小説 | ナノ


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「かのえさんだ、おつかれー」
「……」
「え、無視?」

新幹線で東京から直帰した私は、不運にも成宮の外出と被ってしまった。エレベーターを降りると、ガチャガチャと鍵を回す成宮。無視して自分の部屋に入ろうとすれば、扉を掴まれる。

「離して」
「もー無視することないじゃん」
「お疲れ様です、さようなら」

そう言ってみたが、成宮は手を放す気配がない。力で勝てるとも思えないが、成宮の指が添えられている以上、無理に扉を引っ張るわけにもいかない。

「仕事終わって疲れているの、離して」
「今日の収録は東京だっけ?」
「……なんで知ってんの」

日曜日は前から担当しているレギュラー番組の収録で毎週東京へ行っている。同業者ならスケジュールの予想もできるだろうけど、こいつはただのプロ野球選手だ。

「あの番組、レギュラーに未成年いるから平日収録ないんでしょ」
「……女子アナ情報ね」
「そ、かのえさんと出会う為に喋った女子アナ」

真実か否かは分からないけれど、どうやら本当に私と会うべく多くの女子アナと会っていたらしい。正直、こちらからすればそれ故に会ったこともない同業者から睨まれたりマウントを取られたりされてきたのでいい迷惑である。

「あっでも今は誰にも声かけてないからね?」
「へえ、そう」
「その返事は絶対信じちゃいないでしょ!」
「いや正直どっちでもいいって思っている」
「素直!だけど酷い!」

成宮が女子アナと連絡取っていようがいなかろうが、私には何の関係もない。ああでも、いまだに私のことを話題にされたら面倒ごとは多くなりそうだ。しかし、隣に住んでいるんだから流石にもうツテ探しで合コン開いたりもしないだろう。

そこまで考えて、ふと思い出した。

「ねえ、うちの後輩ちゃんとはどうやって知り合ったの?」
「取材来たから普通に声かけただけだよ」
「スポーツ選手に興味ないって言っていたのに、よく連絡先聞けたわね」
「紹介してほしい人がいるって言ったら割とすんなり」
「へえ」

そういう風に連絡先を聞かれることもあるのか。注意しよう。そう思っていたのだが、成宮は何やら勘違いしている様子だ。なぜかニヤニヤしはじめる。

「もしかして、かのえさん気になっちゃう感じ?」
「何が」
「俺が女子アナと連絡取っているかどうか!」
「私が気になるのは、プロ野球選手がどうやって声かけてくるのかってこと」

悔しいことに、成宮のおかげでスポーツ取材の仕事が結構来るようになっている。今まで取材といっても地方の街ロケばかりだったので連絡先を聞かれることなんてなかった。だが業界人(とプロ野球選手を呼んでいいのかは定かではないが)ともなれば、やはり声をかける人は多いだろう。何とか穏便に、仕事をしたい。

「局の人に「○○アナ相手なら喋っちゃうかもー」って言えば来るよ」
「へー……流石詳しいのね……」
「ち、違うって!これは先輩が言っていた話だから!」
「あーはいはい、あとは?」
「あとは年末年始の特番とか、キャンプで会ったら直接聞く人も多いって」
「それは経験談?」
「う゛っ」

アタリだ。去年、週刊誌に乗っていた子は、たしかキャンプ取材に行っていたとペラペラ喋っていたはずだから。

「ま、キャンプまでは流石に行かないから平気かな」
「えーっ!かのえさん沖縄こないの?」
「人気の仕事は局アナさんが行ってくれるからね」

私に回ってくるのは、歩くことの多いロケばかりだ。そういう仕事目当てでアナウンサーになったから、こちらとしては万々歳なんだけどね。

「というか、成宮出かけるんじゃないの」
「うん、すぐそこまでごはん買いに行こうかなって」
「ならよかった」
「ん?」
「そんな寝跡つけて遠出するのかと」

成宮の頬には、ひっかいたような縦線が入っていた。どんなシーツを使えばそんな跡がつくのかと思ったが、まあすぐそこなら問題ないだろう。そもそも、ジャージだから流石に遠出はしないか。

「あ、多分ハンモックだ」
「ハンモック?」
「そ。ベッドもあるけど寝室にテレビないからさー」
「ハンモック……」

思わず反芻してしまった。ハンモック、家にある人いるんだ。確かに家庭用のも最近は色々出ているらしい。だけど、実際に持っている人は初めて遭遇した。

「……よかったら乗ってく?」
「えっいや、大丈夫」
「別に取って食ったりしないって」
「どの口がほざく?」

先々週の件をもってして、よくそんなことが言えたな。そう思いちょっと睨めば、成宮はわざとらしく肩をすくめた。

「ついでにごはんもうちで食べて行ってよ、まだでしょ」
「それは本当に大丈夫、申し訳ないし」
「この間のお詫び!ね?」
「でも……」

正直、今からごはんを作るのは面倒だと思っていた。いつもなら東京で買ってくるのだが、今日は収録が結構押してしまってお目当てのお店が閉まっていたから買えていない。

「今から作るの面倒でしょ?ね?」

そんな事情と、空腹と疲れが、判断を鈍らせてくる。

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