小説 | ナノ


▼ 32

ピンポンピンポンピンポーン


「かのえさん!一生のお願い!」

扉をあけると白っぽい頭が見えた。いつもよりずっと低い位置で。
全力で頭を下げる成宮の手には、有名ブランドの紙袋。

「聞くだけ聞こうかしら」
「実はさー……」

一応そのまま本題だけ聞いてみたら、なんとも興味深い話をされた。

(……聞くだけのつもりだったけど、ちょっと面白そうかも)

少し悩んでから、扉を開いてあげた。




「――で、ファン感謝祭で女装をすると」
「そうなんだよ!俺もう新人でもないのに!」
「いいじゃないの、盛り上がりそうだし」

ダイニングテーブルに座り、水を出してさっそく話を聞く。あたらめて聞いても、すごく面白そうだ。

もうすぐ彼のチームで開催されるイベントで、どうやら女装企画があるらしい。他の球団では毎年恒例であったりするが、今年はこっちのチームもするんだな。

「で、私にお願いっていうのは?」
「……メイクをしてほしくて」
「メイクさんいないの?」
「それがさー! 聞いてよ!」

最初は球団側もメイクさんを用意してくれる手筈だった。しかし、同じく女装することになった後輩の彼女がヘアメイクアーティストらしく、「俺は自分でやってもいいですか?」と言い出したがきっかけで流れが変わったらしい。

「つまり、各々やってきた方が面白そうだって話になったのね」
「既婚者や彼女持ちはいいじゃん!俺どうすんだよ!」
「他の独り身はどうするつもりなの?」
「自分でするって楽しんでる」
「じゃあ成宮もそうすれば?」
「やろうとしたけど分かんねーんだもん!」

そう言いながら、持ってきた紙袋をひっくり返す。なるほど、持っていた紙袋は化粧品だったようだ。

「……あんたどんだけ買ったの」
「分かんないから全部店員さんに選んでもらった」
「うわー……下地からブラシから全部しゃねる……」

たった1日だけのために、ここまで揃えるなんて。しかもシャネル。なぜここにしたのかと聞けば、「メンズあるから」と軽く返された。

「買った時に使い方教えてもらったでしょ?」
「途中までは聞いていたけど、意味分かんなくなって聞くのやめた」
「……」

その場できちんと教えてもらったらよかったのに。なんて思いつつもそれらの化粧品をみてみれば、いくつかは開封済になっていた。一応自分でも挑戦はしてみたのかもしれない。ひとつを手に取ってみると、少し使用感がある。

「あ、」
「どしたの?」
「これ、私が買えなかった限定色……!」

偶然手に取ったそれは、私が狙っていたのに人気で買えなかったアイシャドウ。成宮は分かっちゃいなさそうに首を傾げていた。サンプルでは見たことがあったけれど、やっぱり可愛い色してる。

「欲しいならあげるけど」
「えっいいの?」
「代わりにファン感謝祭当日に朝からメイクしてほしくって、」
「やるやる!」
「あと『企画展示用の自撮りも送れ』って言われてて、」
「やらせてください!」

前のめりになりながら、成宮のお願いを聞いていく。自撮りはさっさと送れと言われているそうなので、さっそく今からやろうと提案する。思いのほか食いついてきた私に、成宮はちょっと引いていた。


***


「痒み出たらすぐ言ってね」
「りょーかい」

私は自室へ自分のメイク道具を、成宮は自分の部屋へウィッグを取りに行って、また戻ってきた。

いつもは寝室のドレッサーを使っているのだが、流石にそこへ立ち入らせるわけにもいかず、一番光の当たるリビングのローテーブルへ化粧品を並べた。ソファに座られると身長の違いからメイクしにくいので、直接床に座ってもらう。申し訳ないと思ったのだが、成宮は楽し気に揺れながらあぐらを掻いている。

(肌綺麗だなあ……)

下地を塗ろうと成宮の顔を近くでみれば、シミもくすみも何ひとつない綺麗な肌がみえた。そりゃあ毎日化粧して不規則な生活を送っている私とは違うのは当然だけど、羨ましくて仕方がない。

「……かのえさん、どしたの?」
「あ、ごめん何でもない」
「見惚れてた?」
「それはない」
「ちぇっ」

中指に取った下地を優しく塗っていく。人の顔に塗るのって難しいな。成宮もされ慣れていないからか、「んー」と動物みたいな声を出す。ちょっと可愛い。


まんべんなく塗り終えて、お高いブラシでお高いファンデーションを乗せていく。どうしても輪郭は男性なので、私の持っている濃い目のパウダーで立体感を出せば、うん、いい感じだ。

「次は何すんの?」
「目の周りを華やかにしたいんだけど……成宮って何色が好き?」
「じゃあ黄色!」
「黄色?」
「難しい?」
「ううん、大丈夫だと思う」

成宮って、黄色のイメージないな。だけど好きっていうなら黄色にしてあげよう。単色ではつまらないので、ごりごりにブラウンも乗せていく。成宮の目の色は青みがかっているから、自分にするより色が映えている気がして楽しくなってきた。

チークや口紅で赤を足していけば、なかなか様になった成宮の女装が完成する。

「……思ったよりいいかも」
「見たい見たい!」
「その前にウィッグも被ろう」
「よしきた」

ウィッグを被るのは自信があるらしく、立ち上がって頭を下げた。かと思えば、ウィッグをおでこの当たりに当てて、豪快に身体を起こす。勢いのまますっぽり収まったゆるふわロングパーマは、成宮の顔の良さを更に際立たせた。

「……顔がいい」
「何か言った?」
「ううん、何も」
「そう?」

正しくつけられているのか分かっていないそうな成宮の髪型を整えてあげて、やっぱり顔はいいなと認めてしまう。顔はね。顔だけはね。

「ねえ鏡!鏡どこ!」
「手洗い場に大きいのあるよ」
「見てくる!」

立ち上がり、バタバタと手洗い場まで走っていく成宮。一瞬間違えてトイレに入りそうになったのは、間取りの違いだろう。

そしてまたバタバタと戻ってきた。その表情は、爛々としている。

「ねえすごいんだけど!!」
「そうね」
「えーっ俺めっちゃ可愛くない!?」
「うん、可愛い可愛い」

戻ってきても自分の髪が気になる様子の成宮へ、手持ちの鏡を渡してあげる。するとすぐに開いて髪をいじりながら色んな角度で自分の顔をチェックし始めた。

「あごがなー、あごがゴツいなー」
「そこは髪型で隠したらいいよ」
「なるほど、こういう髪型してる女って輪郭隠してんだ」
「そこの気付きは要らなかったな」
「目の大きさも全然違う〜メイクってすごいんだね!」
「本当に気付いてほしくなかったな」

成宮に関わる全ての女性陣に向かって、心の中で謝罪する。上から下から、色んな角度で自分の顔を確認しながら嬉しそうにしている。


「そういえば、自撮りいいの?」
「っ忘れてた!」

そしてまたバタバタと走って私の部屋を出ていった。成宮は私の部屋にくる時いつも、ケータイを持ってきていない。それは今も同じらしい。


「……この化粧品、私が預かっておけばいいのかな」


帰ってしまった成宮に聞きそびれた。突然静かになった部屋で、ガチャガチャとペンやらパウダーやらを片付けていく。別に寂しいわけじゃないけど、急にひとりになってしまったから、ちょっと切ない。

そういえば、鍵を閉めていない。そう気付いて玄関まで歩いていけば、勝手に扉が開いた。


「うわっ危なっ!」


ドアを開けた勢いそのままに、成宮がつっこんできた。つんのめりながらも、何とかぶつからずにすむ。

「かのえさんなんでこんなとこにいるの!?」
「鍵閉めようかと」
「なんで!?」
「帰ったのかなって」
「なんで!?」

だって自撮りもよく分かんねーもん。そう言いながら成宮は奇抜な色のケースを付けたケータイを操作している。そういえば、成宮のケータイって初めてみる。

「ねえかのえさん!可愛く撮りたい!」

楽しそうに振り返った成宮をみて、可愛いなあと思ってしまう。まあ、この私がメイクをしたんだから、そりゃ可愛い。だから別に彼の愛嬌に絆されたとか、そういうのは関係ないんだ。

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