小説 | ナノ


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「糸ヶ丘さん、よかったら事務所に届いたお祝い持っていきませんか」
「私が貰ってもいいの?」
「社長がほしい人いたら持っていけって」

諸々の手続きで事務所に寄れば、贈答品の分け前を頂けた。たまにこういうことがあるらしいのだが、いつもは内勤している面々ですぐ分けられてしまうらしいので、こうして一個人アナウンサーの手元まで来るのはめずらしい。

なんて思っていたのだが、内容をみて納得する。



「――鹿肉なんて、みんな持て余すわけよね」

渡されたのは、ジビエの塊。鹿肉だ。贈答品なのでそりゃあ臭みも抜いてあるだろうし良い肉だとは思うけれど、みんな簡単に食べられる物の方がいいらしい。

とはいえ、私もこの量をひとりで食べるのは厳しいものがある。そのまま焼いて、ハンバーグにして、時間かかるけど煮込むのもアリかな。作りたいメニューはたくさん思いつく。しかし、問題は量だ。

「……やっぱり一人で食べるサイズじゃないな」

箱に入った塊を見て、あらためて悩む。煮込むにしても刻むにしても、一人分を作るのは面倒だ。地方ゆえに大学の友達も近くには少ないし、部屋に呼ぶほどの仲で仕事があれば寄ってくれる貴子も、出向で今は会う予定もない。

考えて、考えて、考えていれば、けたたましい音がなる。


ピンポンピンポンピンポーン


「かのえさーん!こんばんは!」
「……なに」
「かのえさん料理得意だよね?」
「成宮よりはね」
「イノシシ好き?」
「は?」
「ほしいやつ持っていけ〜ってコーチが言うから、もらってきた!」

そういう成宮は、大きな段ボールを片手で持っている。玄関先でそのまま覗かせてもらうと、これまた立派な肉の塊。

「……どうせやるならまとめて料理した方が楽よね」
「かのえさんどうしたの?」
「成宮、鹿って好き?」
「うん?嫌いじゃないけど」
「ほんと?」
「せんべい持っていくとすっげー寄って来るから楽しいよね」

おそらく奈良公園の、生きた状態の鹿との思い出を語っているんだろうが、気にしないことにする。

「来週の予定は?」
「ふつーに試合だよね」
「飲み会は?」
「だからかのえさん以外の女子アナとは会ってないって!」

私の突拍子もない質問を捉え切れていない成宮。私はケータイを開け、自分の仕事を確認するのと同時に、彼の球団のスケジュールを尋ねてみた。どこの試合で投げるんだろう。焼肉、ハンバーク、シチュー。3日は欲しい。

「成宮、来週の夜時間、半分私に頂戴」
「だから何なの!?」
「一緒にごはん食べよう」
「……はい!?」


***



「すっっっっっっげー……」
「頑張りました、糸ヶ丘かのえ!」

平日の夜、レギュラー番組を終えた私はまっすぐ家に帰り、延々調理をしていた。やる気のあるうちに手の込んだものをやってしまおうと、今日はシチュー。ごろごろと大きな肉が皿に並んでいる。

自分でいうのもなんだが、これは結構良い出来だ。


「レストランっぽい!すげー!」
「パンにする?ごはんにする?」
「かのえさんがいい!」
「お風呂とごはん聞いてんじゃないわよ」

新婚の定番クエスチョンじゃない。持っていたミトンで成宮の頭をはたく。とはいえ布なので、当然ポスンと当たるだけで何の攻撃にもならずに終わる。

「白米はあとで食べる!雰囲気的にパンから食べたい!」
「じゃあ最初はバケット切るね」

伝えて、キッチンに戻り長いままのバケットを2cmくらいに切っていく。私はパンがいいから、とりあえず多めに切って好きなだけ食べてもらえばいいかな。ギーコギーコと専用のナイフで切っていけば、正面から成宮が覗き込んでくる。

「パン専用のナイフじゃん!」
「うん」
「かのえさん、ほんと料理好きなんだね」
「まあね」
「独り身なのにね」
「殴るわよ」

ひとりで居たって、ごはんは食べる。料理も作る。だから自分のために調理器具を揃えていたって何ら問題ない。

「誰かに食べてほしい!ってないの?」
「んー、まあ大学時代は大人数で集まるのも楽しかったけど、」
「えっ男?」
「今は気軽に集まれるような人もいないし」
「男なの?ねえねえ」
「ともかく自分で食べれたらいいかな」
「ねえ男?それって男?」

こっちの話を聞いているのかいないのか、成宮は同じ質問を繰り返す。


「まあ、男だけど」


仕方なく答えてやれば、成宮はあからさまにショックを受けた顔をする。ちょっとおもしろい。

「……かのえさんは男女でわいわいはしゃぐタイプじゃないと思ってた」
「人をなんだと思っているのよ」
「ちなみにそいつらって、今も付き合いあるの……?」
「まあね」

いよいよ無表情になった成宮が、とぼとぼと戻っていく。大人しく椅子に腰かけて下を向いているが、唇を尖らせているのが見えてしまった。

切り終わったパンを皿にもりつけ、私も席に移動する。コトンと皿を置いて、すねた彼の正面に座る。


「……稲実ってOB会とかないの?」
「何さ、突然」
「青道は今も定期的に集まっているのよね」
「っ!……もしかして!」
「私の料理食べてくれる人なんて、高校時代の知り合いくらいよ」

大学で知り合った人たちは、どちらかといえば外食で変わったお店に行くことを楽しんでいる。変わった料理を提供してくれるお店を探して開拓したりするのだって楽しい。だけど、たまに高校時代の部活仲間と集まってバカみたいに肉だらけの鍋をするのも楽しかった。


「なーんだ、青道のやつらか」
「男っちゃ男だけど」
「でも青道なら俺たちが勝ったし」
「……なんか言った?」
「イエナニモ」

部屋に押しかけてくるのも、わがまま言ってくるのも多めに見ている。だけどこの話題だけはいただけない。よくもまあこのタイミングで掘り起こしてきたな。

少し睨みを聞かせれば、成宮は途端に態度を変えて、元気に「いただきます」と言ってスプーンを持つ。

「……っおいしー……!」
「それは何より」
「これイノシシ?イノシシはじめて食べた!」
「あ、その大きいのは鹿だよ」
「えっ」
「鹿肉。私がもらったお中元」

そういえば言っていなかったな。

「鹿……鹿って食べるんだ……」
「あ、もしかして嫌だった?」
「でも美味しいからいいや!」
「いいんだ」

ちょっと渋い顔をしたが、あっけらかんとして食べ進める。思いのほか気にしてなくてよかった。そんなことを頭の片隅で考えながら、私はケータイを取り出す。

「今日も写真だけ撮るんだ?」
「ううん、これはSNS載せるよ」
「なんで?俺との記念日?」
「テレビ局の方から頂いた物だから」

あのあとマネージャーに確認してもらったら、どうやらこの鹿肉は大御所プロデューサーから会社にと頂いたものらしい。なのでしっかりと「美味しく頂きましたアピール」をSNSに投稿するつもりだ。その為に私の皿にはまだイノシシは盛り付けていない。

「……かのえさんって、ちゃっかりしてるよね」
「しっかりしているって言って」
「あ、じゃあ俺も写真撮ってコーチに送っていい?」
「いいわけないでしょ」

ちぇ、といいながらも、多分成宮は撮るつもりなんてない。この関係性を大っぴらにされてしまったらどうしようかと思ってもいたのだが、案外彼はおとなしい。何だかんだで、私も楽しんでしまっているので、こういう関係性も、結構幸せかもしれない。

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