小説 | ナノ


▼ 24

「かのえさんってまだ高校野球好きなの?」
「何よ突然」

私がペタペタとハンバーグを形成していると、成宮はまたカウンター越しに覗き込んでくる。

「成宮もする?」
「手汚れるからやらない」
「あっそ」
「でも俺の作ったハンバーグをかのえさんが食べてくれるならやる!」
「自分で食べなさい」
「じゃあやっぱやらない」

ぺたぺたぺたぺた

肉の割合を多くしたのだが、分量を間違えてしまい、何個作ってもタネがなくならない。ええい、どうせ食べるのは成宮だし、大きくてもいいや。でん、と大きくとって、大きなハンバーグを作っていく。

「じゃなくて、高校野球!」
「そもそも高校野球好きって言ったっけ」
「マネージャーするくらいなら好きでしょ」
「野球が好きだからって理由じゃない人もいると思うけど」
「でもかのえさんは違うじゃん」

決めつけるような言い様は少々あれだが、私がしっかりと野球を好きでマネージャーをやっていたと思っていてくれるのは嬉しい。こういうところが、成宮のずるいところだ。

「もうすぐ夏だなーって思って」
「そうね」
「後輩の試合観に行ったりしないの?」
「ほー、春取った稲実のOB様は余裕ですか?」
「もーすぐ卑屈になる!」

今年、春のセンバツは稲実が出場していた。青道も秋季大会の結果を考えれば惜しかったと思うけど、今年は出場なし。

「青道がいけば、観に行くと思うよ」
「稲実だったら?」
「中継も見ない」
「なんでだよ!見てよ!」

ぎゃーぎゃー騒ぐ成宮にはそう言ってしまったけれど、中継は見ると思う。稲実関係なしに。

「かのえさん、ずっと球場行ってないじゃん」
「行っているわよ。先週だって、」
「それは仕事!俺へのインタビュー!」
「成宮専属じゃないけどね」

とはいえ、成宮を筆頭に結構良いコメントを頂けることが多いので、ここ最近は頻繁に球場へ足を運んでいることは確かだ。だけど観戦ってなると、やっぱり難しい。

「いつどんな仕事がくるか分からないし、高校でも贔屓はできないのよ」
「プロ野球は?」
「もってのほか」

母校が出場するっていうのなら、全然大丈夫だと思う。だけど普段行っていない私が突然観客席に現れたことがバレてしまうと、あることないこと言われてしまうかもしれない。

「でもたまには野球見たいなーってなるでしょ」
「テレビで観るし」
「インタビューある時は席用意してもらっているじゃん」
「よくご存じで。ま、使っていないけどね」
「なんで?」
「テレビのが観やすいもの」

試合前の練習中に取材をすると、そのまま席を準備してもらえることもある。だけど私はいつも、帰ってテレビで観ている。生で観る方がそりゃ楽しいが、仕事で関わることを考えると、テレビで解説を聞いて球種なんかも確認しながらの方がよい。

「えーーーー観ていけばいいのに」
「だって時間空くし……ああ、でも」
「でも?」
「……やっぱり何でもない」
「えーっ気になるじゃん!」

おっと危ない。前もこんなことがあった。私はすぐに口を滑らせそうになる。ほんと、この癖なんとかしなきゃ。

「一応仕事のことだから、外部に漏らせないのよ」
「そのうち分かる?」
「そのうちね」
「んー……分かるならいいや」

そのうち成宮にもバレてしまうことだけど、一応コンプライアンスの問題に関わるので言わないでおく。成宮も「それなら、」と大人しく納得してくれた。だけど。


(――御幸のとこで始球式するっていったら、うるさそうだなあ)


実は、始球式の話が来ている。御幸のチームの本拠地で。夏にサブキャスターとして関わる大型特番の宣伝らしい。始球式の件がバレても大人しくしてくれるといいな。……無理かな。

「――よし、あとは焼くだけ」
「机拭いてくる!」
「ありがと」

気付けば成宮が私の部屋にくる回数も、片手で収まらなくなっている。なんでこんなことになっているのかは分からないが、本当にただ食事をするだけなのでさほど気にしてもいない。成宮もどうやらよそ様に言うつもりもないらしい。

慣れたようにふきんを絞り、成宮はダイニングテーブルへと向かっていく。うん、働くことはいいことだ。




「――ねえ、失礼を承知でいうんだけどさ、」
「まるでいつも失礼していないかのような口ぶりね、どうぞ」

ハンバーグを食べ始めた成宮が、ワンクッション置いてからあることを告げる。

「ハンバーグ、別にイノシシじゃなくてもいいよね」
「……私もそれは思った」

今日はイノシシ肉とシカ肉を使ったハンバーグだった。しかし、いつも通りの作り方をしてしまったせいか、あんまりジビエ料理の独特な味わいがない。これなら塊のまま調理すればよかった。

「明日はハンバーグじゃないのがいいな」
「明日? 明後日でしょ?」
「言い忘れてた!明後日取材入っちゃったんだよね、明日にしよ」
「……そういうことはきちんと言ってもらえるかしら」
「ごめん!でも絶対浮気しないから!」
「取材する女子アナに嫉妬しているんじゃないのよ」

ジビエなんて調理するのに時間がかかって仕方がない。仕事前にある程度下処理はするけれど、調理にも時間が必要だ。だから成宮の予定を聞いて、それに合わせて準備していたのだけれど、明日は私も別取材があるので準備が遅くなる。


「……明日だと準備間に合わないかも」
「えーっ!じゃあ来週!」
「来週こっちいるの?」
「……いないや」
「一緒に食べるのは諦めるかな」
「えーっやだやだせっかくのかのえさんの手料理、諦められない!」

”焼肉”じゃなくて、”私の手料理”を諦めたくないという成宮。ほんと、そういう、そういうとこだよ。

そういうこと言うから、つい甘やかしてしまうんだ。


「じゃあ俺も手伝うから!一緒に手伝うから明日にしよ!」
「あ、そうか」

成宮に焼いてもらえばいいんだ。

「成宮の部屋ってホットプレートある?」
「あーーーー……った、気がする」
「……なかった時の為に、私の持って帰っておいて」
「俺の家で焼肉?」
「そ、焼くくらいならエース様もできるでしょう」
「できる!やりたい!」

思った以上に乗り気な成宮。結局私が帰ってきてからになるので時間が遅くなってしまうけれど、それでもいいらしい。ならありがたく頼んじゃおう。そうと決まれば話は早い。

(ホットプレート、上棚に仕舞い込んでいたっけ)

忘れぬうちにと、食べ終わった食器を流し台へ運ぶついでに、私は背伸びをしてキッチンの上棚を開け、プレートを取り出そうとする。

すると、ふわっと影ができた。

「どれ?」
「……その、赤い箱」
「よっと」

距離が近いのは、振り返らなくても分かる。私は固まったまま、ホットプレートを取ってくれる成宮の影が離れるのを待った。


「あ、ありがとね」
「これなら使い方分かる!先輩の家にもあった!」
「大学時代に買ったの」
「……いいなー」
「大学生やってたことが?」
「かのえさんとわいわいしていたのが」

さらっと言って、しれっとしている。赤い箱から既にホットプレートを取り出しカチャカチャ操作している成宮がこちらを振り返る前に心臓を落ち着かせようと、バレないようにゆっくり深呼吸をした。

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