小説 | ナノ


▼ 13

「かのえさーん!」
「来るな、入るな、足を滑り込ませるな」
「滑舌いいねー!」

平日、レギュラー番組が終わり直帰したら成宮も同じタイミングだったようで、小走りにエレベーターに乗り込んできた。

仕方なく同じエレベーターで階へ上がれば、また同じような動きで私の玄関に足を滑らせてくる。

「部屋には本当にいれないから」
「なんで?」
「むしろなんで入れると思ったの?」

押せばいけると思われているのは、すごく癪だ。実際、押されて何度か負けているのだが。しかし、今日は成宮相手じゃなくても他人を呼べる状態ではないので、頑なに拒む。

「ねーじゃあせめてごはん!ごはんだけ頂戴!」
「余分におかずなんて作ってない」
「白米があればいいから!」

なんで白米だけなんだろう。そう思って尋ねてみると、どうやらいつも寄っている近所の弁当屋が臨時休業だったらしい。確かに、成宮の手には別の総菜屋のビニール袋があった。そういえば、そっちの店には白米が並んでいなかった気がする。

「冷凍ならあるけど」
「それでいいです!ありがとうございます!」
「……お願いしますが先では?」

貰う前提で先に礼を言われる。しかし、冷凍なら全然いい。仕方なく玄関までは入れて、サランサップに包んだごはんをいくつか取り出す。どのくらい食べるのかな。玄関で待つ成宮に向かって声を張る。

「なるみやー、どのくらい食べるー?」
「あればあるだけ嬉しー!」

そういえば先週末、ロケでパン屋さん寄ったから炊いたご飯を丸々冷凍させてしまったんだった。思ったよりも量があったが、すべて袋に詰めていく。

「おまたせ」
「やったー!ありがと!」
「……なぜシューズボックスが開いているのかしら?」

大人しく待っているかと思ったが、来てみると備え付けの靴棚が全開だった。靴なんて別に見られて困る物でもないんだけど、見られたい物でもない。

「暇つぶしに開けてみたらすっげー数入っててさ!」
「まず開けるな」
「こんなに靴いる!?いらなくない!?」
「いるの」
「アナウンサーなんて上半身しか映らないこと多いじゃん」

だからこそ、ヒールの高さが大事になってくる。

「成宮って身長いくつ?」
「ん〜?いくつに見える〜?」
「すこぶるウザくみえる」
「180cmはいかなかったんだよねー」

高校の時からちょっと伸びて、でも止まったらしい。あんまり大きいイメージはなかったけど、数字で聞くとやはり私よりもずっと大きい。

「なら、成宮へインタビューしに行くならこれかな」
「なんで?」
「相手の身長に合わせるの、低すぎるとバランス悪いから」

相手を追い越さず、でも身長差がありすぎるのも良くない。派手な色が相応しくない場があれば、ヒール自体が邪魔になる時もある。

色んな仕事を経験していく内に、こんなシューズクローゼットになっていた。

「すご、そこまで考えるんだ」
「ま、私はロケ多いから余計にね」
「じゃあこれは全部仕事用?」
「といっても、私生活でも履くけど」

仕事用に買いはするけど、普通に普段着の時でも履ける。靴は、その辺りがありがたい。

「なら全部兼用?便利だね〜」
「成宮だって別に普段用とかないでしょう」
「俺はユニフォームも練習着も移動用も私服あるし」
「移動用が私服じゃないの?」
「俺だってラフじゃない服もあるよ」
「そうなのね」

考えてみれば、成宮はお金持ちだ。そりゃドレスコードのある店も訪れるだろうし、色んな女子アナに手を出すくらいだからそれなりの店も詳しそうだ。想像してみるけど、なんだか腹立つ表情しかイメージできない。

「あ、でもかのえさんってさ」
「ん?」
「靴、普通に好きなんだね」
「……あんまり意識したことはないけど」

指摘されたけど、あまり自分では気にしたことはなかった。

「だって色んなブランドの靴あるし」
「それはそうかも」
「好きじゃなきゃ靴なんて同じ店で買うでしょ」

成宮の指摘に納得してしまった。ロケ仕事が多いから、なるべくピッタリ合う靴を履きたい。同じ店でもデザインが変わると合わないこともあるから、毎回きちんと試着してから買っている。

「うーん……でも買いたい物全部買っているわけでも」
「そうなの?」
「履きたいけど、履けない靴もあるから」
「えー、履けばいいじゃん!」

ずっと昔から憧れている靴を思い出す。黒塗りのシルエット、靴底は激しいくらいの赤色。スッと伸びる高いヒールに、私は目を奪われ、今も憧れている。無理をすれば買えないこともないけれど、無理をして履くことになる。だから、買っていない。

「俺は欲しい物なんでも買っちゃう!」
「でしょうね」
「全部ほしくなっちゃうんだよね〜」
「ごはんとか?」
「うん!それとかのえさんも!」
「はいさようなら」
「ちょ、待って背中押さないでよ!」

ビニール袋を押し付けて、成宮をハイハイと急かして玄関から追い出す。ありがとねと言って帰って行った彼奴を見送り、シューズクローゼットの扉を閉めた。

欲しいなら買えばいい。そうだなあ、いつか買おうかなあ。あまりにも自由に生きている成宮に言われて、少しだけ考え方が変わってきてしまっている自分いた。

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