小説 | ナノ


▼ 30

『ガンガン打たせていくのでー、バックの皆さん、よろしくお願いしまーす』


本家よりも随分ゆるい発声ではあったが、マイクを通して球場全体に響き渡った私の挨拶は随分と盛り上がった。恥ずかしくて死にそうだけど。


***


試合前の投球練習で取材を受けた後、球場から引っ込んだ時に御幸が誰かと通話をしていた。案の定沢村くんだったようで、「本人にも連絡したから、ちゃんとやってあげなよ」と言われてしまった。そこまできたら、するしかない。

そしてそのすぐ後、御幸はまた通話を始めた。電話大好きだな。


「かのえ先輩」
「ん?」
「電話きてる、かのえ先輩と喋りたいって」
「……誰?」

差し出された御幸のケータイを受け取れば、沢村くんとは違った騒がしい声が聞こえた。

『かのえさん? かのえさんだ!』
「……あんた何しているの」
『もうすぐ試合だなーって思って』
「確認しなくてももうすぐ試合よ」

成宮は他愛ない話題を振ってくる。そもそも試合前だというのに、敵チームの御幸に電話していてもいいのだろうか。

『ねえねえ、一也とインタビューされた?』
「そりゃそうよ、番宣だもの」
『一也のコメントどうだった?』
「上手だったよ、記者受けの良い感じで」
『へーーーそうなんだ!』

てっきり不満そうな声をあげるかと思ったのだが、案外成宮はケロッとしていた。

「成宮は何のために電話してきたの」
『試合前に、敵の状況確認しておこうかなって!』
「敵ってあんた……」

別に私は成宮と戦うわけじゃない。だって私が投げるのは始球式の1球だけで、バッターボックスに立つのは成宮のチームの1番打者のはず。

『ねえかのえさん、賭けしない?』
「賭け?」

『もしかのえさんのボールが一也のミットまで届かなかったら、この試合の録画、俺の部屋で一緒に観ようよ』

成宮の提案にいつもなら乗ろうとしないのだが、今日は思わず口角があがる。

成宮は見ていないが、練習でもワンバウンドになった球は1球もなかった。バッターボックスに立ってもらったりもしたけど、ストライクこそ取れなくともきちんとボールは届いている。


「いいよ」


自信にあふれ軽率に返事をしてしまった私は、この時電話越しに、成宮も同じ表情をしていたことなんてまったく知らなかった。


***



『さあ、始球式を行うフリーアナウンサーの糸ヶ丘かのえさんにマウンドで吼えていただきました』
「(ほ、吼え……!?)」

あんまりな言い方にショックを受けていると、さらなる衝撃的なアナウンスが流れる。

『バッターボックスに入りますのは、青道のライバルといえばやはりこの高校でしょう!』
「……ん?」

成宮のチームの1番バッターとは、公式戦で当たったことはないはず。どよめく観客と同じように、三塁側に視界をうつせば――


『御幸選手としのぎを削り続けた、稲城実業高校出身、成宮鳴選手です!』


わあっとした声援を受けながら、ヘルメットをかぶり、バットを持った成宮が歩いてくる。まるで高校生のように礼儀正しくお辞儀をしてバッターボックスに入る姿は、まさに「鳴ちゃん」だ。


(な、なんで成宮がバッターボックスに……!?)


したり顔をこちらに向けてくる成宮。なぜ彼奴がここに出てきたのかは分からない。でもきっと、投手である自分がバッターボックスに立てば私が動揺して失敗するとでも思ったんだろう。

つまりきっと、意地でも私に成功させたくないということだ。そう思い睨んでいると、成宮はニヤッと笑ってバットを右手1本で持ち、バックスクリーンへ向ける。


『おぉーっと!成宮選手がホームラン予告だ!』


私の口角がひきつる。しかし、いつカメラに抜かれるか分からないので必死に笑顔を作り直した。

いいんだ、だってまさか始球式で打たないだろうし、ストライクだろうがボールだろうが、御幸くんが捕ってくれたら賭けは私の勝ちだ。でも、せっかく練習したんだから、ストライクに入れたい。そんな欲を出してしまった私は、外高めに構える御幸くんを無視して、真ん中を意識する。

(いくらなんでも、当たりにくることはないだろうし)

成宮に教えてもらった足幅を確認する。ひとつ、呼吸を置いて、ポジションにつく。しっかり振りかぶって、腕を振る。私の投げたボールはまっすぐ御幸くんのミットへ向かって走った。


そして、球場にボールの音と、この日一番のどよめきが響いた。

prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -