小説 | ナノ


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「糸ヶ丘、アナ、ウン、サー!」
「おはよう」
「……あれから成宮選手とどうなりました〜?」

今日からようやく、本格的に地方レギュラーがはじまる。楽屋で準備をしようと手前の席に座れば、ちょうどそのタイミングで例の失恋ちゃん、もとい合コン幹事が扉を開けた。私の座るメイク台の隣に腰かけ、ポーチを広げながらあの時のことを聞いてくる。

「何もないわよ」
「えーつまんない!」
「私よりも、そっちはどうだったの?」

彼女の笑顔の理由はおそらく、私への興味が半分、自分の成果報告をしたいのが半分ってとこだろう。

「前回は収穫なしですが、稲大卒と合コン組んでもらっているとこです!」
「あら、せっかくのプロ野球選手はお眼鏡に叶わなかったわけだ」
「あ、私もともと野球選手は狙ってないですよ」
「そうなの?」

意外や意外。彼女は割と乗り気で球場レポートに向かっていると聞いたことがあったのだが。

「取材は仕事ですもん。スポーツ選手って怪我とかリスキーな点多いじゃないですか〜」

だから私は安定した高収入の男性を探すんです!そう元気に宣言する。なるほど、そういう考えもあるのか。前髪を綺麗にカールさせ、スプレーを手に取る。

「で、糸ヶ丘さんは?」
「だから何もないって」
「えーっ!?念願叶って糸ヶ丘さんと食事行けたっていうのに、成宮選手も情けないなー!」
「ちょっと、声大きい!」

ふざけたことを言う後輩を嗜めたが、彼女は首を傾げている。まるで私が間違っているかのような態度だ。だけど、続く言葉はその通り、私が間違っていると伝えてきた。

「何を今更。こっちの地方じゃ常識ですよ?成宮選手が糸ヶ丘アナ狙いって」
「……はい?」

ふんわりとした前髪に満足していれば、何とも不思議なことを言われる。彼女は今、何が常識と言ったんだ。


「だって成宮選手を食事に誘った時の決まり文句、”糸ヶ丘アナがいるなら行く”ですもん」



***


ピンポンピンポンピンポーン


「かのえさーん!」
「……どうぞ」

来たる金曜日、元気よく私の部屋へやってきた本日の勝利投手。随分と気分が良さそうだが、反面、私のテンションはひどい。だって、私が女子アナから避けられたり喧嘩売られている原因が、成宮かもしれないと聞いたから。

「この距離なのにわざわざ靴履いてきたの?」
「今日はそのまま来た!荷物は玄関に置いてきたけどね」

靴を脱ぎながら、鼻歌を歌う成宮。前回はサンダルで来ていたのだが、今日は荷物を放り投げて移動の靴のままだったらしい。ごつい靴だ。サイズの違いも合間って、私のサンダルとは一回り違ってみえる。

「……随分楽しそうね」
「だってかのえさんの手料理だよ!?試合も頑張っちゃった〜」
「他人のことで頑張りが変わるような人間じゃないでしょ」

成宮の背中を見ていても意味がないので、先にキッチンへ向かおうとする。が、成宮はなかなか着いてこない。


「何しているのよ、さっさと上がって」
「……へへっ」
「なんで突然笑いだすのよ、気持ち悪い」

玄関で座りながら笑い始める成宮は、流石にちょっと怖かった。どうしたんだ、突然。

「いやあ、かのえさんのそういうとこ好きだなーって」
「は?」
「あーでもかのえさんから『私のために頑張って!』って言われたらノーヒットノーラン出せちゃうかも」
「絶対に言わないから自力で頑張りなさい」

意味の分からないタイミングで、また好きだの何だのと言ってくる。いまいち彼奴の行動が掴めなくて、振り回されてばかりだ。小さくため息をつきながらも、成宮がついてくるのを待ってあげた。




「わーっすごい!!これ全部手料理!?」
「成宮が言ったんでしょうに」
「SNSに載せているの、本当に作った料理だったんだねー!感動ー!」
「……」

今週半ばに遭遇した時、一方的にリクエストを伝えられた。ガッツリ肉と、米と、中華っぽいもの。それと野菜も食べなきゃいけないから、シャキシャキじゃない状態で出してくれなんてわがまままでつけて。仕方がないので(というか、考えるのも面倒だったので)リクエスト通りのものを準備してやったというのに、この反応だ。

「ねえもう完成?食べてもいい?」
「まずは手を洗ってきなさい」
「はーい、あ、洗面台こっちなんだ」
「? 同じ部屋でしょ」
「俺の部屋、広いから反対なんだよねー」
「……」


もしやこの調子で嫌味を言われ続けなければならないのか。出会って数分で、既に新しい苛立ちが湧いてくる。いやしかし、ちゃんと例の件は聞かなければならない。



――女性からのお誘いを、”糸ヶ丘かのえがいるなら”と断っていたのかを。

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