小説 | ナノ


▼ 07

「あ、やっと会えた」
「……」
「ちょっと!無視しないでよー!糸ヶ丘アナウンサー!」
「……」
「……御幸一也の心を弄んでいる糸ヶ丘アナウンサー!」
「ばっ、何叫んでんの!」


廊下で遭遇してしまった成宮を無視して玄関の鍵を回そうとした。が、バカみたいにピーチク叫ばれた私は、しぶしぶ部屋に招き入れる。まだ大した荷物もないし、成宮の部屋に入るよりよっぽどマシだ。

「……なんもない部屋だね」
「まだ東京に住んでいるんだから、仕方ないでしょう」
「でも春からこっちでしょ?いつでも会えちゃうね!」
「金輪際会いません」

あれから二週間、本格的に地方での打ち合わせが始まった。成宮がキャンプで離れるまで何とか会わずにいたかったのだが、明日、別の仕事があるのでこちらのマンションで寝ようと思っていたらコレだ。東京に戻ればよかった。

「あ、俺お茶でいいよ」
「……ったく」
「このクッションは座っていいやつ?」
「一生立っていて」
「座るねー」
「……」

既に後悔し始めているが、招いてしまったので仕方なく準備する。私も喉が渇いていた。先ほど作っていた水出しの紅茶をグラスに注いで渡せば、一口飲んだ成宮が渋い顔をした。

「……うげー、何これ」
「今話題の水出し紅茶」
「お茶って言ったら普通緑茶か麦茶でしょ」
「知らないわよ、私は紅茶が好きなの」
「えー俺は麦茶がいいー」
「紅茶飲まないなら他はない」
「ちぇっ」

文句を言いながらも、飲み進める成宮。何なんだこいつは。

「糸ヶ丘アナウンサーは食べたり飲んだり好きだよね」
「は? 何よ突然」
「SNS、食べ物ばっかじゃん」
「他にあげる物もないし」

確かに、私のSNSは自分で作った料理やお土産の食べ物でいっぱいだ。
単純に私が食べることに関心があるっていうのもあるけど、こうして食べ物を投稿していれば、色んな人から色んな物がもらえる。他人と外食をしたくない私にとって、良いアピールの場だ。

「というか、成宮もSNSとか見るんだ」
「俺を何だと思ってんの」
「だって成宮ってスタッフが更新しているアカウントしかないでしょ」
「俺のこと、よく知っているね?うん?」

にやにやしながら首をかしげる。が、私はこいつのアカウントがあるのかなんて確認したことはない。

「私は見たことないからね。前に仕事した女子アナからの情報よ」
「うん?」
「”成宮選手は球団側から止められているんですってー”って教えてくれたの」
「誰だよそんなの言っているやつ!」

「前に成宮と週刊誌に書かれていた子」

パッと思いついた説明をしたが、成宮はピンと来なかったらしい。

「……ごめん、どれ」
「お天気お姉さん」
「……あー、たぬき顔の」

そこまで言って、ようやく誰か分かったらしい。週刊誌に書かれすぎなんだよ、成宮は。

「あいつ、平気で嘘つくからマジで無理って思ったわ」
「そうなの」
「つーかSNSも止められてないし!面倒だからしないだけ!」
「へー」
「球団が更新してくれているけど俺だってたまーに書き込みしてるし!」
「ふーん」

自分から振っておいて何だけど、別に成宮のSNS事情なんて興味なかった。適度に相づちを挟みながら、クッションに座る成宮から遠い場所のソファに座る。

「そいつにもちゃんと言ったのにさー……人の話聞かないやつマジで無理」
「その割に会員制のお店で楽しんでいたみたいだけど?」
「それはっ、」
「ま、私はあの子潔くて面白いと思うよ。思いっきりマウント取ってくるし」
「かのえさん相手にマウント取れる女子アナいるわけ?」

しれっと聞いてきたが、つまりそれは、私のステータスが高いと思ってくれているわけで。恥ずかしいのやら、嬉しいのやら、何とも言えない気持ちになる。

「いるわよ。その子もそうだし、スポーツ番組のサブ司会の人も……あーあと1年生でミスコン取った話題の子も……あれ、」
「どうした?」

「……私に喧嘩売ってくる子、成宮と撮られてばっかりだな」

直接的に何か言われた人だけあげてみたら、すべからく成宮とスッパ抜かれている子ばかり。どうしてこうも、勝気な女ばかり手を出そうとするんだ。そんなだから女子アナ側から週刊誌に情報流されるんだぞ。流石にそこまでは教えてあげないけど。

「……やっぱり、成宮とだけは噂になりたくない……」
「なんで?将来性ナンバーワンでしょ」
「こっちのキャリアが潰されそう」
「大丈夫だって、かのえさんと結婚できるなら一途になるから」

あぐらをかいて、けらけらと笑う成宮。そうだ、それも聞きたかったんだ。いや聞きたいわけじゃないけど、確認はしておきたかった。


「……前に会った時さ、」
「うん?」
「なんであんなこと言ったの」

笑う声は止まったが、表情は以前いつも通りの笑顔のまま、成宮がこちらを見る。また先日の夜と同じように、なんてことない風に、普通に言う。

「かのえさんって、いつまで一也とその関係続けるつもり?」

いつまで、なんて決まっている。

「向こうに好きな人ができたら」
「なら、できなかったらずーっとそのまま誤魔化し続けるわけ?」

そう聞かれると、ちょっと困る。

「一也と何もないですーって言い続けても、限界あるでしょ」
「多少の覚悟はしているわよ」
「それならかのえさんが結婚相手いました〜って言う方がよくない?」

そりゃあ本命がいたとなれば、御幸のことも週刊誌のデマでした、で終わると思う。だけど、一番の問題がある。

「そもそも私は成宮のこと好きじゃないし」
「えー!?」
「それに、あんたは私と結婚したいわけ?」

そこだ。別に御幸との噂を穏便に消すためだけに、成宮と付き合う気なんてまったくない。成宮だって、女子アナと遊びたいだけなら、まだまだフリーでいた方がいいだろう。

そう思って聞いてみたのだが。


「そりゃ結婚したいに決まってんじゃん」

まっすぐすぎて逆に意味を測りかねるその返しに、私はため息をついた。

「あのねえ、普通は突然結婚したいって言われても『はいそうですか』ってならないの」
「普通って何なのさ」
「お互いのこと理解して、尊重して、そして将来考えて結婚するのが普通」
「かのえさんは俺のこと充分承知でしょ?年俸まで知っているし」
「……理解はあっても尊重できません」
「えーなんでさー」

なんでと言われても、そもそも私は成宮のことを好きではない。成宮もそうではないのか。

「考えてもみてよ、同世代で将来有望で、メジャー行くプロ野球選手だよ?」
「え、メジャーからもう声かかっているの?」
「それはこれから」
「……なんだ、特ダネかと思ったのに」

飽くまでこちらは「テレビ局の女」という強調を見せる。すると成宮は案の定渋い顔をした。それでいい、私たちの関係は所詮「プロ野球選手と女子アナ」だ。

「でも、かのえさんは知っても情報売らないでしょ」
「分かんないよ、仕事のためなら」
「いーや、かのえさんはそんなことしない」
「あんたが私の何を知っているのよ」

初対面からの年数は長いとはいえ、成宮との交流なんて合計時間にしたら24時間にも満たないはずだ。前回の食事でちょっと伸びたかもしれないけど、それでも顔見知りの域を出ない。

「かのえさんこそ、俺のこと全然知らないでしょ」
「知りたいとも思わないけどね」
「知ったらイメージ変わるかもよ?」
「あーら、成宮に今の印象ひっくり返せるようなエピソードでも?」
「プリンス様相手になにを言ってんのさ」
「いまやプリンス様のイメージも台無しの荒れ具合だけどね」
「……まあ、そうだけどさ」

高校時代こそ猫被ってインタビューなんかも受けていたが、今となっては我がままプリンス様っぷりが日本中に知られ渡っている。あれだけ週刊誌にスッパ抜かれていれば、純粋無垢な少年キャラではいられないだろう。


「私も成宮も、高校時代とは違うのよ」


私も昔とは違う。自分でいうのもアレだが、随分と強かな女に成長したと思う。高校生の頃のような、まっすぐ前しか見えていなかった頃とは違う。


「……今のかのえさんって人気商売で、外面ばっかり気にしているけどさ」
「あんたに比べたらね」
「でも、根っこのところは昔と変わんないよ」
「は?」

私は成宮と数年振りに再会した。それなのに、私の何が分かるというのか。

「あんたに私の何が、」
「ミスコンの動画でさ、久しぶりにかのえさんを見たんだよね」

なぜ突然、そんな話が。首を傾げる私を見るけど、成宮はそのまま話を続ける。


「ずっと彼女なんていらないし、野球だけでいいって思っていたんだけど」

「俺ね、あのコメント聞いて、あらためてかのえさんのこと好きだなーって思ったんだよね」


そう言われ、大学時代を思い出す。自分では普通のコメントを言ったつもりだったけど、「随分強気なコメントだな」と結城に笑いながら言われた優勝コメント。

(確か――周囲を大切にしたいとか、そんなことを言った気がする)

正確な言葉は忘れたが、あのころから私の考えは変わらない。誰かに支えてもらって生きている以上、その人たちに恥ずかしくない人間になりたい。

言った私ですら曖昧になっていた言葉を、成宮はずっと心に残してくれていたらしい。それは少し、いやかなり、嬉しい。

成宮は更に言葉を続ける。


「だから、結婚するならかのえさんがいい」
「そう言われても、」
「分かってる、かのえさん今は全然結婚する気ないって」
「……悪いけど、仮に結婚願望あったとしても、」
「俺じゃ無理って?」

自覚はあるのか。まあ確かに、理由はどうあれ同じく人気商売している人間が、あんなにも酷い記事書かれたくっているんだから。

「でも昔みたいに、かのえさんと他愛ない話したい」
「……練習試合前に、成宮が一方的に絡んできていただけよね」
「でも楽しかった、ああいうやり取り、もっとしたい」

随分と懐かしい記憶だ。高校生。もう何年も前になる。

「俺もかのえさんみたいに、もっと応援してもらえる人間になるから」
「……手遅れじゃないかしら」
「手遅れじゃない!絶対になるから!」

ドンと机に両手をつき、前のめりになって声を大きくしてくる。

「だから、結婚する気ないっていうなら、俺のことだけ見て待っていて」

じゃ、そろそろ戻る。そういって成宮は私の部屋を出て行った。

ずっと苦手意識を持っていた相手に突然そんなことを言われるだなんて思ってもみなかった。でも、きっと私の意思は変わらない。これから一体、どんな生活が待ち受けているのだろうか。

あれ、そういえば。


(さっき”あらためて私のこと好きだと思った”って言ったよね……?)


あらためてって、何なんだ。

ちょっと引っかかりはしたが、まあ頭良さそうにも見えないから言葉間違えたんだろうと、勝手に納得して、日課の読書にとりかかった。

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