小説 | ナノ


▼ 29

「本日はよろしくお願いいたします」

しっかりと頭を下げて、挨拶をする。顔を上げれば、私と同じユニフォームを着た御幸。そして御幸の隣にいるのは、今のバッテリーを組んでいるベテラン投手だ。御幸に向かってニヤニヤしながら肘でつついたり、奥の方で彼のチームメイトがざわざわしているが気にしない。

なんてったって今日は私の晴れ舞台、始球式だ。



「いやあ、糸ヶ丘アナがうちのユニフォームを着ているなんて!」
「こちらこそ光栄です」
「っはー!美人アナウンサーの笑顔はいいな!なあ御幸!」
「そっすねー」

エースの言葉を、雑に受け流す御幸。今のチームではこんな感じなんだと、ちょっと笑ってしまった。

「そうだ糸ヶ丘アナ、マウンドで練習していきます?」
「えっいいんですか?」
「せっかく取材来ている局もいるし、話題性あった方がいいでしょうよ」

そう言ってくれるエースさん。本来ならばブルペンで練習をする予定だったのだが、取材される側の選手たちも、取材する報道者のことを考えてくれているんだ。それに気付けただけでも今日の満足感がある。まだ何もしていないんだけどさ。

「じゃ、先輩いきますよ」
「えっ御幸が受けてくれるの?」
「逆に誰が捕るんだよ」

そう言われたら、そうなのだが。今日出場しない選手が助けてくれるのかと思っていた。しかし名乗り出てくれるというなら、ありがたく御幸に受けてもらおう。そう思って手招きされるまま着いて行く。


「おお……!マウンド……!」
「そこ感動する?」
「感動するよ!というか御幸だけなの?」
「そうだけど」
「こういうのって、投手の人が教えてくれるんじゃ」
「そっちの方が、記者受けいいだろうって」
「……なるほど」

本来こういう練習って、ピッチャーの人が教えてくれるものだと思っていた。よくそういう記事があがっていたし。だけど私に着いてきてくれたのは、御幸一人だけ。確かに、報道する側からしたらそっちの方がいいネタかもしれない。

「……恋愛事煩わしくて御幸と付き合っている振りなんてしてきたけど、」
「まさか一緒に仕事する機会があるなんてなー」

私としては、投げて終わりだけど、私が帰ってからも御幸は面倒なことになるんじゃないのだろうか。そう思って確認したのだが、「逆に合コンの誘いもなくなるからちょうどいいですよ」とのことだ。ずっとこんな調子だけど、本当にいざ結婚するってなった時に大丈夫なのかな。

「ま、世間様には違うって信じてもらえたらいいや」
「そうだな」
「よしじゃあ早速投げ込みましょう」




マウンドに立ち、ぐるりと球場を見渡す。すごい、こんな景色なんだ。

成宮に教えてもらった歩幅を確認して、御幸に声をかける。

「投げまーす!」
「お願いしまーす!」

フリーアナウンサーゆえ、色んな局の番組に出させてもらっている。そのせいか、結構な数のカメラに囲まれていた。練習とはいえ、失敗したくないなあ。


――バシンッ


小気味よい音がキャッチャーミットから鳴り、周囲のカメラマンから「おお」というどよめきが聞こえる。これはちょっと、にやけてしまう。カメラマンの近くで見ていたベテラン投手が、小走りでこっちに向かってくる。

「糸ヶ丘アナウンサー、肩強いっすね!?」
「えへへ、ありがとうございます」
「御幸ー!ストライク入ってっかー!?」

エースが叫べば、御幸くんは座ったまま左手を振る。入っているらしい。思ったよりも手ごたえがある練習に、つい笑みがこぼれる。

「こりゃ俺の教えることねーな」
「そんなことないですよ!」
「でも歩幅も合わせていたし、誰かと練習した?」
「そ、それは、」

まさかそんな質問を受けると思っていなかった。言い淀んでいると、勝手に予想して話を進めてくれる。

「そういえば第二高校の糸ヶ丘の妹だっけ」
「よくご存じで」
「あいつ投手もやっていたもんなー、それなら納得だ」
「本当に、よくご存じで」

兄が投手をやっていたのはリトルの時までだ。シニアからは遊撃手に転向しているので、よほどじゃないと知っている人はいない。


「……やっぱ覚えちゃいないよなあ」
「へ?」
「世界大会でお兄さんと同じチームだったんだよ」
「……え?」

きっと世界大会というのは、兄が小学生の時に出場したリトルリーグの大会のことだ。

あの頃の兄はまだピッチャーをしていた。じゃあ、彼は。

「俺ねー、その時外野守ってたんだよ」
「……あっ」
「思い出した?」
「やんわりと」

そういえば、左利きの人がいたのを覚えている。会話らしい会話はしていないはずなのだが、本当によく私のことを覚えていたな。素直に関心していれば、タイム中の選手のように、グローブで口元を隠し、顔を寄せてくる。


「なんだか運命感じちゃうよね」


それだけ言って、集まっている報道陣の方へ歩いていく。何も反応できずに突っ立っていれば、背中をトンと叩かれた。いつの間にか御幸がマウンドまで来てくれていたようだ。

「……今、あの人と何喋っていたんですか」
「あ、御幸」
「もしかしてバレた?」
「そうじゃないけど……また電話するね」




無事にキャッチボールを済ませた私と御幸は、小声でそんな会話をしながら記者陣の元へ向かう。簡単にだが、取材を受けるらしい。受け手になることはあまりないので緊張したが、記者からの質問はあらかじめ想定していた物だった。というか、私が今レギュラーで入っている局ばかりだから、変な質問はわざわざしてこなかった。

「糸ヶ丘アナと御幸選手は同じ高校の先輩後輩ですが、何かやりとりは?」
「糸ヶ丘先輩からは何もないですね、届くのはボールだけでした」

くすくすと笑う記者を横目に、好き勝手喋っている御幸。きっと、面白おかしく編集してもらえるだろう。私は平々凡々に、使いやすいコメントでいいや。

「発声練習はしてきたのに、なかなか声を届けるのも大変でした」
「まあ、どこかのチームのバカみたく叫ばなくてもいいんですけどね」
「(沢村くんのことか)」

御幸が、やんわりと後輩の話を出せば、また記者は盛り上がる。御幸は昔からコミュニケーションが下手だと思っていたのに、案外コメントは上手かった。こういう人に取材するのは楽しいんだよね。

なんて考えていたら、今の平日レギュラーをとっている番組のアナウンサーが、このタイミングで面倒な話題を振ってきた。


「ちなみに糸ヶ丘アナウンサー、何かパフォーマンスの予定は?」


沢村くんの話題が出た後のタイミングで、パフォーマンスの話題に入るのはずるいだろう。頬がぴくぴく動くのを抑えながら返答を考えていると、御幸が勝手に口を開く。


「そういえば、今日の始球式は全員守備についた状態ではじめますので」


隣に立つ後輩に、小さく蹴りを入れる。なんという振りをしてくれたんだ。

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