小説 | ナノ


▼ 18

やってしまった。薬箱を開けた私は、忙しさにかまけていた自分を恨みながら、ベッドに潜り込む。


ピンポンピンポンピンポーン


毎度のチャイムが鳴るが、今日は居留守を決め込むことにした。出ても会話する気力もない。料理なんてもっての外だ。


ピンポンピンポンピンポーン

ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン


しかし、チャイムは鳴り止まない。仕方なく玄関までゆるゆると歩いた。

「も〜!やっぱいるじゃん!」
「……なに」
「今日ケーキもらった!一緒に食べよ?」

成宮が嬉しそうに掲げる箱には、東京の有名店の名前が書かれていた。確かに、すごく食べたい。食べたかった。

私が今、生理でなかったら。

「あー……ごめん、今日はいい」
「えーっなんで!?」
「お腹空いてないから」
「わざわざ買ってきたのに!?」
「もらったって今言ったじゃない」
「ウソだよ!俺のちょっとした気遣いだよ!」

よく分からない場所で、ちょっとした気遣いをしてくれる。恩着せがましい言い方しかできないかと思っていたのだが、そんな言い回しもできるんだ。少し感動した。だけど、今はそこに感動して「じゃあ仕方ないなあ」となるほどの元気はない。

「……たくさん買ってきたのに……」
「じゃあ明日の夜もらうから」
「賞味期限今日までだよ」
「1日くらい大丈夫」
「夜だと俺試合!いない!朝食べよう!」
「(朝かー……厳しいなー……)」

午前中に薬局へ行き、そのまま午後の収録へ入るつもりだ。朝はまだ薬がないので、約束するのは難しい。

「うーん、食べられそうだったら食べるね」
「絶対食べないやつじゃん!」
「食べるって」
「じゃあ明日の朝も来る!」
「いや来ないでよ」
「来る!」
「……ほんと来ないで」

突然立ち上がったせいか、めまいがしてきた。もう駄目だと思い、再度成宮に謝罪を入れて扉を閉めようとする。

ガシッ

「……あのね成宮、今日は本当に構っている余裕ないから」
「体調悪い?」
「……分かっているならそっとしておいて」
「風邪? 頭痛?」

流石に言えなくて黙っているが、本気で心配そうな顔をして玄関扉を掴む成宮。どう流そうか考えていたら、ふと、成宮の家族構成を思い出した。もう面倒くさいから、言ってしまえ。

「成宮って、お姉さんいるんだっけ」
「いるけど今そんな話じゃなくない!?」
「……貧血なの」
「……あっ」

どうしてその質問がきたのかも、すぐに分かったらしい。少し固まって、少し考えて、成宮は口を開いた。

「薬飲んだ?」
「ちょうど切れちゃって……朝になったら買いに行く」
「いつもどれ?市販? あっとりあえずかのえさん休んで!」
「は? ちょ、何で勝手に上がり込もうとしているのよ」
「お邪魔しまーす!」

違う、私が言いたいのは挨拶をしていない点じゃない。上がり込もうとしていることに注意をしたのに。そうは思ったものの、怒る気力も無かった。なにやらバタバタしている成宮をよそに、私はソファに倒れ込む。

「ねー、この空の箱がいつも飲んでいるやつー?」
「……そーね」
「鍵どこ?」
「は?」
「かーぎー!かのえさんの部屋の鍵!」
「……キッチンの、棚の前だけど」

私の声を聞いて、成宮がすぐ掴み、さっさと出て行った。ガシャンと施錠する音がしたので、戸締りはすんだらしいが。成宮は一体、どこへ消えたんだろう。

「……まあいいや、寝よう」

ともかく寝たい。眠くないし、なんなら痛みで目が覚めるくらいだ。だけど早く眠りについて痛みを忘れたい。その一心で、ごろんとうずくまった。



***


「かのえさーん、おーい」


ぺしぺしと顔を何かで叩かれる。痛くはないけど、不愉快。ゆっくり目を開けば、成宮が持っている箱で私を叩いていた。

「あ、やっと起きた」
「……なんでいるの」
「ねー、痛み止めってそのまま飲んでいいの?何か食べる?」
「は?」

「それ、買ってきた」

それだけ言って、成宮は持っていた箱をローテーブルに置き、バタバタとキッチンの方に入っていく。見れば、先ほどまで空っぽだった痛み止めが、24時間営業の薬局シールが貼られた状態で置いてある。もしかして。

「……買ってきてくれたの?」
「そ! 何か食べられるー?」
「……食べる」
「温かい物か、やわらかい物か、麺類かどれがいいー?」
「……じゃあ、やわらかいので」
「ならうどんだね!」
「(……何を選んでもうどんだった気がする)」

さっきの質問の仕方からするに、おそらく選択肢はうどんしかなかった気がする。だけどうどんなら食べられる、気がする。痛み止めの箱には「食後に服用」とも書いてないので、ゆるゆるとキッチンに移動して水を汲んだ。

「あー……助かりました」
「効いてきた?」
「いや、流石にまだ」
「じゃあ休んでおきなって」

シッシッと追い払うような手つきをされたので、私は大人しくソファに戻った。まだ薬は効いてきていないけど、だいぶ気持ちは楽になる。クッションを抱いていたら、ちゃんと座っていられるくらいには。

「かのえさーん、どっちで食べる?」
「あ、そっち行く」

出汁の香りがしてきた。調味料の場所、分かったのかな。そう思いながらパタパタとダイニングテーブルの方へ向かえば、オープンキッチン越しに成宮がカップ麺を差し出してくれる。

「モチとオアゲとどっちがいい?」
「おもち」
「じゃあ赤い方は俺がもらうね〜」

成宮が片手で持っていた白いパッケージのちからうどんを、両手で受け取る。温かい。なんだか食欲が出てきたかもしれない。

「いただきまーす!」
「いただきます」

丁寧に手を合わせて、向かい合って食べる。ようやく薬も効いてきたようで、落ち着いて麺をすする。

「俺、カップ麺って久しぶりに食べた気がする」
「私も。記憶より美味しい」
「俺が作ったから?」
「体調悪くて舌が弱いからかな」
「酷い!」
「ふふっ嘘よ、ありがとう」

ずるずるとすすりながら、食べる。自炊好きな私と、身体が資本の成宮。インスタント食品を食べることも久しぶりだ。成宮の方はたまに食べるらしいが、それもきちんと栄養士さんが教えてくれた、お高いものを食べているらしいから。前に作ってくれた、あれは美味しかった。でも、これも美味しい。


「……ふう、ごちそうさまでした」
「ちゃんと全部食べられたじゃん」
「うん、ありがとう」

結局おもちまで全部食べて、私は箸を置いた。片付けくらいはやろうと立ち上がる。同じように椅子から離れようとした成宮にも、「大丈夫だよ」と伝えればそのまま託してくれた。

「成宮って、お姉さんにもよくこうしていたの?」
「下の姉ちゃんがすーぐイライラして文句言ってくるから仕方なくだけどね」
「へえ、優しいんだ」
「あっちが優しくないだけ!」

捨てるカップだけど、普通の皿と同じくしっかりスポンジで洗う。ダイニングテーブルに座ったままの成宮は、お姉さんへの不満をこぼし続けた。

「大体さー、弟だからって生理のこと言う!?」
「んー、言われてみれば、私はお兄ちゃんに言ったことないかも」
「でしょ!?なのにあいつ、今すぐゼリー食べたいとかやっぱり要らないとか、本当わがままなんだからさ!」

キュッと蛇口を止め、重ねたカップをゴミ箱へ捨てる。割り箸とその他諸々も。薬局のビニール袋は使えるかもしれないから三角に折って取っておく。手を拭いて、私もダイニングテーブルへ戻った。


「でもおかげで私は助かったけどね」
「ん?」
「久しぶりにこんな痛かったから」

弟どころか赤の他人である成宮に、こうもペラペラ喋るのもどうかと思うが、感謝はきっちり伝えたい。両手を合わせて頭を下げる。

「えっ、別にそんな感謝されることでもないけど」

意外にも成宮はキョトンとした顔で謙遜し始める。謙遜、できたんだ。

「だって、こんなにも動ける男の人ってはじめてみたし」
「このくらい普通でしょ、青道はバカしかいなかったわけ?」
「女子との接し方はバカになる人ばっかりだったよ」

男兄弟しかいない人が多かったので、そもそも生理という発想に至る同級生が少なかった。強いていえば、伊佐敷がたまに気付いてくれたりもしたけど、気付かない振りをしながら気遣ってくれていたので、薬を買いに行かせることもなかった。というか、幸子が走ってくれていたし。

「……成宮が女性人気ある理由、ようやくちょっと分かったかも」
「えーっこんな小さいことで思わないでよ!」
「いやいや、すごく大きいって」
「もっと他にもあるじゃん!このガタイとか、男らしい発言とか!」

この上ない感謝を伝えたつもりだったのに、成宮からしたら「体調の悪い女性を気遣うのは普通」のことらしくて、あまり褒めてもらった感覚がないらしい。

お姉さんの教育の賜物に感謝しながら、私は成宮のアピールトークを聞いてあげた。今日くらいは、ちゃんと聞いてあげよう。

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