小説 | ナノ


▼ 22

ピンポンピンポンピンポーン


「かのえさーん!食べ物余ってなーい?」

押しかけてきた成宮は、眉をさげて見るからに「悲しいです」という表情をしていた。

「あるっちゃあるけど」
「弁当屋さん臨時休業で晩ごはんがない〜……何か食べさせて〜……」

少し悩んで返事をすれば、成宮は私の曖昧な返しを気にすることもなくせびってきた。
山盛り作ったのであることにはある。だけど、成宮は食べるだろうか。

「成宮って好き嫌いある?」
「かのえさんの手料理なら何でも食べるよ!」
「じゃあ、ちゃんと食べてね」

何があるのか聞かずに、成宮はへいこらと私の部屋に入ってきた。あとで嫌なんて言わないでよね。そう思いながら、鍋をダイニングテーブルに移動させる。


「鍋だ!」
「そ。余った分は明日食べるつもりだったから、たくさん作ったの」
「俺の為に……!?」
「明日食べるって言ったよね?」

何一つ聞いていなさそうだが、食べる気があるならそれでいい。季節外れなメニューだけど、消費したい食材があったので、今日は鍋。わくわくしている成宮に向けて、鍋の蓋をとる。

「なんの鍋かな〜〜……ん?」

成宮の視界に入ったのは、緑一面の鍋だった。白菜でも春菊でもないそれに、成宮は首をかしげる。

「……草?」
「パクチーね」
「……草じゃん!」
「まあ、たしかに草ね」
「え〜俺こういうのヤダ!」
「なら食べなくてもいいわよ」

元々私が翌日に食べる予定でたくさん作っただけだから。持ってきてしまった成宮の分のお椀とお箸を隅に置いて、自分のお椀に具材をよそっていく。

「……ちょっと、イヤなんじゃなかったの」

よそい終わった私がお玉を置くと、なぜか成宮がそれを手に取る。

「葉っぱは要らないけど、肉は食べる」
「好き嫌いする子にはあげませーん」
「ちょっと!蓋しないでよ!」

せっかくバランス考えて作ったのに、パクチーだけ残されたら明日の私が困るじゃないか。好き勝手食べようとする成宮の言う事を無視して、鍋に蓋してやった。が、成宮はすぐ蓋を取る。

「……だから肉だけは、」
「葉っぱも食べればいいんでしょ!ったく!」
「(……なんでこんなに偉そうなの)」

そう言いつつも、成宮は渋い顔をしてパクチーをよそっていく。煮えて固まりになっているのを避けている辺り、やっぱりそこまで食べたくない様子だ。

「成宮も苦手な物あったのね」
「苦手っていうかー……食べたことない」
「ないの? 結構前から流行っているのに」
「こういうのってインテリア凝ったカフェで女子が食ってるやつでしょ?」
「偏見だとは思うけど、確かに小洒落たカフェに多いわね」
「俺そういうとこ行かないし、居酒屋で出てきても食べないし」
「えー食わず嫌いはもったいないよ」

私は食べることが好きだから、食べずに避けるということはあまりしない。だって美味しかったらもったいないから。だから、成宮もとりあえず食べてみてほしい。じぃっと見つめていれば、気まずそうに一口目を入れる。

「どう?美味しい?」
「……なんか、海外っぽい味がする」
「タイ料理でよく使われているからね」
「なんだろう……食べれるけど、なんか、うん」
「好みじゃなかったわけね」

もちもちとした頬を小刻みに動かしながら、成宮がパクチーを味わっている。女性でも好みが分かれるし、男性だと苦手という人は多い。駄目だったかあ、ちょっとガッカリしながら、自分で食べるしかないなーとおかわりをよそう。

「成宮、お肉でも焼こうか?」
「いいや、鍋食べる」
「そう?」

文句を言っていた割に、最初によそった分はしっかり食べ終えた。流石にこれだけじゃ可哀想だから別の何かを作ってあげようかと思ったのだが、また鍋を食べようとする。

「無理そうなら別にパクチー退けてもいいけど」
「ん−……食べる」
「えらいわね」

何だかんだで、ドンドン鍋を食べ進める成宮。しっかりパクチーも食べているので、私もバランス良く食材を盛りつけられている。これはどうやら、明日は別の料理を作ることになりそうだ。



「……っはー、食べた食べた!」
「結局食べきっちゃったわね」
「明日は何が出てくるかな〜」
「明日は弁当買いに行きなさいよ」

成宮に料理を作ってやる謂れはない。だけど、こうして満足そうな顔を見せてくれるから、つい甘くなってしまう。ああ駄目だ、この甘やかされ上手め。

「でも成宮、結局ちゃんとパクチーも食べたわね」
「好き嫌いするのはよくないかなーって」
「それはそうだけど」

そういえば、途中から全然避けずによそっていた。おかげで私もバランスよく食べることができたのだが、あれだけ文句を言っていた成宮が、自分から食べるなんてちょっとあやしい。

「……もしかして、パクチー気に入った?」

ふと思って、そう尋ねてみた。すると成宮はわざとらしく視線を上に逃がす。

「……そ、そんなことはないけど?」
「好きって人は結構ハマるのよね、私も好きだし」
「待って!俺こんな草好きじゃないし!」

成宮は否定するけれど、結局最後はさらえてしまった様子をみるに、気に入ったんだと思う。別にそれならそれでいいのに。むしろ、食べられる方がいいじゃないか。

「別に好きなら好きでいいんじゃないの?」
「だってパクチーって女子の食べ物じゃん!」
「いや、ただのハーブだから」
「ハーブ!絶対女子だ!男の食べ物じゃない!」
「そうかなあ、小湊も結構好きだって言っていたけど」
「あいつ女っぽいじゃん」
「……それ絶対本人に言わないでよ?」

小湊と成宮が会う機会が今後あるかは知らないけど、こんな会話していることが知られたら私まで怒られそうだ。

「気に入ったんなら、また今度サラダ作ってあげるね」
「気に入ってない!……けど、まあ、作りたいなら?食べるよ?」
「あーはいはい、じゃあ作り過ぎたらまた声かけるね」

謎の偏見とプライドのせいで、成宮は認めようとしなかったけれど、もらった大量のパクチーを消費できたのでよしとしよう。

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