小説 | ナノ


▼ 31

ピンポーン

「かのえさんおかえり!」
「……お邪魔します」

翌日、私は成宮の部屋にやってきた。

なぜかって、”始球式で私の投げたボールが御幸のミットに届かなかった”からだ。


「お酒は飲まないよね? つまみは置いてあるからソファ座ってて」
「……本っ当にありえない」
「何が?」

「始球式で打つなんて、本っ当にありえない……!」

ドスンとソファに座って、私はあらためて頭を抱えた。

そう、昨日の始球式、私の投げたストレートはど真ん中にしっかり飛んだ。飛んだというのに、私のボールは御幸のキャッチャーミットには届かなかった。

なぜかって、そう、成宮に打たれてしまったからだ。

「なんで!?なんで打ったの!?」
「だって俺バッターだったし」
「試合じゃないじゃん!始球式じゃん!」
「打つ人もいるよ?」
「それは投手がお笑い芸人とか、そういう時でしょ!?私は!?」
「俺の大好きな人!」
「アナウンサーだよバーカバーカ!」

グラスに炭酸水を入れて持ってきてくれた成宮を、ソファに置いてあったクッションでボスボス殴る。

「ちょっと!こぼれるから!」
「うっさいバーカ!」
「結局外野に取られちゃったからアウトじゃん」
「そうですー、バックの皆さんのおかげですー」

宣言通り、私は「バックの皆さん」のおかげで成宮を打ち取った。まさかの展開に私も御幸も、そして守備についてくれていた御幸のチームメイトも、そして観客も、みーんな驚いていた。唯一、成宮だけがしたり顔だった。

そんな様子を、私は今録画で見ている。成宮に打たれてしまったから、約束通りに。

「そうそう、この時のかのえさんめっちゃ可愛かったんだよね」
「あんたに打たれて呆けているだけよ」
「かのえさんいつもクールだから、きょとんとしているのめずらしくてさ」
「始球式で打たれたら思考も止まります」

成宮を叩いていたクッションを抱きしめて、ソファに足をあげて小さく丸くなる。そんな私の隣に成宮はポスンと座った。

「最初はちゃんと空振りするつもりだったんだよね」
「なぜその意志を貫けなかったの」
「こうでもしなきゃニュースがかのえさんと一也ばっかになるじゃん」

抱えたクッションに顔を埋めながら、成宮の方に視線を移す。成宮はデリバリーで頼んだらしいおつまみを、素手で掴んで食べ進めた。

「実はベンチ戻ってからすっげー怒られたんだけどさ」
「そりゃそうよ」
「でもこれだけ俺と話題になるんだったら、怒られた甲斐があったよね〜」

ヘヘッと笑ってこちらに顔を向ける成宮は、昨日とは違ったゆるんだ笑顔をしていた。でもきっと、これが「鳴ちゃん」なんだろうなって思う。

成宮は、やっぱりずるい。こんな顔したら、怒れないじゃないか。

顔を埋めたまま、私もおつまみに手を伸ばす。言ってくれたらごはんくらい用意したのに。とはいえお高いデリバリーの野菜スティックは美味しかった。ぽりぽりとパプリカを食べながら、成宮が操作するテレビ画面をみていた。どうやら他にも録画かあるらしい。



「録画って試合だけじゃないの?」
「んーん、インタビューとかも見たいなーって」
「さいですか」

試合以外のタイトルが並んでいる。ニュース番組がたくさんだ。わざわざチェックして予約しているのかと聞けば、自動で録画されるよう設定しているらしい。

「ちょろっとした出演なのに、全部撮ってあるの?」
「自動で録画するようにしてあるんだ」
「成宮って自分大好きだったよね」
「……自動録画設定してある名前は『糸ヶ丘かのえ』だからね」

そう言ってじとりとした瞳でこちらを見る。目を丸くして見返せば、成宮は無言でテレビを指さす。

「あら」
「流石に平日レギュラーまで全部観れてはいないけどさ」
「……成宮って」
「ん?」
「……すごく私のファンよね」
「恋愛として好きって捉えてほしかったんだけどなー!?」
「仕事っぷりは褒めてくれないの?」
「……ま、確かにかのえさんの仕事っぷりはかっこいいなーって思うよ」

少し茶化したつもりで言ったのに、素直に肯定されてしまい拍子抜けする。目をパチパチさせてポリポリとかじる動きを止めれば、成宮もちらっとこちらをみて、テキトーな番組の再生を始めた。


『昨年まで当番組でコーナーを務めた糸ヶ丘アナウンサーが始球式に挑戦しました』

選ばれた番組は、長い間お世話になっていた朝番組だ。他の番組は成宮との勝負ばかり放送する中、投球練習のシーンを放送してくれている。成宮も私の投球練習が放送されている様子は初めて見るようで、テレビに視線を戻していた。なんだか恥ずかしくなってきた私は、いたたまれなくなってきて立ち上がる。

「……お水もらってもいい?」
「いーよ、冷蔵庫にあるのどれでも飲んで」
「ありがと」

顔の熱を冷ましたくて、冷蔵庫を開け、選んでいる振りをしながら冷気を受け止める。大きなボトルからグラスに水を注いで半分ほど飲み、そしてまた少し注いでソファへ戻る。



「ねえ!どういうこと!」

戻ってきたら早々、成宮がすごい剣幕で私を呼ぶ。持っているグラスをローテーブルに置いて、私はまたソファに腰かけた。

「何が?」
「練習中のインタビュー見たんだけど!」
「インタビュー? 御幸のコメント?」
「じゃなくて!」

気持ちの落ち着いた私は、アボカドの乗ったクラッカーに手を伸ばす。うん、美味しい。

「なんで俺以外の男に言い寄られてんのさ!」

言われ、私もテレビを見る。ああ、なるほど。

私と御幸と、そして向こうのチームのエース。3人で取材を受けていた。その時のベテランエースのコメントが気に食わなかったらしい。


『いやあ、糸ヶ丘アナウンサーめっちゃタイプですね!フリーらしいのでマジで狙っちゃおうかなって思ってます!』


このピッチャーからしたら、よくある発言だ。だから他の局でも大して使われていない様子である。とはいえ、成宮には引っかかってしまったらしい。

「この人毎回こんなコメントでしょ」
「いーや、これは本気でかのえさんのこと狙っている目だよ」
「女子アナ好きで有名じゃない、成宮と一緒で」
「俺とコイツを一緒にしないで!」

どうやら成宮は元々彼のことが嫌いらしい。甲子園を賑わせたサウスポーとして高卒でプロ入り、チームのエースとして活躍し、そして、女子アナとよくすっぱ抜かれている。よくもまあそんな素行の凄腕ピッチャーが2人もいるものだ。

「といっても、連絡先も教えてないし」
「聞かれたの!?」
「まあ、そうね」
「……っあんにゃろう」
「だからあっちも本気じゃないってば」

絶対面倒だと思ったが、聞かれたことは事実なので伝える。案の定、成宮は文句を言い始めた。


「……あのねえ、かのえさんはモテるのに自覚が足りないんだよ」
「いやだからちゃんと断って、」
「ちゃんと断っている人は、アプローチかけられた後に笑顔でハイタッチなんてしないの!」
「あー、始球式の時の?」
「そう!」

食べ終わった串で私を指す成宮。ハイタッチというのは、始球式で成宮の打ったボールを無事センターがキャッチした時の行動だ。

「そりゃ稲実のクリーンナップを抑えられたらハイタッチもしたくなるわよ」
「はー何それ俺のせいってこと!?」
「むしろあんたにブチ切れそうだったのを何とか抑えて、喜んだ振りしたことを褒めてほしいくらいね」

そりゃそうだ。せっかくの始球式で打たれてしまったというのに、怒らず、何とか笑顔を保った私は、褒められこそすれど怒られる筋合いはない。


「っでも、」
「分かった分かった、ちゃんと注意するから」
「本当にね? 気を付けてね? 男は危ないんだから」
「あんたが一番危ないわよ」


念を押すように何度もしつこく確認してくる成宮。軽い返事をして聞き流して、ちょうど始まった映画を見始めていたら、このやりとりなんてすっかり忘れてしまっていた。

思い出すのは数カ月後、このベテランピッチャーから強烈なアプローチが始まってからである。

prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -