小説 | ナノ


▼ 21

「……嘘でしょ」

お風呂上り、体重計に乗った私は、絶望した。


ピンポンピンポンピンポーン


「かのえさーん!ケーキ食べよ!」
「食べません」

いつものように、成宮が現れる。ニッコニコの笑顔だけれど、私には悪魔の微笑みに見えて仕方がない。だって、その手には白いケーキ箱がいるのだから。

「ごはん食べちゃった?」
「そうね」
「じゃあデザートだけでも!」
「食べません」
「えーなんでさー」

ひと昔前ならば、単純に成宮がキライだったからで向こうも分かってくれただろうけれど、最近は割と普通に食事をする距離感になっている。今更の拒絶に成宮が首を傾げるのも、当然だ。

なので、ハッキリと告げる。

「体重が増えたので、食べません」

苦い表情をしてそう伝えるも、成宮はいつも通りの口調で返してくれる。

「えーそう?かのえさん全然細いからだいじょ「そういうのいらないから」

成宮の意見なんてどうでもいい。私がベストだと思う体重は、あとマイナス2キロ。それを基準に、いつも調整している。

「じゃあケーキは?」
「1カ月以内に体重戻すから、それまで甘い物は食べない」
「ケーキは1カ月も持たないよ」
「成宮が食べておいて」
「えー……せっかく買ってきたのに」

申し訳ないという気持ちはあるけれど、そもそも約束も何もしていない。仮に私の断る理由がダイエットじゃなく腹痛だったとしたら、ここまでの申し訳なさはなかったはず。そうだぞかのえ、だからしょげる成宮をみて心揺さぶられたりなんかするんじゃない。

「じゃあせめて、ここで食べて行ってもいい?」
「え、」
「だって一人でケーキ2つも食べるの寂しいじゃん!」
「知らないわよ、そんなこと」

目の前で食べられるなんて、たまったもんじゃない。そう思って拒否したのに、成宮はずんずんと部屋へ入ってくる。まあ、ケーキくらい今度自分で買いに行けばいいし。そう思った私は成宮の侵入に抵抗することを簡単に諦めた。

ダイニングテーブルに座った成宮をみて、「私も紅茶くらいは」と思いティーポットの準備を始める。成宮は持ってきたケーキ箱を開けていた。キッチンカウンター越しにそれをみれば、見覚えのあるケーキ。

「……待って成宮」
「ん?」
「それ、どうやって買ったの」
「なんだろ差し入れ?ジャンケンで勝ったから貰ってきた」

成宮は簡単に説明するが、そんな簡単に入手できる品ではないはずだ。通販もなく、店舗も本店しかなく、朝から並ばなくてはゲットできないと、散々テレビで紹介されていた。

「……そのチョコレートケーキ、初めて実物みた」
「知っているんだ? かのえさんやっぱり詳しいね〜」
「私が詳しいんじゃなくて、そのケーキが有名すぎるの!」

ふうん、なんて言いながら、プラスチックのスプーンをくわえてケーキを眺める成宮。私みたいな平凡なアナウンサーには安いロケ弁しか出ないのに、プロ野球選手にもなれば行列のできるケーキ屋さんの差し入れがあるなんて。世の中ってそんなものなのね。

「……これ、そんなに美味しいの?」
「知るわけないでしょ、買えたことないのに」
「かのえさん、食べたことないの?」
「(しまった)」

散々拒否しておいて、今更食べたいなんて言い出しにくくて仕方がない。正直にいえば、明日絶食してでもそのケーキを食べたい。だけど、ここでそんな食生活をはじめてしまったら、ずるずると悪循環が生まれてしまう。複雑な感情がうごめいている。

成宮にもその考えが伝わってしまったのか、ニヤニヤしながらこちらを見る。

「え〜でもかのえさんダイエット中だからね〜」
「そ、そうですけど」
「じゃあ食べられないなあ、残念だなあ」
「あっそんな雑に!」
「! 確かに美味しい〜〜!」
「あぁああ……!」

プラスチックのスプーンをザクッと刺して、バクッと食べる成宮。そんな勢いで食べて、ああ、羨ましい……!

「……っはー、確かにこれは行列できちゃうの分かるわー」
「へ、へえ」
「でも2個食べられないから、捨てるかなー」
「えぇっ!?」

なんてことを言うんだ。思わず大きな声が出てしまって、また成宮にニヤニヤとした笑みを向けられる。かと思いきや、案外普通の表情で、スプーンを差し出してきた。


「かのえさん、もう一個あるし食べる?」


一緒に入っていた、使っていないスプーンを差し出してくる。食べたい。すごく食べたい。だけど。

「が、我慢する……」
「1個くらいならいいんじゃない?」
「その1個が!負のスパイラルになるの!」
「我慢する方が身体に悪いって!」

それもそうかもしれない。甘い誘惑の言葉に、つい心が揺れそうになる。何とか思いとどまっている私を、成宮が更に揺らしてきた。


「食べたかったなーってずっと考えるより、食べた方が心の安寧だよ」
「成宮……」
「どう?食べる気になった?」
「あんた、安寧なんて言葉知っていたのね」
「そっち!?突然バカにするのやめない!?」
「ごめんごめん、でもなー……食べたいけど、ケーキ1個のカロリー……」
「じゃあ一口だけ食べたら?」

はい、なんて言って成宮は自分の使っていたスプーンで一口分取り、オープンカウンター越しに私に向けてきた。一口だけなら、明日の朝食で調整できると思う。

「……新しいスプーンを」
「無理〜このスプーンじゃないとあげませーん」

とはいえ、流石に成宮が使っていたスプーンを使う気になれず、新しいスプーンをくれと言う。が、成宮はそれを許さない。ああでも、食べたい。


「お、」

私は欲に負けた。

成宮の手を掴んで、差し出されたスプーンにかぶりつく。


「〜〜〜っ美味しい……!」

これは行列ができる。わかる。一口だけなのに、カカオの優しさが口いっぱいに広がる。美味しい。

駄目だ、我慢できない。そう思った私は、両手を合わせて成宮に頭を下げる。

「ごめん成宮、やっぱり1個ごとほしいです」

そう伝えると、成宮はスプーンを差し出したままの状態で固まっていた。もう一度名前を呼べば、ようやく反応してくれる。

「へっ!?あ、うん、いいよ」
「? どうしたのよ、挙動不審になって」

そのまま固まっていた成宮に声をかけて、私もダイニングテーブルに移動する。ちょうど紅茶も入った。カップに注いで、席につく。

「い、いやあ、まさかかのえさんから触れてくれると思わなくて」
「触れないと食べられないでしょ」
「でもビックリしちゃった」
「……あ、もしかして左手触られるの嫌だった?」

成宮は投げるのも食べるのも左手だ。軽々しく触ってしまったけど、不味かったかもしれない。

「いんや、それは別にどうでも」
「ならよかった……でもならなんで?」
「それはそのさー……うん」

会話を続けながら、成宮は持ってきてくれたケーキ箱からもう1つを取り出してくれた。あらためてそのチョコレートケーキを見て、これは食べないといけないなと思った。ああでも、皿を持ってくるのを忘れた。再度立ち上がる。

「ま、私はなんでもいいけど。でも成宮の反応、小学生みたいだったよ」
「……」
「え、なに、本当に照れて固まっていたの?」
「だ、だって!かのえさんから手握ってくれるなんてないじゃん!」

皿を探していたから顔を見ないまま喋っていたけれど、テーブルに戻ってきたら成宮は真っ赤になっていた。

「……成宮、あんた女子に慣れていないわけでもないでしょ」
「かのえさんには慣れていないもん!かのえさんのせいで!」
「私だって女子なんだけど」
「かのえさんはただの女子じゃないやい……」
「ああん?」
「ご、ごめん違うって!言い方間違えた!」

多分、特別視してくれていると言いたいのは分かったが、言い回しが明らかに失礼で思わず声が低くなる。随分な発言に少し怒りそうになったが、このチョコレートケーキのお礼で今日はこれ以上何も言わないであげよう。

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