小説 | ナノ


▼ 37

ピピピピッ……


ケータイのアラームが鳴る。そうだ、今日は平日。当然仕事だ。二日酔いの感覚はないが、頭が痛い。

いつも枕元に置いてあるケータイを手探りで探す。あれ、そういえばいつもより音が遠い。


ぺしっ


「……あれ」

何か、やわらかいものに触れた。


「……あれえ、もう朝ー?」
「……は?」

「かのえさんおっはー」
「……おはよ……じゃない!」


なぜ 何ゆえ どうして なんで


「っなんで成宮がいるの!?」


飛び起きて布団を引っぺがし自分の身体に巻き付け、ベッドの隅へ逃げる。もぞもぞと自分の身体を確認すれば、幸い、服は昨日のままだ。だが上体を起こしあぐらをかいた成宮は、ラフなジャージ姿に変わっていた。


「なんでって……昨日のこと、覚えてないの?」
「ご、ごはん食べた」
「その後は?」
「ケーキ食べて、ワインもう1本開けて……」

その後が思い出せない。でも水もしっかり飲んだ。おかげで二日酔いもないし、顔もむくんでいない。あれ、そういえば。

「……スッピンだ」
「そこから覚えていないの?」
「まったく」

段々と声が小さくなってしまう。ふとんにくるまっているせいで、より一層声がくぐもってしまう。そんな私に、成宮は四つん這いになってじりじりと近づいてくる。壁に追い詰められた私の耳元に成宮が寄ってきて、そして囁く。


「思い出させてあげようか」


ニヤリと笑う成宮は、ただただ怖かった。でも、何も覚えていない。くちびるをキュッと閉じて、彼の言葉を待った。昨日事務所から「くれぐれもスキャンダルに気を付けるように」と言われたばかりなのに。大事な仕事を、なくしてしまいたくない。



「……そんな顔されたら問いただせないじゃん」
「え、」
「残念ながら、なーんもなかったよ」
「ほ、本当に?」
「ほんとだっての! かのえさん寝ちゃうし!」

何もなかったと言われ、ふとんを抱きしめる力が少し緩くなる。成宮は私から離れあぐらをかき、頭をガシガシ掻いて説明し始めてくれた。

「ケーキ食べ終わってお開きってタイミングで、なんでかかのえさんがメイク落とすーって洗面台に行って、そのまま寝ちゃってたんだからね」
「えぇ何それ……」

「俺がナニソレって言いたかったんだけど!?かのえさん起きないから鍵できなくてそのまま帰るわけにも行かないし、仕方ないから一旦自分の部屋戻って着替えて、狭いソファで一夜明かそうとしたの!」
「じゃあ、なんでベッドに」

「かのえさんが「プロはベッドで寝ないと」って譲ってきたんでしょ!」
「す、すみません……」

「ちなみにかのえさんもベッドにいたのは、ソファから落ちて頭打ったから運んであげたの!」

そのくらいは許してよ。怒る成宮に、私は「はい」というしかなかった。

まったく身に覚えないストーリーが繰り広げられてたようだ。しかし、成宮とベッドにいたことも、スッピンであることも、そして私の頭が痛いことも、すべて納得がいった。

「……本っ当に、ご迷惑をおかけしました」
「まったくだよ!俺が紳士で感謝してよね!」
「ええ、その通りです」

一通り話を聞いて、ベッドの上で土下座をする。成宮もふんぞり返って罵ってくる。本当に、昨日(今日かもしれない)は迷惑をかけ過ぎた。

「もー怒ったらお腹空いたー」
「朝食を作らせていただきます!」
「純和食がいいな〜?」
「……仰せのままに」

出勤までは余裕がある。時間はかかるが、味噌汁から順番に作っていこう。こればかりは仕方がない。そう思いベッドから降りてキッチンへ向かって歩き始めたら、成宮が落ち着いた声で話しかけてきた。

「……かのえさん」
「ん?」
「ひとつだけ聞いてもいい?」

そういえば、”問いただす”っていうのは何のことだろうか。

「まず何を問いただそうとしたの」
「昨日の寝言」
「……ちょっと待って」
「大丈夫、仕事のことは何も言ってなかったよ」
「ならよかった」
「でもさ、」

今度は成宮の声が小さくなっていく。私は聞き取れなくなって、もう一度ベッドに戻り、成宮の隣に腰かける。


「かのえさん、本当は一也のことどう思ってんの?」


何を今更。そう返事をしたかったのに、成宮の顔は今までで一番真剣な表情をしていた。

「ただの後輩だよ」
「っならなんで!」
「私、昨日何か言ってた?」
「……”御幸に早く言いたい”って、寝言で」
「あー……なるほど」

おそらくきっと、”祝杯をあげたくなった仕事”のことだ。仕事の都合上、御幸には一足先に伝えることができる。

(私たちの嘘の相談を、しなきゃいけないから)

「詳しくは言えないんだけど、昨日決まった仕事の話」
「なんで仕事なのに一也には言おうとするのさ」
「それもまあ、そのうち分かるよ」
「でも俺には言ってくれないのに、なんで一也には、」

「付き合いの長さゆえかな」

そう伝えれば、成宮の顔が険しくなるのが見えた。成宮はベッドにあぐらを掻いたまま、手遊びをして全然こちらを見ようとしない。

「……俺の方が付き合い長いし」
「それはそうだけど……でも、高校生活共にしたっていうのは大きいよ」
「っそんなの!」
「ま、成宮にも言えるようになったら教えるから」

だから、朝食にしよう。顔を覗いて伝えれば、成宮はまた少し顔を険しくして、でもきちんと眉間の皺を解いてから顔をあげた。

「分かった」
「……よし!じゃあ私は準備してくるなら、成宮は手洗ってきなさい」
「その前にかのえさんが顔洗った方がいいよ」
「えっそんな酷い?」
「ううん、いつでも可愛い!」
「もう、そういうのいらないから!」


いつも通りの軽口が戻ってきたから、成宮は納得したものだと思っていた。

この寝言が成宮の心にずっと引っかかってしまっていると私が気付くのは、取り返しのつかない事態になってからだった。

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