小説 | ナノ


▼ 28

その後、私が柔軟を続けている間に、成宮はバタバタと別の部屋へ向かった。戻ってくると、先ほど言っていた通り、ゴムボールを持っている。それとグローブが2つ。一つは成宮用の左利きの物で、もう一つは右利き用だ。

「成宮の?」
「いや、後輩の」
「後輩?」
「最近グローブ変えたやついてさ、頼んだら古いのくれた」
「へー……あ、もしかして沖縄の高校の子?」

ちょうどつい最近、彼のチームへ取材へ行った時、グローブを変えたと話していた人がいた。たしか1年生からショートでレギュラーをはっていて、最後の夏に全国制覇をしていた子だ。

「そ。当日もグローブするならあった方がいいでしょ。だから、」
「えーすごい!甲子園優勝してる子じゃん!すごい!」
「……」
「これもらっていいの!?ファン感謝祭で出されたりしない?」
「……もらうのは駄目!」
「そっかー、残念」
「つーかほしいなら俺のサイン入りあげるけど!?」
「成宮のは別に」
「なんで!?」

別に私も誰でも彼でもミーハーに騒ぐわけではない。ちょうど3年前、姪っ子が生まれた都合で実家にいることが多く、その時に兄と甲子園をよく観ていた。あまり同じポジションの選手を褒めない兄が随分と称賛していたので、よく覚えている。

「よし、じゃあ成宮まず見本見せて」
「俺のサインの話は!?」
「それよりもピッチングフォーム見たい」
「……仕方ないなー!」

どこにいればいいのか分からず、先ほどまで成宮が座っていたソファに腰かける。成宮は分かりやすいように、私の正面より少しナナメを向いて立つ。グローブもボールもなしで、いつものピッチング体勢を取った。


――ビュンッ


「――こんな感じね」
「はー……」
「でも始球式だったら、振りかぶって投げた方が盛り上がるかなー」
「ほー……」
「かのえさん、聞いてる?」
「き、きいてる!」

振りかぶる仕草をする成宮を、また見つめてしまう。高校生の時は散々見てきたっていうのに、間近でみると、ここまで迫力があるものなのか。

「ねえもう1回!もう1回見たい!」
「いいけど、ちゃんと見ててよね?」
「見てる!すっごく見てる!」
「っ!……じゃあ次は振りかぶるよ」
「うん!」

分かりやすいようにか、いつもテレビで観るよりゆっくりとした動きで見せてくれる。それでもやっぱり、すごい。


「っはー……かっこいいね」
「え、」
「成宮って、かっこいいよね」
「えっ!?」

思ったままを口にすれば成宮が驚いた顔をこちらへ向ける。別にそのくらい言われ慣れているだろう。

「かっこいいって言った!?」
「うん」
「どうしたの!?」
「どうしたのって……成宮、投げているとこは素直にかっこいいと思うよ」

文句なしの実力者だ。プレイしていない人間でも、野球をちょっと知っていればそりゃあかっこいいと分かる。

だけど成宮は相当動揺しているようで、グローブをはめた右手で顔を隠す。赤くなるおでこは、全然隠せていない。

「……おでこ真っ赤」
「う、うるさいな!」
「言われ慣れているでしょ」
「かのえさんから初めて言われたんだよ!」
「……それにしたって、」

ただ”かっこいい”と言われただけで、ここまで照れるものなのか。なんだか可愛く思えてきた。出会った頃の、私よりもずっと小さかった成宮を思い出す。

「……投げているとこくらい、普通に褒めるのに」
「わっ分かったから!もういいから!」
「でも嬉しそうにするのね」
「う、うっさい!もーやだこの人ー!」

本当に私のこと、好きなんだな。あらためて確認できてしまって、面白くなってきた。くだらないやり取りだけど、茶化すとかそういうのじゃないんだけど、私の発言ひとつひとつに成宮が反応してくれて、ただただ楽しい。

「鳴ちゃん、もう1回投げてほしいなー」
「充分見たでしょ!っていうかかのえさんも立って!練習するよ!」
「はいはい」
「ハイは一回!」
「はーい」

よいしょと、ふかふかのソファから立ち上がる。右利きの私と鏡になるように、成宮が立ってフォームを見せてくれる。重心はこうだ、ここで腕を引くとよい。的確なアドバイスのおかげで、結構上手くなった気がする。

「フォームは綺麗じゃん」
「ボール拾いはやっていたからね」
「じゃ、カーテンに向かって投げてみて」
「えっ大丈夫?」
「ゴムボールだし、平気でしょ」

俺も投げてみたし。それを聞いて安心した。成宮が投げて平気だったのなら、誰が投げても平気だろう。


――ひゅんっ


言われた通り、振りかぶってカーテンにゴムボールを投げる。ぼふんと鈍い音がして、てんてんと転がり戻ってきた。そのピンク色のボールを拾い、成宮の方を見る。


「……どう?」
「うん、もうちょい足開いてもいいかな」
「どの辺り?」
「この辺り」

隣に立っていた成宮が、とんとんと床を叩く。そこに足が届くように意識して、もう一度投げてみた。


「お、いい感じ」
「ほんと? 成宮から三振取れる?」
「ストライクさえ入ればね」


よし、頑張ろう。意気込む私をみて、成宮は小さく笑った。

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