小説 | ナノ


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「――ということで御幸、別れましょう」
『付き合ってもいないんですけど』


年末の特番ラッシュの最中であろう御幸に電話をかけたのは、成宮と一夜過ごした翌日の夜だった。

『テレビ局って、こんな数カ月前からスケジュール抑えてくるんですね』
「そりゃ今回の番組は全国飛び回るもの」
『でもよかったじゃないですか、高校野球の特別番組のキャスターなんて』
「……うん、嬉しい」

高校野球人気は、今も変わらない。その分、特別番組も多い。

夏は大会期間中も特別番組が多く放送されるが、とある局で「予選前から全国各地特定の高校を追いかける」という企画を行うそうだ。

その取材キャスターに、なんと私が抜擢された。


『で、元部員と付き合っているとマズイって?』
「不味いというか……このタイミングで公表されると取材先に迷惑がかかるかもしれないから事実確認したかったんだって」
『女子マネいる高校いくと、話題にする記者も出てきそうですもんね』

御幸に電話をした理由はココだ。先日、この話を頂いた時に、テレビ局のプロデューサーとも話をしてきた。

「プロデューサーさんが言ってくれたの。「糸ヶ丘アナのプライベートに口出しする権利はないとは分かっている。だけど高校生たちを真摯に応援するために、他所から妙な突かれ方をされる環境は、少しでもなくしたい」……ってね」

流石にここまで誠実に対応されては、”面倒な合コンを断りたい”なんて理由で付き合っている振り続けるわけにもいかない。そう判断した私は、ありのままの事実を説明した。

『それで、テレビ局の偉いさんに正直に話しちゃんたんだ?』
「……あそこまで真剣に言われたら、こっちだって真実を言いたくなるわよ」
『ま、俺はどっちでもいいんです、けど』
「けど?」

なんだか煮え切らない言い方をする御幸くん。ただでさえ彼の考えは読めないのに、電話だから尚更だ。

『そこまでしてかのえさんに?』
「数カ月全国飛び回れて、高校野球に詳しくて、スポーツ取材に慣れているアナウンサー、他に思い当たる?」
『……糸ヶ丘アナウンサーしかいないッスね』
「どうもありがとう」

自分で言うのもなんだが、きっと、私にしかできない仕事だ。でもまさか、こんな番組を任せてもらえると思わなかった。


『……あーあ、これで女避けしてくれる人もいなくなっちゃいますね』
「そろそろ本気で将来考えたら?」
『かのえ先輩こそ』
「私はひとりで楽しくやっているから平気」
『寂しくなったらいつでも言ってくださいね』

飲みにでも誘ってくれるつもりなんだろうか。でも、確かに御幸だったら無理なときは無理とはっきり断ってくれそうだから、逆に声をかけやすいかもしれない。

「御幸も、タイプの女子アナみつけたら相談してね」
『例の合コン大好きショートカットの後輩以外にも?』
「あの子はスポーツ選手NGなんだって」
『それは賢明』
「しっかりしているわよ、あの子。クリスマスも朝から私とモーニング予定」
『モーニング?』
「アリバイ作りだってさ」

どうやら今付き合っている人は「別の女の痕跡がある」らしく、クリスマスが終わったら別れるそうだ。次の人を探す時の為に、ずっとフリーであるかのような工作をするらしい。

「ずっとフリーでしたよーって、SNSでアピールするんだって」
『そのアリバイ工作に先輩を使うなんて、随分と強いですね』
「でもまっすぐな性格だから、つい構っちゃうのよ」
『……かのえ先輩、昔っから年下に甘いですよね』
「そうなの、年下のキャプテンとか特別甘やかしちゃって」
『あれー、電波が悪いのか聞こえないなー』
「……」

私が黙れば、御幸はいつもの調子で笑って「ごめんごめん」と、先輩に対する態度と思えない口調で謝ってくる。

『ま、かのえ先輩の仕事落ち着いたら青道メンバーで飲みに行きましょう』
「あら、キャプテンが幹事してくれるの?」
『結城キャプテンが頑張ってくれると思います』
「……ま、御幸にそういうの無理か」

一通り話がまとまって、じゃあ頑張って、そちらこそ。なんていつもの挨拶をして電話を切ろうとした。


『あ、』
「なに?」
『かのえ先輩、俺以外でもスキャンダルには気を付けてくださいね』
「何を今更」

何年この仕事をやってきて、どれだけ気を付けて”鉄壁のアナウンサー”と言われるまでになったと思っているんだ。

『こっちのピッチャーは諦めた様子ですけど、結構かのえ先輩がフリーだって思い始めた人多いんで』
「そうなの?」
『収録で会う他のチームのやつにも聞かれること増えたんで、何もなくても食事とか、そういうの』
「うん、わかったありがとう」


じゃあね。今度こそ通話を終わらせた。

御幸くんの言う通りだとすれば、声をかけられる回数は増えるかもしれない。とはいえ、今までと同じように気を付ければ問題ないだろう。


この時の私は、あまり深く考えていなかった。

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