小説 | ナノ


▼ 33

ピンポンピンポンピンポーン


ドアを開ければ、そこにいたのは当然成宮。

「かのえさーん!一緒にごはんしよ!」
「ごめん無理」

思ったよりも時間がギリギリになってしまった。成宮を無視してヒールを履き、自分も廊下に出て鍵を閉める。

「今から仕事?」
「ううん」
「……誰かと会うの?」

成宮の声が低くなった気がしたので、少しだけそちらをみる。確かに、自分でもいつもより気合いの入った恰好をしているとは思う。こっちの地方に引っ越してからは仲の良い人も少なくて、出かけるにしても単独行動ばかりだったから。

「まあね」
「仕事関係の人?」
「残念はずれ」

確かに、例の合コン大好きな後輩ちゃんとは飲みに行ったりすることもある。だけど、今日はそうじゃない。

「かのえさん、外食?」
「そう」
「俺も行っていい?」
「いいわけないでしょ」

どうしてそんな発想になるんだ。いいわけない。

「……もしかして、男?」
「男もいるわね」
「!? っダメ!絶対ダメ!」
「別に成宮の許可なんていらないわよ」
「やだー!俺がやだー!」

そう言いながら、私の持つセカンドバッグを引っ張る。なんでそんな掴みにくいところを掴むんだ。鍵をかけるのに集中していたら、手を離してしまいそのままバッグを奪われる。

「ちょっと、返して」
「……俺も行く」
「あのねえ、」
「お金全部俺が出す!メンバーだけでも確認させて!」

私から奪ったセカンドバッグを胸に抱いて、そんなわがままを言ってくる。こうなった成宮は折れてくれないだろう。

「……聞くだけ聞いてみるけど」

飲み会の言い出しっぺへ電話をかける。すぐに出てくれた幹事へ「年末の収録で偶然成宮と会った」なんて嘘をつきつつ、来たがっているとわがまま言っていることも伝える。絶対に断るだろうと思ったのだが、意外にも乗り気な返事が来てしまった。

『飲み会メンバー見るだけで帰るなら、球団へ領収書送ればいいの?』

通話を終了し、ため息をついて成宮の方をみれば、私の喋っている内容だけで結果が分かったのか、嬉しそうに笑っていた。


***


成宮と一旦分かれ、先に店へ到着し、もう一度合流するべく成宮を待つこと20分。結局、彼の準備を待ったせいでカンパイには間に合わなかった。メンツを確認したらすぐ帰るくせにわざわざ服まで着替えてきて、何がしたいんだ。

「で、かのえさんを誑かすバカはどこ?」
「誑かす人なんていないわよ」
「分かんないじゃん!男は全員狼なんだから!」
「成宮がいうと説得力があるわね」
「俺は違うし!」

めーちゃんだからどっちかっていうと羊か。なんてくだらないことを思いついたけど、こんなくだらないこと言っている場合じゃない。早くみんなと合流して、さっさと帰ってもらわないと。店員さんに案内された貸切部屋のふすまを開ければ――


「……青道!?」
「そうね」

既に盛り上がっている貸切部屋を開ければ、そこにいたのは懐かしい面々。6人掛けのテーブルが2つ並んで、6列。既に座布団の位置もバラバラになってはいるが、ふすまで隠された貸切部屋には、元野球部がひしめき合っていた。

「騙された……っ!」
「嘘はついてないでしょ、男いるし」
「でも青道じゃん!」


「へー何? 青道の野球部は男じゃないってわけ?」


「げ、」
「小湊、今回も幹事ありがとね」

今日の幹事が出迎えてくれた。それをきっかけに、ようやく私と成宮に気付いた面々が騒ぎ出す。

「おー糸ヶ丘!遅ぇぞ!」
「財布ちゃんと連れてきたかー」
「ちょっと!俺のこと財布って呼ぶなよヒゲ!」
「伊佐敷だっつってんだろ!」
「言われてねーし!今日初絡みだし!」

めずらしく成宮が正論でツッコミを入れる。伊佐敷くんのいる、ちょっとガラの悪そうな卓が成宮を捕まえてくれたので、私はありがたくもう一つ奥のテーブルへと向かった。




「糸ヶ丘先輩!こちら空いております!」
「あら沢村、ありがとう」
「どうぞ!お手拭きです!」
「ありがと」
「とりあえずビールでよろしいでしょうか!」
「そうする」

元気の良い後輩に声をかけてもらったので、ありがたく座布団に座る。沢村は酔ってなくても元気だ。隣にいる降谷とちょうどバランスは良いだろう。ともかくビールだ、そう思って注文しようとすれば、降谷がおずおずと減っていないジョッキを差し出してくれた。

「……準備されたものがこちらに」
「降谷のでしょ?」
「僕飲めないのに、先輩から渡されました」
「……じゃあもらおうかな」

注文を面倒くさがった小湊が、テキトーな数のビールを頼んで、テキトーに車じゃないメンバーへ回したんだろう。

降谷からありがたくジョッキを受け取り、プロ野球選手になった二人と乾杯をする。ぐいとジョッキを傾ければ、沢村はまた騒いでくれる。


「おお!良い飲みっぷりで!」
「沢村もね」
「……あと、良い投げっぷりでした」
「……降谷も、今季調子よかったみたいで」

触れられたくなかった始球式に触れられてしまい、思わず話を逸らしてしまう。しかし、沢村はそんなことにさっぱり気付かない様子で、流そうを思った話題を引っ張ってくる。

「そう!始球式!」
「沢村も見たの?」
「そりゃあ糸ヶ丘先輩の晴れ舞台ですから!」
「まー……あんまり晴れなかったけど」

入り口近くで捕まっている成宮の方を睨む。そう、あいつが打ったせいで話題は奪われるし色んな人からネタにされるし、散々な生活を送っていた。

「でもすごく良いボールでしたよ」
「ほんと? 降谷に褒められると嬉しいな」
「沢村も!沢村もいます!」
「じゃあ沢村も私を褒めて」
「お任せください!」

そのまま褒めてくれるのかと思ったのに、沢村くんは腕を組んで首を傾げ、うんうん唸っている。そんな考えないと出てこないのか。こら。

「オランウータン……いや、テナガザル?」
「怒るよ」
「ち、違います!腕の振りが素晴らしかったので!そこを推そうとですね!」
「別に動物に例えなくていいから」
「……糸ヶ丘先輩はシャチだよ」
「シャチ?」

シャチっていうのは、どういうイメージなんだろう。

「頭良くて、いつも誰かといるから」
「……なんだか照れちゃうわね」

ジョッキを傾けながら、まっすぐ見つめる降谷と目を合わせる。この子は昔から嘘がつけないって知っているから、だから余計に恥ずかしい。

「おい降谷!糸ヶ丘先輩を口説くな!」
「口説いてない」
「それにシャチみたいなずんぐりじゃなくて、手の長いやつあるだろ!」
「沢村にとって私はそこしかないの?」

手足が長いと言ってもらえるのは嬉しいが、そこしかないのだろうか。いや、足は長いと言われていないから、腕だけか。何とも言えない気持ちだ。

後輩ピッチャー二人がギャーギャー騒いでいると、入り口近くの卓の騒がしさが気になってきた。

(成宮、もうでろんでろんに酔っ払っているわね……)

いつの間にそんなに呑んでいたのか、見るからに酔っぱらっています、という様子の成宮が、増子を背もたれにしてあぐらを掻いていた。とっくに5分なんて過ぎている。

「いーや、糸ヶ丘先輩はテナガザルだ!」
「シャチだよ」
「糸ヶ丘は人間だろう」
「結城、そうじゃない」
「糸ヶ丘はキリンでしょ、首長いし」
「小湊は黙ってて」

隣の列の、奥のテーブルにいる小湊や結城が口を挟んでくる。そのせいで、今やほぼ全員に「私が何に似ているか」という話題が聞かれている。いたたまれない空間に、逃げ出したくなってきた。

しかしその時、ぎゃーぎゃー騒ぐ空間に、少し高めの声が響いた。

「かのえさんはカナリアだよ」

声を出したのは、増子くんの背もたれから離れ、机に肘をついておちょこを持つ、酔っ払いの成宮だった。

「かのえさんは絶対カナリア」

それが正解であるかのように、しっかりと繰り返す成宮。

「カナリア……? 春っち分かるか?」
「黄色い鳥でしょ。綺麗な声で鳴くんだよ」
「なるほどピッタリですね!」
「それはありがとう」

褒めてくれる後輩たちの発言に、顔を赤くする。こう、後輩たちの持ち上げに私は顔を赤くしているんだ。そう周りにも伝わるように、「やだなあ」なんて言いながら沢村の腕をバンバン叩く。痛いっすよ!なんて言われてしまうけれど、たまには許してほしい。たまにしか会わないけど。


「でも、ウグイスでいいんじゃ、」

降谷が口を挟む。確かに、野球をやっていれば「声が綺麗」の例えとしてウグイスの方が出てくるだろう。

(確かに、なんでカナリアなんだろう)

鳥のことは詳しくないけど、成宮も鳥に詳しいなんて聞いたことがない。一体どこぞの女からの情報なんだろう。
なんて考えていると、トンと軽く頭を叩かれた。振り向き見上げたところにいたのは、今日の幹事の小湊だ。

「小湊じゃん、どうしたの席移動?」
「カナリアって危険な場所を検知できるんだって」

幹事様は先ほどから色んなテーブルを渡り歩いている様子だ。ただの部活の集まりだっていうのに、しっかり幹事をしていて偉い。

「鉄壁の糸ヶ丘アナウンサーって感じだよね」
「それは誉め言葉なのかしら」
「すごく褒めているから喜んで」
「やったー、うれしー」

あからさまな棒読みで言えば、小湊は「全然心がこもっていない」と文句を言ってくる。仕方なく身体全体で表現しようと、彼に抱き着こうとすれば逃げられ腕しかつかめなかった。

「ちょっと!逃げないでよ!」
「酔っ払った糸ヶ丘って面倒なんだよね」
「ひどい!春市くんお兄さんが酷いよ!」
「糸ヶ丘先輩、結構酔ってます……?」
「さあ、どうだろ」

けらけら笑いながらそう返せば、春市はため息をついた。そして、遠くから怒声がとんできた。


「ちょっと!かのえさんと何してんのさ!」


千鳥足になった成宮が、ずんずんこちらに向かってくる。が、覚束ない足ではまっすぐ歩けない様子だ。こてんと転んだ成宮の頬を、彼と同じテーブルにいた倉持がぺしぺし叩いている。私は小湊の腕を抱えたままその様子を見守っていた。

「つーかもう1時間も居るじゃねーかコイツ」
「利子とってやろうぜ」
「つーか現金持ってんの?」
「おーい、誰か成宮に水持ってきてやれー」
「あとタオルも」

先ほどまで成宮と飲んでいたテーブルの人たちは、容赦なく財布扱いをはじめる。しかし、水を持ってきてあげたりタオルで顔を拭いてあげたりと、しっかり介抱をしてあげる辺り、できた大人たちだ。

「おい御幸!こいつ送ってけ!」
「え、純さん俺久しぶりの参加なんですけど」
「うるせー知るか!テメェの同期だろ!」
「いや敵チームですし」

と、言いつつ御幸は立ち上がる。車で来ていた様子だ。

私が連れてきてしまったばかりに、御幸に迷惑をかけてしまうとは。何とも申し訳ない。あの状態の成宮を車に乗せたくないらしい御幸が、彼をトイレへ連れていく。

私もケータイを確認する振りをして、立ち上がる。


「ごめん、ちょっと電話してくるね」

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