小説 | ナノ


▼ 08

ピンポーン


「……宅配、さっき帰ったよね」

マンション1階のオートロックとは別の、部屋の扉前のインターホンが鳴る。
そもそも、このマンションはよほどのことがない限りロビーでコンシェルジュが荷物を受け取ってくれているはずだ。先ほど花屋が定期便を届けにきてくれていたのは、私が上がるようコンシェルジュに伝えてあったから。しかしそれも5分前のこと。なのに、なぜインターホンが鳴る。


ピンポンピンポンピンポーン


もしかしたら、先ほどの配達員がまだいるのかもしれない。なんて疑ってしまったことに反省した。声を聞かなくても分かる。隣に住まう、ヤツのしわざだ。

「……何やってんの」
「かのえさんただいまー!」
「さようなら」

ドアチェーンをしたまま扉をうっすら開ければ、満面の笑みの成宮がそこにいた。手には何やら、紙袋を持っている。

「ま、待ってよ!キャンプのお土産!」
「別にいらないし、さようなら」
「ほらマンゴー!果物好きでしょ!」

ピタッ、と動きを止めてしまう。しまった。成宮にも気付かれたらしく、彼の笑みがしたり顔に変わった。

流石にチェーンをしたままでは受け取れない。一旦下がってもらって、チェーンを外して扉を開け直す。しかし、よく見れば成宮の持っている箱は果物の入っている厚さではない。

そして、よく考えたらまだマンゴーの時期でもない。


「……これは、」
「マンゴー味のラングドシャ!」

太陽のような笑みで、紙袋を差し出す成宮。私は太陽のようなマンゴーを食べたかった。いやしかし、ラングドシャに罪はない。ので、ありがたく受け取る。

「どうもご親切に」
「もっと喜んでよー果物好きでしょ」
「好きだけど、そのまま食べるのが好きなの」
「毎朝食べちゃうくらい?」
「……なんで知ってんの」

今更ながらに、どうして私が果物を好きだということを知っているのか。SNSにも、毎食あげているわけではない。だって切って食べるだけだから、わざわざあげるような絵面でもないし。

「前に雑誌で書いてたじゃん」
「書いた? インタビュー?」
「生活誌っていうの?食生活がどうの〜ってコーナーで連載してたじゃん」

言われてようやく気付く。雑誌というからファッション誌を想像していたが、そうではなく生活情報誌のことらしい。去年一年間、小さな枠ではあるが、食生活を書くコーナーで記事を書かせてもらっていた。私自身としては楽しかったが、思ったより世間の反応がなかったと社長から言われた仕事だった。まさか、あれを読んでくれていたとは。

「朝は果物、昼は外食、夜は自炊、でしょ?」
「よく覚えているわね」
「俺は朝からガッツリ食べたい派だから、かのえさんとは別メニューかな」
「一生別メニューだから」

なぜ共同生活の話になっていく。即座に否定して、お土産を受け取るべく手をのばす。が、成宮は渡そうとしない。何なんだ。

「これ24枚入りだよ」
「へえ、たくさんありがとう」
「一人じゃ食べきれないでしょ」
「大丈夫、少しずつ頂くから」
「えー、俺も食べたいー」
「じゃあここで分けましょう」

たしか、このシリーズは12枚入りもあったはず。なんで大きいのを買ってきたんだと言いたかったが、成宮は「とりあえず大きければ良い」なんて考え方なんだろうな。そう思いながら、包装を剥がすべく手を伸ばそうとするが、成宮はまた避ける。

「……どうして避けるの」
「かのえさんの部屋で一緒に食べよ?」
「24枚全部持って今すぐ帰れ」
「わー待って!」

そんなくだらないことの為に、24枚入りを買ってくるな。ラングドシャに謝れ。もういいやと思い扉を閉めようとすれば、成宮は騒ぎながら指を滑り込ませてきた。急いで扉を開ける。

「ばっ、何やってんの!」
「っぶねー、指挟むかと思った」
「私がそのまま閉めたらどうしてたのよ!」
「しないでしょ、それに右手だし」

そう言いながら、成宮はひらひらを自分の右手を振った。そういう問題じゃない。スポーツ選手に怪我をさせるなんて、考えただけでゾッとする。

「……本当にそういうことやめて」
「じゃあ部屋に入れてよ」
「入れないけど、やらないで」
「……分かった」

しゅんとして、ようやく納得してくれた成宮。そこまでして入る価値のあるような部屋ではない。入れるつもりもないけれど。

……とはいえ。

(わざわざ私のために、買ってきてくれたのよね)

キャンプで忙しい中、時間を割いて買ってきてくれたという優しさには感謝している。部屋には入れるつもりはないけれど、ほんの少しだけ、甘い気持ちが出てしまった。


「……ねえ、成宮」
「?」
「来年もし仲良くなっていたらさ、そのままのマンゴー買ってきてよ」
「来年……?」
「成宮は包丁持てないでしょ、剥いてあげる」
「ほんとに!?」

ぱぁっと表情を明るくして、成宮がドアノブを掴む。こらこら、ドアを開けるな。

「仲良くなっていたらね」
「言ったからね!かのえさん言ったよね!」
「はいはい、言いました」
「じゃあ再来月、部屋行くから!」
「うん再来げ……再来月?」

来年、また彼がキャンプに行く時の仮定を喋っていたのだが、今、再来月と言った気がする。


「実はそのままのマンゴーも買ったんだよね〜めっちゃ高いやつ!」
「は?」
「本当はそれ持ってかのえさんの部屋押しかけてみるかな〜って考えていてさ、これは買いすぎたお土産だったんだけど、許可もらえるなんてラッキー!」
「いや、ちょっと、」
「5月には届くらしいから、そしたらまた来るね!」

じゃあね! 元気に手を振って、成宮は自分の部屋に戻っていった。私はまさかこんな展開になると思っていなくて、聞こえないと思いつつも、我慢ならず叫んでしまった。


「……”仲良くなっていたら”だからね!」

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