小説 | ナノ


▼ 15

「――で、こっちは見ないでほしいけど、リビングは好き勝手してていーよ」

判断の鈍った私は、結局成宮の部屋にいる。

「……かのえさん、聞いてる?」
「あっごめん」
「そんな変わんないでしょ、隣だし」
「……隣とは思えないくらい間取りが違う」

角部屋のファミリー向け。不動産会社から聞いていたものの、まさかここまで違うとは。

入ってすぐに洗面所があるのは変わらない。だけど、私の部屋にはない鍵付きの別室もあるし、キッチンの広さも違う。リビングなんて、一体何畳あるんだろう。
そうしてキョロキョロしていたら、テレビの前にお目当ての物を見つけた。

「ハンモック!」
「どーぞ」

年甲斐もなくはしゃいだ声を出してしまった。対して成宮は、いつもの調子で返してくる。ちょっとだけ恥ずかしくなった。

「じゃ、俺弁当買ってくるね」
「本当にありがとう、助かります」
「いーって、大人しくしててよ」

ちょっと小馬鹿にされた気もしたが、実際、今日は世話を焼いてもらっているので言い返せない。成宮が出て行ったタイミングで、のそのそとハンモックに乗りかかる。どう、どう乗れば。椅子に座るような形で何とか乗り込む。

「わー……楽しいかも」

ようやくハンモックに座れたら、上半身がすっぽり収まった。なるほど、これは楽しい。少し足を揺らして、ブランコのようにして楽しむ。木に括り付けてあるわけでなく、自立式だからあんまり無茶な動かし方はできないけど、少し揺れるだけで楽しい。

慣れてきた私は足も持ち上げ、頭からつま先まで全身ハンモックに入った。ああ、落ち着く。いいなあ、これ。私も買おうかな。お揃いはイヤだから、別の種類探して。



「ただいまー」

うつろうつろしていたら、成宮の声が聞こえた。ガサガサとビニール袋の音もする。

冷静になってみたら、割とまぬけな恰好をしている気がしてきた。さっさと降りようと思ったが、いかんせん、人生初のハンモックだ。降り方が分からない。

「楽しそうじゃん」
「おかえり、お弁当ありがとね」
「かのえさんの言ってた一人用のサラダなくてさー、大きいの買ってきたから分けて食べよ。あと季節のデザートってのあったから買っちゃった!……って、何してんの?」
「お、降りようかと」

そう、降りようとしている。してはいるのだが、なかなかうまく起き上がれない。きっと、成宮の図体に合わせて高さを調整しているから、私が降りようとすると足の長さが足りないんだ。……図体の差ね。足の長さじゃなくてね。

「……」
「……」
「……手、貸そうか?」
「だ、大丈夫」

どうしていいのか見守ってくれていた成宮も、じたばたする私を見て近づいてきてくれた。だけど、助けるといってもどうすればいいのか分からないので、自力で脱出を試みる。成宮は面白そうにしゃがみこんで、私の様子を眺めている。

「かのえさん頑張れ〜」
「黙ってなさい」

少し勢いをつけて、何とか足をフローリングにつけた。が、


「っと、」

バランスを崩す。そのまま近くにいた成宮に倒れかかりそうになる。近いまずい危ない。

(ぶ、ぶつかる……!)

とっさの判断でからだをひねり、そのまま綺麗にこけた。


――ゴンッ


「ちょっ!」
「〜〜〜〜っ!」
「絶対痛かったよね!?頭打ったよね!?」
「お、お気になさらず……」
「無理だよね!?」

立ち上がった成宮はバタバタとキッチンへ走っていき、ガラガラ音がしたと思えばアイシング用のグッズを一通り持ってきてくれた。流石はピッチャー。一般家庭ではこんなものすぐに出てこない。

「もー何やってんの、ほら氷持って」
「ほんと……ほんとごめん……」

渡された氷のうをぶつけた箇所に当てる。固定バンドも持ってきてくれたが、流石に随分とまぬけな見た目になってしまうので断った。いや、充分まぬけなことしたんだけどさ。


「ご、ごはんにしよう!」
「かのえさん先に冷やした方がいいんじゃない?」
「大丈夫、箸はこっちの手だから」

利き手と反対側にぶつけてしまったので、片手で抑えて、片手で箸を持つ。大丈夫だ。せっかく温かい食事を買ってきてくれたのだから、温かいうちに食べたい。あと、あまりにも恥ずかしいので別のことをしていたい。

成宮も私の行動に呆れている様子で、ちょっと不機嫌そうにビニール袋からプラスチックケースたちを出し始めた。片手だから、あんまり手伝えない。


「……かのえさんさあ、」
「どうかした?あ、とりわけ皿ない?持ってこようか?」

サラダの蓋を外した成宮が、いつもより小さな声で呼びかけてくる。分けようと言っていたが、流石にサラダをこのままつつくのは難しいだろう。キッチンの方をパッとみたが、棚にはあまり物がないから、取り分ける皿もないのかも。せっかくの広いスペースなのに、もったいない。


「そんなに俺のこと嫌い?」


予想外の質問に、思わず顔をあげる。成宮は下を向いたまま、ふたについたレタスを箸で落としている。


「なに、突然」
「そりゃあ前回はちょーっとやり過ぎたかなって思ったけどさあ、」

前回、というのは、成宮が私を壁に押し付けた一件のことだ。随分なことだったと思うが、成宮からしたら”ちょっと”やりすぎただけのことらしい。

しかし、今日は別に何もしていない。別にこっちだって嫌がらせで彼の部屋のフローリングに頭をぶつけたわけではないのだから。一体何が気にくわないのかと彼を見つめれば、一瞬顔をあげた成宮と目が合う。

そして顔を逸らしたかと思えば、成宮は少し置いて言葉を続けた。


「あんなに逃げることないじゃん」


逃げる、とは。

「逃げる……?別にわざわざ生活リズム変えたりしていないけど」
「そうじゃなくて!ついさっき!」
「さっき?」

もしかして、さっき私がハンモックから降りた時のことだろうか。確かに成宮は手を伸ばそうとしてくれたが、私がそれを避けて落ちた。それが気に入らなかったということだろうか。とはいえ。

「流石にプロ野球選手へ体当たりすることできないよ」

とっさのタイミングだろうが、プロ選手にぶつかりにいくなんて、できるわけがないだろう。そう当然のことを言えば、成宮はバッと顔をあげた。

「……そんだけ?」
「そんだけって……何億の身体に突撃かます勇気ないわよ」
「なんだ、俺のこと嫌ってんのかなって」
「嫌ってはいるわよ?」
「よっぽど触れられたくないのかなって」
「話聞いている?」

私が成宮に対して、いい印象を持っていないことは変わらない。ああでも確かに、今日の成宮はちょっと違う。夕飯を買ってきてくれて、怪我したらケアまでしてくれて。思い返してみて、ふと気付いた。


そういえば、降りられなくなっていた時も、アイシングの時も、向こうから触れては来なかった。


「(前回のこと、よっぽど気にしていたのかな)」


前回は無理やり腕掴まれたし、そもそも再会した日もいきなり腰を掴まれた。そういうヤツだと思っていたが、今日は指一本触れてこない。一応、気を遣ってくれているんだ。ちょっとだけ、見直す。


「……アイシング、ありがとう」
「もういいの?」
「うん、腫れひいているし。ほら」

そういって髪をかきあげて少し頭を傾けたが、当然視覚できるものではない。ちょっと間を置いて、箸を置いた成宮が腕を伸ばす。

「触るよ」
「うん」

確認をしてから、そっと触れる。髪にそって、撫でるように私のぶつけた箇所を確認して、安心したようにやわらかく笑った。なんだその、優しそうな顔は。

「ほんとだ、よかった」
「うん。ありがとう」

あまりにも今日の成宮が優しくて、恥ずかしくなってきた私はまたお礼を繰り返してしまった。ともかく、話を切り替えたい。

「よし、じゃあごはん食べよ!」
「そうね」
「あ、ちなみにリクエストの親子丼なかったからガーリックチキンにしたよ」
「あ、ありがとう」

鶏肉には違いないが、翌日の予定を考えないニンニクたっぷりのチョイスをしてくる辺り、まあなんというかちょっとしたズレがある。そうだ、これでこそ成宮だ。この、親切心がちょっとズレているのこそ成宮だ。
不覚にもときめいてしまいそうだった気持ちを抑えるように、ガーリックチキンと、取り分け皿代わりの丼に盛られたサラダを堪能した。

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