかった。

「明日のお昼ごはんにしよーって思ってさ」
「……」
「……あれ、かのえさん?」
「……」
「……かのえさーん?」
「……っ羨ましい!!」
「えっ」

突然声を荒げた私に、成宮がちょっと怯む。

「だって完全紹介制の料亭よ!?」
「そうだね」
「そもそも知っている人っていうのも大企業の社長とか議員さんが使う場所だからただのお金持ちじゃ行けないし、私の知り合いじゃ行ったことある人いないし!」

まくし立てるように、どれだけ熱望しているのかを伝える。成宮は、ちょっと引いていた。

「それこそかのえさんの事務所の社長とか」
「聞いたけどコネないって言われたの!」
「聞いたんだ……」

ああでも、成宮はこんな気軽に食べることができるんだ。今日も食べてきて、テイクアウトで明日も食べられるなんて。プロ野球選手にもなるとそんなツテのある知り合いもできるんだな。羨ましいことこの上ない。

「かのえさん、そんなに食いしん坊だっけ」
「この店は特別!」
「ふーん……じゃあかのえさん全部食べていいよ」
「えっ」
「代わりに、さっきSNSにあげていたディナーは俺が食べてもいい?」

普段じゃありえないくらい仕込みから頑張って、すごく時間をかけて煮込んだシチューたち。自分で食べるのを楽しみにしていた気持ちも勿論ある。しかし、成宮の手には私が一生食べられないかもしれない名店のテイクアウト。

「……どうぞあがって」

考えて考えて考えた結果、私はゆっくり扉を開いた。




「わー!美味しそー!」
「ちょっと、手洗ってきて」
「俺がこっち食べるから、かのえさんはそっちね」
「ちょっと!何でそんな雑に扱うの!」

成宮は自分の持ってきたビニール袋をキッチンへ乱暴に置き、さっさとダイニングテーブルにつく。私が準備していたディナーを勝手に食べ始めようとしたので、それは何とか止めた。

「えー今すぐかのえさんの手料理食べたーい」
「手洗ってから」
「ちぇっ」
「というか、成宮は食べてきたんでしょうに」
「飲んでばっかりで食べてなーい」
「!? 何てもったいないことを……!」

あんな名店に行っておきながら、食べていないなんて。いや酒の揃えも素晴らしいとの話だが、だからといってお腹を空かせて帰ってくるなんて、信じられない。

「だってまた行けばいいし」
「またってあんた、連れて行ってもらっておきながら……」
「ん?」

「大体ねえ、成宮は贅沢に慣れているから知らないのかもしれないけど、その店って本当に偉い人しか行けないような場所なんだから、」

「俺の紹介だよ」

受け取った袋から重箱を取り出す。テイクアクトと思えないような立派な器だ。くどくどくどくど言っていれば、成宮が何か引っかかることを言った。私の手が止まる。

「……今、なんて言った?」
「俺が店主と顔見知りなの」
「……この高級店?」
「そう、その高級店」
「……」
「正確にいうと、知り合いなのは神奈川にある本店の人だけどね」
「……」
「……かのえさん?」

言葉を失い固まった私。そんな様子を不信に思ったのか、ダイニングテーブルからキッチンを覗き見てくる。

「……よかったら今度行く?」
「い、行かない……!」
「あんまりデートで使われたくないっぽいけど、かのえさんとなら全然」
「い、行きません!」
「ちぇ、まあ気が変わったらいつでも言ってね〜」

私が折れないと判断したのだろう、成宮は「手洗ってくるねー」と言って洗面台へ向かっていった。キッチンで洗えと言いたくもなったが、そんなツッコミを入れる余裕がなくなるほど、私の心は揺れていた。勿体ないことをしてしまったかもしれない。いやしかし成宮と外食は流石に。なんておもいながら袋を漁っていると。

「あれ」

渡された袋に、また別の紙袋が入っているのを見つけた。

「手洗ってきたー!食べよー!」
「成宮、これは流石に放り投げちゃ駄目じゃないの」
「ん?」
「プレゼントでしょ?」

乱雑に入っていたのは、高級ジュエリー店の小さな紙袋。みると箱が2つ入っている。
私はビニール袋に入っていたその小さな紙袋を返す。成宮は素直に受け取って、片方の箱を取り出し、また差し出してきた。

「ん!」
「いや、渡されても」
「かのえさんに!」
「いやだから、」
「かのえさんに買ってきたの!」
「……はい?」

差し出された紙袋の中には、小さな箱が見える。中身は分からないけれど、このブランドということは、きっとアクセサリーだろう。

「……ごめん、これは受け取れない」
「えーっなんで!?」
「食事わけてもらうのとは意味が違うでしょう」

ぴしゃりと言い切れば、酔っぱらっている成宮にも通じたらしい。下唇を噛んで、言葉を詰まらせた。


「……分かった」
「ごめんね、もし他に渡したい人ができたら、」
「……またいつか改めて渡す」
「いやだからね?」
「今後どうなるか分かんないでしょー! とりあえず食べよ!」
「ああ、はい」

勢いに押され、席につく。家主は私のはずなんだけどな。

流石にちょっと気まずく感じていたのだが、思いのほか成宮が明るく振る舞ってくれて助かった。明るい空気と美味しい香りで、楽しいクリスマスイヴを過ごすことができた。

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