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▼ 25

ピンポーン

「げ、開いてるじゃない」

全然迎えてくれる気配がないので試しにドアノブを引いてみれば、ガチャリと扉が動いた。不用心さにちょっと驚く。いくらセキュリティが良いマンションとはいえ、流石に鍵は締めておいてほしい。

仕事を終え、セットしていた髪をほどきシュシュでまとめ、臭いがついてもいいようにラフな格好に着替えて、ようやく成宮の部屋にやってきた。


「お邪魔しまーす……」
「あーっかのえさん!」
「勝手に入っちゃった」
「ねえこれ!これで合ってる!?」

これまたラフな恰好をした成宮が、大きなローテーブルの前で最初の肉を必死に焼いている。おお、案外いいにおい。

「うん、美味しそう」
「俺が焼いたからね!」
「私の下準備のおかげね」

流石に下準備まで任せるのはどうかと思い、昨日成宮がいる間に臭み取りをやっていた。お中元の品だからそのままでも問題なさそうだったけど、せっかくだから全力で美味しく頂きたい。


「……どーだ!」
「いい感じね」
「ごはんいる?」
「あるの?ほしいな」
「じゃあそこのレンジでチンして〜」
「あ、はい」

米は炊けるんだと見直したが、ものの数秒で打ち砕かれた。まあお肉を焼いてもらっているだけでも、充分助かっている。

成宮も食べるのか聞き、頷かれたのでレンジを開けてごはんを温める。




「「いただきます」」

ローテーブルの前に向かい合う形で座り、二人で手を合わせる。どうもソファで食べるのは落ち着かないので、一人がけのソファを動かしクッションに座った。成宮はいつもソファで食べているそうなのだが、今日は私と同じようにクッションに座る。


「……っはー!これだよこれ!肉といえば焼肉!」
「確かに、これは美味しい」

下処理段階で味を沁み込ませてはしているものの、シンプルに焼いただけ。それで充分美味しかった。やはり、高い肉は違う。それにジビエ独特の風味も分かって良い。

「いやー自分で作ると美味しい!」
「焼いただけなのにね」
「コーチから肉もらってよかったよー……あ、」
「ん?」

満足そうに箸を進めていた成宮の動きが突然止まる。食べ物に問題があったのかと思ったが、箸を持ったままの左手でこちらを指さしてくる。

「そうだよコーチ!コーチから聞いたんだけど!」
「何を?」
「始球式!一也のチームとするって!」

「ああ、それね」

どうやら今日、彼のチームにまで話は届いたそうだ。
いつかバレるだろうと昨日ちょうど考えていただけあって、私は平然と返事をした。

「なんで!言って!くれないのさ!」
「コンプライアンスの、」
「対戦相手、俺のチームじゃん!」

言われて気付く。そういえば、事務所からは「御幸選手のとこの始球式」としか言われていないので、どことの試合なのかは説明を受けていない。自分で調べるかと思いつつ、すっかり忘れていた。

「……対戦相手、成宮のとこだったんだ」
「ひどくない!?」
「ごめんごめん、ああでもそれなら一層頑張らないとね」
「もしかして、俺の前だから……?」
「ううん、今こっちに住んでいるから」

御幸のとこの始球式とはいえ、熱心なファンは向こうの球場までかけつけるだろう。私も今はこっちの地方での生活が中心となっているので、顔を覚えてくれている人もいる……と思っている。

「こっちでの試合じゃないけど、こっちの人も行くのかな」
「休日だし、いつもより行くと思うよ」
「やだ、プレッシャーかかっちゃう」
「つーか投げるの俺だって予想ついたら、俺のファンの女子が結構いるけど」
「まだファンいたのね」
「いるけど!?」

ファンが多いことは重々承知だったが、なんとなく厭味ったらしい言い方をしてしまう。生活態度がアレなのに、いまだ女性ファンが多いというのは信じられない。野球の実力ゆえなのだろうか。



「……そんなことより」
「うん?」
「一也絶対キャッチャーじゃん……?」
「そりゃ御幸がピッチャーはしないでしょ」

突然何を言い出すんだ。少し呆れたように返せば、成宮の声が大きくなる。

「じゃなくて!かのえさんの球受けるって話!」
「そういえば成宮って御幸とバッテリー組みたかったんだっけ?」
「いつの話しているのさ」

確か、御幸がそんなことを言っていた。箸を進めながら片手間に会話を続けていたが、成宮は未だこちらを指さして食事を止めている。その間も私が黙々と食べていたら、先ほど成宮が焼いてくれた分がもうすぐなくなってしまいそうだ。彼の手が止まっているから、最後の1枚は私が食べちゃっていいかな。

「覚えててくれるのは嬉しいけど、今ひっかかっているのはそこじゃない」
「じゃあ何」
「俺もかのえさんと始球式で絡みたいの!」
「そっちの球団が呼んでくれた時にね」
「やだ〜〜!待てない〜〜!」

別に御幸がキャッチャーをしてくれたとしても、直接会話することなんてないと思う。だというのに成宮はぶーたれている。


「それなら1番バッターもらってボックスにでも入る?」

始球式で関わるとなれば、あとはそのくらいしか思いつかない。だけど流石に成宮が上がってくるなんて無理だろう。軽くそんな提案をして、新しく置いた肉をひっくり返す。

「……それだ」
「? 今なんか言った?」
「ううん、何も!」

成宮のチームの一番打者は、ここ最近ずっと固定だ。ノリのいい人だし、全力でフルスイングしてくれそう。こっちに戻ってきてからもニュースで取り上げてもらえると思う。なんて考えてみたら結構楽しみになってきた。私は始球式に思いを馳せつつ、新しいお肉を焼く準備に取り掛かった。

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