小説 | ナノ


▼ 11

「うん、言っていたよ?」


ごはんを食べ始めた成宮は、あっけらかんと言ってのけた。


「えーっと……は?」
「でも断り文句っていうのは間違いだよね、「糸ヶ丘アナ誘えたよ」って言われたら行っていただけだし」

女性から誘われた時に、”糸ヶ丘かのえがいるなら”と断っていたのか。それを尋ねてみたら、さらっと肯定の返事をくれる。

「そんなこと、本当に言っていたの?」
「じゃなきゃ女子アナばっかり引っかからないよね〜餃子パリッパリだ!」
「そう聞くと、確かに……?」

確かに、私を誘えるなんて、学生時代の同級生が同業者しかいない。「糸ヶ丘アナ誘えたよ」と返事ができそうで、かつ今の成宮鳴の知り合いとなれば女子アナくらいしかいないだろう。

問題は、私が女子アナだろうが同業者とは早々食事に行かないってことだけど。そもそも成宮狙いの女は素直に私を呼んだりなんてしないだろうし。

「つーか、あの合コン大好きアナウンサーから聞いたんじゃないの?」
「そうなんだけどさ」
「……っはー、このスープすげー美味しい」
「あ、ありがとう」

打ち上げでも何でもない食事の誘いなんて、どう考えても下心ありまくりだろう。それに対して、別の女を条件として名前上げるだなんて。正気の沙汰とは思えない。本気で成宮のこと好きな女子アナがいたら、流石に可哀想だ。

「あ、「結婚したい」とかそういうのは言ってないよ。ただ「かのえさんいるなら行く」って返事しているだけ」
「それでも、話題性は充分よね」
「ねえこれめっちゃ美味しい!」
「ああはい、うん、ありがと」

私の作った肉多めの野菜炒めを、とてもいい笑顔で褒めてくれる成宮。それは嬉しいのだけれど、食事の出来栄えよりも今喋っている話題に集中したい。

「……成宮とスッパ抜かれた女子アナたち、そりゃあ私を睨むわけよね」
「あんな嘘つく女子アナたちなんて気にしなくていいって」
「でも、」
「結局かのえさんに会えたのは前回が初めてだったし」

(ああ、それで男性側のメンバーがあんな反応だったのか)

そういえば、前回私が登場しただけで随分な騒ぎだった。そんなに人気も上がっていたのかと、ちょっと浮かれていたが、そうではない。私がいると聞いていたのに、いないことばかりだったんだろう。

とはいえ、この話をそのまま受け入れて感動できるほど、私も素直ではない。


「肉!肉めっちゃやわらかい!美味しい!」
「……成宮」
「んー?」
「ちょっと、ごはんの感想は置いといて」
「えーなんで?せっかく褒めているんだから素直に嬉しいって言ってよ」

褒めてと強要する人はいても、褒めたんだから喜べと強要されたのは初めてだ。だけど今は、料理の完成度よりも今後の同業者との付き合い方の方がよっぽど気がかりである。

「喜んでいるって、あの成宮が人を褒めるだなんて」
「俺だって褒めるし!かのえさんこそ最近全然褒めてくれない!」
「最近も何も、成宮を褒めたことないけど」

そう伝えれば、成宮は酷く苦い顔をした。そりゃそうだろう、彼と交流があった頃といえば、何より我が青道高校の敵だった時だ。いくらすごくても、褒めようなんざ思えなかった。



「……かのえさんさあ、俺たちが最初に会ったの覚えてる?」
「何よ突然」

成宮が、箸を置いて麦茶を飲みながら聞いてくる。余ったら明日のごはんにするつもりだったけど、彼は綺麗に食べきってしまった。予想していた以上の食べっぷり。

「高校……あ、シニアの応援?」
「そう!」
「小学生の時が初対面よね、長いなーもう10年以上経つなんて」

そういえば、成宮とは彼が中学生に上がる前からの知り合いだ。私が小学5年生で、彼が小学4年生。あの頃の成宮はまだ可愛げがあった。私よりもずっと背が低くて、素直で、でもわがままで、自分勝手に私に話しかけてきて……いや、今とあんまり変わらないな。

「私がお兄ちゃんの大会観に行ったら成宮がいて、」
「かのえさん、野球のルール全然分からないのにずっといたよねー」
「そしたら『ルール知らずに見ててどうするの』って怒られたんだっけ」
「そこだけ覚えるのやめて! ちゃんと後からルール教えたじゃん!」
「あーそういえば教えるの上手かった」
「そう!その時に初めて褒めてもらったの!」
「よく覚えているわね」

その通り、私に野球ルールを教えてくれたのは成宮だ。引っ越してすぐで友達もいなかった私は、お兄ちゃんっ子だったことも相まって、よくシニアの試合を観に行っていた。流石に妹が来ていると知られるのが恥ずかしかったのか、あまり近くでみないようにと言われ、しぶしぶ遠くからみていれば、シニアチームの見学に来ていた成宮が声をかけてきたんだった。



「……考えてみたら、成宮いなかったら私の人生違ったかも」

ふと思いついたことを、そのまま口にする。

「えっ」
「マネージャーするくらい野球好きになってなかったかなーって」

言ってから思ったけれど、中学に入れば軟式野球をしている人もたくさんいたから、結局マネージャーをするようになっていたかもしれない。

「な、な……っ!」

なんて思ったのだが、既に成宮に言い直すのは手遅れのようだ。

「な、ななんでそういうこと言うのさ!」
「……なんで照れてんの」

空になったグラスをドンと机に置いて、真っ赤になった成宮が声を荒げる。

「かのえさんが急にそんなこと言うからじゃん!」
「そう言われても、」

事実なのだから、仕方がない。誰に教えてもらっても、いつ教えてもらっても、結局私は高校野球を好きになっていたと思う。だけどこの人生で、それを私にしてくれたのは、小学生の成宮鳴だった。ただ、それだけ。それだけだ。

「言っておくけど、成宮だけが人生のきっかけくれたわけじゃないからね」
「どういうこと?」
「青道のメンバーがいなかったらマネージャーも3年間続けられなかったし、そもそも大学生活も例のアレが、アレですし」
「あー……そこはまあどうしようもないじゃん、俺は稲実だったし」
「まあ、一番大きいのは御幸が、」
「一也が?」
「……なんでもない」

危なかった。これは言ってはいけない。

口を滑らせそうになるが、冷静になって止めることができた。だってこれは、御幸くん本人にも伝えていない内容だ。

「はー!?絶対何かあるじゃん!言ってよ!」
「何もないです、言いません」
「言って!」
「言わない」
「……言うまで帰らない」
「……成宮が帰るまで動きません」

麦茶を飲んで、目線を合わせない私。麦茶を注いで、黙ってこちらを睨んでくる成宮。案の定、耐えきれなくなった成宮が立ち上がる。よし、ようやく帰るようだ。

そう思ったのに、成宮は私の手首をつかんで腕をあげた。

「ちょっと、何するの……痛っ!」

身長差があるせいで、自然と立ち上がる形になってしまう。そのまま追い詰められて、背中がドンと壁に当たる。ぶつかったところをさすろうと空いた腕をあげようとすれば、掴んでいなかったもう片方の手首もとられてしまった。私の頭上で、成宮は私の手をひとまとめにし、自身の左手で壁に押し付ける。

「……やめて」
「じゃあ言って」
「言わない」
「俺、何するか分かんないよ」

そういって、空いている右手で私のあごを持ち上げるように掴む。弄ぶように、親指の腹で私の頬を撫でながら。


「……手出すつもりはなかったけど、流石に警戒心ゆるすぎでしょ」
「何もしないって言ったじゃない」
「だからって、一人暮らしの部屋に男いれたら、」
「泣く」
「……は?」

「成宮が何かしたら、今から泣く。そんで結城に電話する」

それが脅しになるとは思えなかった。実際、成宮くんはきょとんとして、「だからどうした」という様子だ。

「……この状況で電話取らせるわけないよね?」
「じゃあ成宮が帰ってから電話する、泣いて電話する」
「なんでそんな泣くことにこだわってんの」
「というか、いま、ほんとになきそう」
「は?何言って、」

「ほんとに泣きそう」


言葉は淡々としていたけど、正直、めちゃくちゃ怯えていた。まさか私がここまで怖がると思っていなかったのか、成宮は手をゆるめる。

「あっ!ちょっとどこ行くのさ!」

その隙に私はなけなしの力でリビングまで走るが、すぐに力が抜けてしまい、ソファの影にしゃがみ込んだ。

「ちょ、ごめんって」
「ち、近づかないで!このバカ!アホ!きらい!」
「アナウンサーのボキャブラリーかよ……」
「うっさいバーカ!帰って!」

逃げる方向が、逆だった。トイレも寝室も玄関も、成宮側にある。一応距離は保ったままだが、成宮が帰る様子はない。

「そんな状態のかのえさん置いて帰れないって」
「誰がこんな状態にさせたのよ!バカ!」
「分かったよ、もう聞かないから」
「それは当然でしょ!や、やだ寄ってこないで!」

「ステイステイ、落ち着いて」

私は犬か、それとも拳銃を持った犯人か。成宮は両手をあげて、こちらに近づいてくる。ソファの前で止まって、私と同じようにしゃがみ込む。私たちの距離感は、ロングソファ1つ分だ。

「じゃあ今日は一旦帰るけど、」
「一旦じゃない、一生会わない」
「でもさあ、かのえさんも悪いんだからね」
「……はぁ!?」

私が一目惚れした、黄色いソファに肘をつく成宮。何を言い出すんだ。

「……好きな人が部屋に呼んでくれたらそりゃ期待するって」
「それはこの前のお礼だもの」
「俺、タッパーで渡されると思ってた」

言われて、ハッとする。そうか、その手があったか。

「そしたらかのえさん、21時に家来てーって言ってくれてさ」
「それはその、」
「それに、本当は料理褒められて嬉しかったんでしょ?」
「なっ!?」

「だってかのえさん、美味しいって言うたびに、毎回口元ゆるむんだもん」

可愛かった。なんて言って、笑って首を傾ける成宮。まさか、まさか気付かれていただなんて。

「だ、だって人に料理振る舞うなんて久しぶりだったから!」
「嬉しかったんじゃん」
「べっ別に成宮だからじゃないし!」
「うん、でも嬉しかったんでしょ?」
「そ、それは……っ」

その通りだ。ソファの腕部分に、顔を埋める。その様子を見て満足したのか、ようやく彼は立ち上がった。荷物も何も持っていないから、そのまま玄関まで歩いていく。


「あ、でもさ」

ソファの影に隠れたままだから、多分向こうからも私の顔はちゃんと見えないと思う。帰れ、はやく帰れ。私の顔の色に気付く前に帰れ。

「俺の前で別の男の話するのやめてよね」

流石にプチンと来ちゃうし。それだけ言って、成宮は消えていった。ガシャンと、玄関の扉が閉まる音を聞いて、私も玄関まで走る。鍵をしめて、そのまま扉にもたれかかってしゃがみ込んだ。

パニック状態の思考回路が冷静になるまで、私はそうして頭を冷やしていた。

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