小説 | ナノ


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「そうだ、せっかくだしフォーム見てあげようか?」

新しい肉を焼きながら、成宮はありがたい提案をしてくれる。

「いいの?」
「かのえさんがぎこちない投げ方するのも可愛いだろうから見たいけど」
「失礼ね、投げるくらいはできるわよ」

高校時代は、ボール拾いなんかでグローブはめてマネージャー業をしていたこともある。だけどきちんとしたフォームを覚えたことはないから、球界のエース様に教えてもらえるなんて、この上ない申し出だ。

「でも向こうのピッチャーから手取り足取り教えられるの耐えられないし」
「そんなこと言ったって、仕事なんだから」

始球式当日は、試合前に時間をつくってもらって、簡単な投球練習をする時間が入るらしい。私は番宣で向かうから、その時に取材をしてもらって宣伝を入れる予定。定番の流れだと思うのだが、成宮はどうも嫌がっている。

「いーや!一也のとこの投手は絶対違うね!」
「あのピッチャーさんと仲良いんだっけ?」
「逆!大して喋ったこともないのにメディアがすーぐ比較してくるんだよ」

(そういえば、御幸のとこの投手も女子アナ好きなんだっけ)

同族嫌悪というものか。とはいえ、理由はどうあれ教えてもらえるのならばとても助かる。

だけど貸しは作りたくない。そう考えるのが分かったのか、成宮は先に言葉を付け加えてくれる。

「今回かのえさんと俺とで2:1で料理したから、これで平等ね」
「料理もカウントしてくれるんだ?」
「そりゃあこれだけ凝ったの出してもらえたんだから」
「鳴ちゃんはきちんと手間勘定してくれるのね」

こちらの手間もしっかり考えてくれているようだ。意外。図々しいくせに、きちんとお礼はしてくれる。でも、私の感覚としてはハンバーグとシチューが球界きってのサウスポーからピッチングフォームを見てもらえるチャンスほど価値があるとも思えなかったけど、成宮がいいならありがたく甘えよう。

「……その呼び方、なーんか悪意感じるー」
「いいじゃない、そろそろ第三次鳴ちゃんフィーバー起こるかもしれないよ」
「第三次ねー……」

そう呟いて、彼はようやく焼肉を食べるのに戻った。新しい肉を、各々焼き始める。

「第一次鳴ちゃんフィーバー、すごかったよね」
「高校生の時なあ、あん時はすっげー楽しかった」

第一次鳴ちゃんフィーバーは、もちろん高校2年生の時。こいつが甲子園でガンガン勝ち上がっていった時のことだ。

「第二次もすごかったじゃない」
「プロ入ってからだもん、色んな人から連絡来てすげーうざかった」
「うざかったって……」

第二次は一軍入りしてチームのリーグ優勝に貢献した時だ。二軍の間も安定して人気はあったけれど、あの時の盛り上がりはすごかった。

「うざかったなら、ミスキャンパスと別れなきゃよかったじゃない」
「……ミスキャン?」
「成宮がはじめてすっぱ抜かれた子いたでしょ」
「あーよく覚えてんね」
「大学の先輩だもの。あの人と付き合っている時は祝福ムードだったのにね」
「……ん?」

そう、女子アナハンターと呼ばれている成宮だけど、最初に週刊誌を飾ったのはミスキャンパスの大学生――私の先輩だった。

成宮からしたら2つ上の、ほぼ同世代。結局その人も女子アナになったとはいえ、そのまま付き合っていれば円満に祝福されていただろう。何か分かれる理由でもあったのだろうか、そう尋ねてみれば、成宮は渋い顔をする。

「……あの子、別に付き合ってない」
「えっそうなの?家まで行っておいて?」
「かのえさん詳しいね」
「小湊が週刊誌買ったのを回し読みしたから、青道みんな詳しいよ」
「……」

何だかんだで、野球一筋だった私たちも、誰かの恋愛事情なんかを酒のつまみにしてしまう。ちょうど貴子が短期留学から戻ってきたタイミングだったので、お土産渡しがてらみんなで集まっていた。その時に、小湊くんが話題提供にと買ってきた週刊誌を読んでいたのだ。

「つーか、本当に付き合ってないから!」
「でも先輩は否定してなかったけど」

そう、あの記事が出てから大学では噂が絶えなかった。私が直接聞いたわけではないが、同じゼミの子が確認したら「あんまり喋っちゃ駄目だから」としか言われなかったというので、「これは付き合っているな」とみんなで盛り上がっていた記憶がある。

なのに、本当は付き合っていなかったと言われても。

「あいつ、マジで嘘ばっかつくな……」
「騙されて別れたの?」
「だから付き合ってないって!」
「家まで行ったのは本当?」
「っそれは……」
「あ……ごめん、話ここで切らせて」

自分で振っておきながらなんだけど、あまり生々しい話は聞きたくない。いい歳した大人が何を言っているんだと思うが、知り合いのこういった話ほど、何とも言えない感情になってしまう。女子会トークとはまた違うものだ。

「待ってかのえさん、ちゃんと否定させて」
「いやごめん、あんまりそういう話聞きたくないというか、」
「何もない、何もしてない」

この話題から逃げようと、必死に新しい肉を並べていたが、成宮は何とか話を戻そうとする。それが嫌で、勝手に成宮の皿へ焼けた肉を放り込んでいるのに、成宮はどうしても喋る口を止めない。

「何もしてないったって、」
「かのえさんにだって何もしてないじゃん」
「これは……ごはんっていう目的があるし」
「あの時だって目的があったよ」
「目的?」

下に向け続けていた視線をあげれば、ばちっと目が合う。


「かのえさんも呼んだって言われたから、だから行った」


思わず私まで箸を止める。

「……は?」
「大学生の時から鉄壁だったじゃん。男伝いじゃ連絡取れねーし」
「いやいや、待って、私その時まだ大学生なんだけど、」
「だから?」
「だからって言われても」

なんでそんな頃から私と連絡を取ろうとしていたんだろう。そんな疑問をぶつけたはずが、逆に成宮が首を傾げてくる。

「……成宮って、私が女子アナになったから興味持ったんじゃないの?」

私に興味を持ったのは、私が女子アナになったからじゃないのか。そう確かめようとしたのに、成宮は眉間を寄せてこちらも見る。

「……は? なんでそういう思考回路になんの?」
「だって、最近までそんなことなかったから」
「昔からずーっとアプローチしていたつもりですけど!?」

何で分かんない!?とギャーギャー喚く成宮を見て、頭が混乱する。

「昔って、一体いつから」

大学生になってからは、全然会っていない。だけど成宮は会おうとしてくれていたそうだ。

高校生の時は、練習試合で喋るくらい。でも、貴子にだって声をかけていた。私が特別だったとは思えない

小学生と中学生の時は、シニアの応援に行ったら話しかけてきた。ひとりで可哀想だからって。


(――成宮は、いつから私のことが好きなんだろう)


どうしても気になって、つい直接聞いてしまう。普段通りの私とは対極に、成宮はおでこを赤くさせてぷるぷると震えた。


「〜〜〜っ教えてやんない!!!」


女子アナ好きと勘違いされたのがよっぽど嫌だったのか、フンと顔を逸らして肉を焼き始める成宮。

「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「減るの!俺のプライドが減るの!」
「まだあったんだ」
「あるっての!」
「あ、ちょっとそれ私が育てた肉!」
「俺が準備したから俺のだし!」


焼いた肉の取り合いをしたり、焦げ付いたソースをはがしたりしていたら、結局今日はピッチングを見てもらう時間なんてなくなってしまった。

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