小説 | ナノ


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ピンポーン

「お、かのえさんやる気満々じゃん」
「トーゼン」

職場で各々もらったイノシシとシカを食べ終わった翌週、私はまた成宮の部屋にやってきた。理由はそう、始球式のための練習だ。

仕事着という名のアナウンサーコーデを脱ぎ捨て、昔ジムに通っていた時に愛用していたスポーツウェアに着替える。収録用にまとめあげていた髪をほどき、黒ゴムで高めの位置にポニーテールを作った私は、隣のチャイムを鳴らした。



「じゃあまずストレッチから」
「はーい」

今日登板のなかった成宮は、帰ってきてそのまま部屋の片づけをしてくれたらしい。ソファやローテーブルも端に移動させてある。成宮はその内のひとつ、一人がけのソファに座って、背後から私に声をかける。

アキレス腱を伸ばし、立ったまま前屈。座り込んで開脚すれば、成宮が「おお」と小さく声をもらした。

「かのえさん身体やわらかい」
「プロポーション気をつけているからね」
「そのまま前屈できる?」
「うん」

ぐでんとそのまま前に倒れてみる。我ながら、ここまで柔軟ができるのはすごいと思う。

「すげー……昔から身体やわらかいの?」
「中学までは運動部だったからね」
「そうだったの?」
「うん」
「ちなみに俺は高校のとき放送委員だったんだよ!お揃い!」

何がお揃いなのか分からないけれど、喋るという点だけを見てアナウンサーと似たようなことだって言っているのだろうか。放送部ならまだしも、委員会なら大して喋ることもない気がする。

「高校で放送委員なんてあるのね」
「昼休みにCD流すだけ〜放課後仕事したくなかったし」
「ああ、なるほど」

案の定、稲城実業の放送委員は喋る仕事なんてほとんどなさそうだ。もうお揃いでも何でもないな。なんてことを考えつつ、さらにぐいと上半身を倒す。

「……ねえかのえさん、野球部の前でも柔軟していた?」
「柔軟する機会なんてないと思うけど」
「……ふーん」
「……なに?」

私は柔軟を続けるも、成宮からの指示が止まる。首だけで後ろを振り向けば、成宮はソファに体育座りをして、両手で口元を隠している。ばちっと目が合うと、思いっきり目を逸らしてきた。

「成宮、何かあった?」
「うん?」
「言いたいことあるなら言って」
「別に何もないって!」

わざとらしく頭を掻いて、何でもない振りをする。しかし、明らかにその表情はいやな笑みを浮かべている。

「……成宮くん?」
「えーっと、そのね?」

煮え切らない口調で、ゆったり話し始める。私も身体を起こし、開脚のまま左足のつま先を掴む。



「後ろからストレッチしている様子みると、やらしいなーって」


言われ、固まる。成宮はあははと笑いながらも、私の腰辺りに視線を向けた。成宮から指摘され、急激に恥ずかしくなった私はすぐ振り向いて立ち上がる。傍にあったクッションを投げつけるが、成宮は軽々キャッチしやがった。

「〜〜〜っ最低!!!」
「だ、だってそんなビッチリしたの着てくるから!」
「ジム用なの!運動する為なの!」
「そんなのでジム行ってたの!?正気!?」
「そこまでフィットしてないし!全然普通!」

ラインが出ないようにレギンスの上から緩めのショートパンツを履いているし、上はただのTシャツだ。この服装で、そんな目で見られると思ってもみなかった。無意味に両手で胸を隠し、後ろに下がる。

「……やっぱり帰る」
「あーごめんごめん!見ないようにするから!」
「もーやだ信じらんない!」
「ほんとにごめんって!でも今更だし!」

立った勢いのまま帰ろうとすれば、成宮が大声で引き止めてくる。何が今更なんだ。

「……今更って何よ」
「だってかのえさんが何着ててもそういう目で見ちゃうし」
「……余計帰りたくなるんだけど」
「でもさ、そう思いながらもちゃんと耐え続けているんだから安心して?」

安心して、と言われても。

「……そう言われて居座るほど、肝座ってない」

流石の私も、ここまでど真ん中ストレートな感情をぶつけられたら、戸惑ってしまう。これ以上居られない旨を伝えれば、成宮は分かりやすくしょげた。ソファに体育座りをしたまま、ひざにあごをうつむいている。

「……せっかくかのえさんの仕事手伝えると思ったのに……」
「そ、それは」
「他の始球式する人みて、どのくらい練習したか聞いたりさ……」
「あの、」
「ゴムボールまで準備してさ……」

「……わ、分かった!分かったから!」


そんなことまで言われちゃあ、そのまま帰れるわけないじゃないか。
私が口を挟めば、成宮はパッと顔をあげた。


「……フォーム見てください、お願いします」
「……いいの?」
「絶っっっっっっ対に何もしないで」
「分かった!」
「あと、変な目で見ないで」
「頑張る!」

肯定ではなく、努力の意志が伝えられる。まあ、いいか。

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