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「御幸」
「かのえ先輩?」
「それ、大丈夫?」
「あー……大丈夫ではなさそうですね」

それ、と言いながら御幸がもたれかかっている男子トイレのドアを指さす。中に成宮がいるのだろう。

「御幸は今日も車らしいけど、飲まなくてよかったの?」
「俺、酒飲むとすぐ赤くなっちゃうんですよ」
「……あれ、この間は平然と飲んでいなかったっけ?」
「ん? かのえ先輩の勘違いじゃないですか?」
「そうかなあ」

多分、飲んでいた気がしたんだけどな。また今度みんなに聞いてみて、私の記憶が確かなら次こそ飲ませてやろう。そんなやり取りをしている間も、成宮は出てくる気配がない。

「こいつ1回酔っぱらうと醒めるまで長いんですよ」
「ごめんね、私が連れてきたせいで」
「どうせ偶然会った鳴にわがまま言われたんでしょ?」
「ああ、うん、そうだけどさ」

そういえば、偶然街で会ったことにしたんだった。なんとか話を合わせるが、どっちにしろ私が連れてきたことには変わりない。というか、酔いがさめるまで時間がかかるというのなら、数十分程度の介抱じゃ駄目なんじゃ。

「成宮の体調落ち着いたらどうするの?」
「家知らないんで、鳴が動けるようになるまで待つしかないですね」

御幸はそのまま誰かの家へ泊めてもらうつもりだったらしく、ホテルも取っていないそうだ。流石に成宮まで連れて行くことはできないだろう。



「……御幸、それ落ち着いたらここまで送ってあげて」

言いながら、御幸へメールを送る。住所のみを書いた、シンプルなメール。

「? どこですこれ」
「いいから。チャイムはこの部屋番号で」

御幸は要領を得ない私の行動に首をかしげていたが、とりあえず頷いてくれた。私は飲み会の部屋に戻り、自分の荷物とコートをひっつかむ。倉持を追い詰めていた小湊を見つけ、トントンと肩を叩き財布から数枚取り出し渡しながら耳打ちする。


「ごめん、ちょっと先に失礼するね」


***


「……もしかして、かのえ先輩の部屋?」
「説明はあとでする、成宮の部屋はそっちだから」
「……はい!?」

エレベーターで上がってきた御幸は、ポカンとしている。肩に抱えた成宮は、未だに酩酊状態。


「鍵はー……上着かな」

御幸の両腕は成宮と彼自身のバッグで埋まっているため、私が成宮のポケットを漁る。案の定、そのまま直接ポケットに入っていた。

ドアは同じつくりなので、慣れたように鍵を回す。


「お邪魔しまーす」
「成宮ー……入るぞー……?」

恐る恐る玄関をまたぐ御幸より先にさっさと上がり、勝手に冷蔵庫を開けて水を取り出す。どうしていいのか分からず立っている御幸に、指示を出す。


「ソファに転がしてあげればいいよ」
「うっす」

言われるがままに成宮を長いソファに乗せる御幸。

そして私と同じように、向かいに置いてあった同色の1人掛けソファに座った。


「……で、二人は付き合って、」
「ない」
「じゃあこの状況は、」
「成宮が偶然隣の部屋に越してきたのよ」
「そんなことってあります?」
「あるんだから、こうなってんの」

私が嘘をついていないか確認してくる御幸。
仕方がないので、例の合コンまで話を戻した。


「――なるほど、じゃあ脅されているってわけじゃないんですね」
「そ。だから安心して」
「ならよかった」
「別に心配することないわよ」

軽くそう言えば、御幸は目を細める。あ、これは怒っているやつだ。


「引っ越したばかりの時の電話、覚えていますか?」
「……あ、」
「突然プロポーズされたって相談受けて、電話ブチ切りされて」
「そ、その節は大変失礼いたしました……!」
「結局説明もしてもらえないし?」
「本当にごめんなさい」
「……ま、何もないならよかった」

そうまとめて、御幸の表情が緩まる。こちらもほっと息をついた。



「あ、そういえばかのえ先輩に一応伝えておくんですけど、」
「ん?」

「うちのエースに気をつけてくださいね」


まったく想定外の注意に、まばたきをする。

「エースって、始球式で投げ方教えてくれた人?」
「そ。始球式以来、すっげーかのえ先輩のこと聞かれててさ」
「へえ」
「”付き合ってないんだよな?それならマジで狙うからな”って言われたり」
「へえ。御幸くんはなんて答えたの?」

ちょっと間を置いて、御幸くんは言う。

「”かのえ先輩に迷惑はかけないでくださいよ”って」
「なるほど。平穏な返しね」

肯定はできない。付き合っていないし。だけどそのまま「はいどうぞ」と言われてしまったら困る。誤魔化しながらだと、これが最良の返しかもしれない。


「……一也、そこはちゃんと断るとこだろ」
「あ、鳴起きてたのか」
「起きたんだよ!変な会話してるから!」

のそりと動いた成宮が、ゆっくりと起き上がる。広いソファの真ん中にでんと座り、辛そうに頭をソファの背もたれに乗せ、天井を見上げている。

「もう体調大丈夫? 水飲む?」
「かのえさんに飲ませてほしいなー……」
「勝手に飲んでなさい」

ペットボトルの口だけ開けて、成宮に渡す。ちぇ、というものの、すぐに受け取りぐびぐび飲む。


「つーかあいつマジでかのえさん狙いなわけ?」
「さあ、かのえ先輩に連絡入ってます?」
「音沙汰何もないから、大丈夫じゃない?」

「「大丈夫じゃない」」


御幸くんと成宮の声が重なる。

「一也んとこのエースって、そんなに女好きだったわけ?」
「女好きっていうか、アナウンサー好きよね」
「鳴と一緒だな」
「俺は違うし!かのえさん一筋だし!」
「そうだな」
「……ん?」

「つーか口気持ち悪! うがいしてくる!」

平然と肯定する御幸。ちょっと驚いて御幸の方を見るが、全然説明してくれる気配がない。成宮が口をゆすぎに立ち上がったタイミングで、御幸にこちらから質問する。

「……御幸は知ってたんだ」
「何が?」
「その、成宮が私のこと、」
「……ま、今もそうとは思っちゃいなかったけど」

昔からかのえ先輩のこと気に入っているなとは思っていましたよ。そう言ってのける御幸くん。昔って、一体いつからなんだ。

「……ちなみに、昔っていつ?」
「それはかのえ先輩が自覚すべきでしょ」
「そう言われても」

「ねえ、そんなことより!」

突然の声に驚きながら、上を見上げると、すぐ上に成宮の顔があった。不満そうな顔で私を見下ろしている。私と目が合ったら、また3人掛けのロングソファにドカッと座った。


「あの投手、絶対二人きりにはならないように気を付けてよ」
「気を付けなくても、別に接点ないし……」

注意せずとも、そもそもそんな危険には陥らないと思う。確かに取材へ行くことはあれど、連絡先を聞かれてもしっかり断る所存だ。そこは御幸も同じ考えだったみたいで、私の意見に同意してくれる。

「鳴ですらかのえ先輩に焦がれて数年、ようやくだもんな」
「でも!今までかのえさんは野球の取材なかったじゃん! スポーツ番組担当ついた女子アナとは接点持ちやすいんだってば!」

同じプロ野球選手だというのに、御幸とは大きな知識の違いだ。


「へー……経験者は語るわね」
「女子アナとの交流こんな詳しいの、鳴とうちのエースくらいだろうな」
「お、俺のことは置いといてよ!もう他の女子アナと連絡取ってないし!」


何度も繰り返す成宮。しかし、向こうのベテランよりも成宮の方がよっぽどしつこい気がする。おかげで私は”しつこいプロ野球選手からのアピールをかわすこと”に慣れているので、何とかなるだろう。

「分かった、気を付けるね」
「本当に気を付けてよ!」
「はーい」
「絶対だからね!」
「はーい」


いい加減眠くなってきた私は、あくびを我慢しながらゆるい返事をする。成宮が睨んできて、御幸がため息をついているが、私だって堅物と言われるだけの生活は送ってきているだけはあると、自負している。

まあ、何とかなるでしょう。

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