小説 | ナノ


▼ 12

それは、私が高校2年生になって数カ月経った日のこと。


「あ、かのえちゃんだ!」
「かのえさん、ね」

一年生ピッチャーの成宮は、女をみれば声をかけずにはいられないんだと思う。

今日もこうして、練習試合で稲実を訪れたら、スポーツドリンクのボトルを洗うべく水飲み場にいる私の元までやってきた。

元々顔見知りだったとはいえ、随分と馴れ馴れしい。

「何してんの?」
「ボトル洗っているの」
「マネージャーがするんだ?」
「このくらいしか、できることないもの」

野球が好きだから、それを頑張っている人の助けになりたい。そう思ってマネージャーになったけど、やっぱりできることは限られている。それがもどかしいって思うこともあるけど、私の行動でみんなが練習に専念できているんだなって思えることもあるから、充実感はある。

「……いーな、かのえちゃんにマネージャーしてもらえるの」
「そっちは一年生が雑用するんだっけ?」
「俺はレギュラーだからしないけどね!」
「あっそ」

シニア時代から有名だった彼奴は、名門校だろうが即座にレギュラーを勝ち取った。今年からはエースだろう。

「ていうか、そうじゃなくって!」
「ん?」
「かのえちゃんと居られていいなーって話!」
「私は成宮のお世話せずに済んで安心しているよ」
「なんだとー!?」

怒っているよ、という表情を臆すことなく出してくる成宮。こうやって、素直に自分の感情を伝えられるのは羨ましい。いや、こうなりたいわけじゃないんだけど。人生楽しそうだなあと思う。

「あ、そうだ甘い物食べに行かない?」
「行かない」
「えー行こうよー今川焼のお店、高校のすぐ裏なんだよー」

そんなお店があったんだ。成宮と行く気はないけど、今度貴子と行きたいかも。

「ねえそのお店ってカスタードある?」
「え〜今川焼って言ったらあんこじゃん!」
「私はカスタードの方が好き」
「和菓子なんだから絶対あんこ!あんこしか食べたことない!」
「うわっ勿体ない、人生損してる」
「そこまで言う!?」

まあ、人の好みだから成宮がどっちを気に入るのかは知らないけど、食べずに決めつけるのは勿体ないと思う。

「今度1度食べてみて、それからどっちがいいか決めて」
「仕方ないなあ、じゃあ今からかのえさんと、」
「行かない」
「なんで!?」

ボトルを洗い終え、スーパーでもらったカゴにガンガン入れていく。さて、私も青道の集団に戻るかな。なんて思っていたら、タイミングよく御幸くんがやってきた。

「あれ、御幸どうしたの」
「かのえ先輩、手伝います」
「いいの? 助かる」
「お、俺が手伝う!」
「成宮は自分のチームに行きなさい」

ぶーぶー文句垂れているわがまま坊やを放って御幸くんと一緒にバスへ向かう。彼だって今、レギュラーとして出場しているのに、成宮とは全然違う。

「ごめんね、わざわざ」
「稲実のやつらに次々絡まれていたらチームの帰宅列に乗り遅れちゃって」
「なるほど、マネ手伝ってましたって言い訳にするのね」
「大正解」

したり顔で笑う御幸。それが本当か嘘かは分からないけれど、どっちにしろ私はひとりでこの量のボトルを運ぶことにならず助かった。先輩たちがいなくなって、マネージャー業も追い付いていない。今年から入ってきてくれた後輩マネージャー二人も、今日は貴子と一緒に2軍の練習に付き合っている。

「それと、かのえ先輩の声聞きたくなって」
「……何よ一体、何やらかしたの」
「失礼だなー素直に受け取ってくれたらいいのに」
「御幸くんが他人のこと褒めるなんて、あやしいもの」

思ったことを素直に伝えたが、御幸くんは困ったように笑う。

「さっき喋っていたんですよ、かのえ先輩の声いいなって」
「声?」
「今日ウグイス嬢してたでしょう」
「あー……ちょっと噛んじゃったけどね」
「4番、サード、あじゅまくん」
「黙って」

バレていたのか。本人には指摘されていないからバレていないと思ったのに、全然打順じゃない御幸くんに気付かれていたとは。少し、恥ずかしい。

「でもかのえ先輩の声、本当にいいって俺も思いますよ」
「……本当にどうしたの?」
「素直な感想。確かにかのえ先輩の声って、すごく落ち着く」
「そ、そうなんだ?」

声がいい、なんてはじめて言われた。

多分、御幸からしたら単なる世間話だったんだと思う。この話題もそれっきりだったし。

だけど、私の中でこの会話はずっと引っかかっていて、挙句、アナウンサーを目指すきっかけにまでなってしまったなんて、きっと彼は知らない。



***



『もしもしかのえ先輩?』
「おはよ御幸、どしたの」
『昨日鳴から電話あってさ、』
「あー……何言われたの?」
『”かのえさんに何言ったの!?”って』
「まーたざっくりした質問を」

このゆるい口調からして、おそらく「御幸の発言が人生のきっかけをくれた」ということは伝えていないらしい。よかった。流石の私もそんなことを本人に伝えられるのは恥ずかしい。

『つーか、鳴と会ってんの?』
「……ままならぬ理由がありまして」
『なら今度の飲み会で詳しく聞きますね』
「あれ、御幸も来るんだ?」

めずらしいね、と付け加えて尋ねてみれば、どうやらちょうど遠征のタイミングと被っているらしい。飲みはしないけど、顔だけ出してくれるそうだ。

『青道の飲み会なら騙されて合コンってこともないし』
「あら、美人アナウンサーはいるけど?」
『その人とだったら話題になってもいいかな』
「ふふっ、それは光栄ね」

今度の飲み会は、こちらの地方で集まる予定だ。
私たちの上の世代はあんまり飲み会を企画しないけれど、結城がキャプテンの時代は定期的に飲み会がある。今回は小湊の転勤祝いという名目らしいが、幹事も小湊。今回お祝いで集まろうと言ったのは確か伊佐敷だったけれど、最終的にいつものように小湊が幹事をしてくれる流れになってしまっていた。

『かのえ先輩に会うのも一年ぶりですし』
「えっそんなに経つっけ」
『ずっと電話はしていますもんね』
「というか、顔はよく見ているし」
『俺もかのえ先輩の顔みたいなー』
「旅番組でも見なさい」

今までこんなやり取りがあると、「早起きしなさい」が定番だったが、朝のレギュラーがなくなってからは色々番組名を変えている。私も随分と仕事が増えた。本当、ありがたいことだ。

『でもせっかくなら地方レギュラーの見たいな』
「報道番組は見るタイプだっけ?」
『いんや、街の人気店をめぐるかのえ先輩を見たい』
「……よく知っているわね」
『激辛ラーメンでむせ返る様子が面白かったって、鳴が教えてくれた』
「……」

あんにゃろう、なんてことを言うんだ。遠征で空っぽであろう隣の部屋の方を睨んでしまう。

『ま、ともかく楽しみにしています』
「私も」

そういって、私たちは通話を終わらせた。そうしたら、ちょうどそのタイミング。


ピンポンピンポンピンポーン


けたたましい音が鳴り響く。ちょうどよかった、文句のひとつでも言ってやろうと玄関まで歩き、ドアノブに手をかけた段階であることに気付いた。

(成宮が御幸に喋った私のロケ話、成宮は試合日だったような……)

後輩とちょうどその話をしていたことを、ふと思い出してしまった。リアルタイムでは観られないはずだ。

「かのえさーん!これ、お土産!」

ドアをあけたところには、満面の笑みで立っている成宮。文句を言おうと思っていたのに、これで私の予想通り「録画までしている」なんて肯定されてしまったら、多分、私は上手く返事ができないという自信がある。

「ねえ聞いてる?かのえさんってば!」
「ああ、うん、ありがと」
「えっもらってくれるの!?」

なんと言っていいのか分からなくなって、めずらしく素直に成宮のお土産を受け取ってしまう。「そうか……地方の特産品がいいのか……」なんてブツブツ言っている成宮を、またじぃっと見つめてしまった。

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