小説 | ナノ


▼ 06

あの後、ブチ切れた私はそのまま鞄を掴んで店を出た。部屋付きだった店員さんがすぐに出てきてくれて、裏口を案内してくれたおかげで記者にもバレていないはず。イライラそのままにタクシーを拾い、予約しておいたビジネスホテルに泊まり、自棄酒をして、今、昼の12時である。



「――テレビはこちらで大丈夫ですか?」
「ええ」
「この段ボールは」
「あちらの部屋にお願いします」

まだ一カ月ほど東京のレギュラー番組も残ってはいるが、打ち合わせ・顔合わせ等々でこちらの地方にくる回数も増えてくる。そうなってからバタバタしたくなかった私は、多少財布が痛くなるものの、少し早めに部屋を契約した。東京には、最低限の荷物だけ置いてある。

「タイミングが良かったですね。この物件なかなか空かないんですよ」
「そうなんですか?」
「セキュリティも強いですし、プライバシーを気にされる方から人気でして」
「へえ」

つまり、有名人が多いとのことだ。
良い物件だと、不動産会社が入居も立ち会ってくれるらしい。ひとりで引っ越し作業を眺めるだけかと思っていたが、改めて壁のキズなどの確認作業も一緒にしてくれた。

話によると、どうやらこの部屋は隣のファミリー向けの広い部屋を借りていた家族が、荷物置き場として使っていた部屋らしい。通りで随分と綺麗なわけだ。というか、荷物置き場で一部屋借りるような人が住まうということは、やはり良い物件らしい。会社から地方手当を出してもらえて本当によかった。自分の給料だけじゃ、到底こんな良い物件住めなかっただろうな。




「――では、私は以上で」
「ありがとうございました」

引っ越し業者の作業も終わり、立ち会ってくれた不動産会社の方も帰っていく。ソファなんかは今後買い足そうと思っているので、まだ安らげる場所がない。

少しぼんやりしたくなった私は、ベランダに出る。景色が広い。利便性も高く、駅もすぐそこに見える。繁華街から離れ落ち着いた住宅地で、本当に、良い物件を見つけた。予定していた家賃をちょっと越えたけど、奮発してよかったと思う。

そう思いながら、ベランダの手すりにもたれかかり、優雅に風を感じていた。


「あ、そうだ」


ポケットからケータイを取り出し、電話をかける。少しコールすれば、すぐに出てくれた。

『もしもし?』
「……ごめん御幸、バレました」
『もしかして、鳴じゃないよな』
「えっなんで分かったの」

私たちの事情を知る人が誰なのか、ちゃんと把握しておかなくてはいけない。最近は新しく事情を伝える人もいなかったので忘れていたが、最初の頃に二人でそう決めた。考えてみれば、御幸が成宮に私たちの関係を喋っていたんだったら、私にもちゃんと伝えているはず。そんなことをすっかり忘れて、騙されてしまった自分が情けない。

『まー俺にもカマかけていたから、鳴もうっすら気付いていたっぽいけど』
「えっそうなの?」
『”糸ヶ丘アナって朝食べないんだよねー”って聞かれたり』
「……」
『どうしましたか』
「……同じ手でやられた……っ!」
『かのえ先輩、駆け引きとか苦手そうですもんね』

電話越しに、御幸くんが笑っているのが伝わる。くそう、私が苦手なんじゃなくて、御幸が得意なだけなんだ。人間関係築くの下手っぽいのに、こういうことは上手いことやっている。くそう、悔しい。

『まあバレたもんはしゃーないでしょ』
「そ、そうよね!」
『別に脅されたりしてもいない限りは』
「……そ、うよね」
『え、何か言われた?』

言われたといえば、言われた。しかし、「バラされたくなかったら結婚しよう」なんて、どう考えてもふざけている。真面目に伝えるべきでもないけど、ネタとして伝えるべきかな。

「実はね、」
『実は?』
「……プロポーズされちゃった」
『……は?』

わざと重々しい雰囲気を醸し出してから、チャラけてそう伝える。絶対笑いとばされるかと思ったのに、なんだか反応が違った。

『……んだよそれ』
「え、いや本気じゃないって」
『わかんねーだろ』
「いやいや、なんで成宮が私に突然プロポーズするのさ。手頃な女がほしいんでしょ、あいつも」
『”も”ってどういうことですか』

「だって、御幸にとっては”ちょうどいい隠れみの”でしょ?」


プロ野球選手と女子アナ。高校時代の先輩後輩。これ以上ない、”隠れみの”だ。

『……かのえ先輩にとって、』
「うん?」

『俺は、どういう存在ですか』

どういう、と言われても困る。可愛くない後輩。良い遊び仲間。愚痴相手。なんていうのが適切なんだろう。

「うーん……強いていえば、”よく隣にいる人”かなあ」
『……ははっ何それ』
「だって友達でもないでしょ!?」
『アナウンサーとは思えない語彙力ですね』
「アナウンサーはこんな質問されないの!」

結局どういう答えを求めていたのかは分からなかったが、私の解答で満足したのか、話題は私の引っ越しへと移った。


『今もう新居ですか』
「うん、すっごくいい物件なの。築年数あるけど、綺麗で便利なとこ」

そう伝え、具体的な駅名も教える。どうせ来ないし、悪用するような人間でもないから問題ないだろう。むしろ伝えたところで地方の駅名なんてわかるのだろうか。

そんな考えもよぎったが、案外すぐに「へえ」と返事がきた。景色を見渡せば、なるほど、そういえば球場が近い。

「せっかく広い部屋だし、御幸ちゃんが女の子だったら呼んだのになー」
『可愛い後輩な御幸ちゃんじゃ駄目なんですか?』
「可愛くない後輩はアウトです」
『ちぇ、まあ飯くらいは行きましょうよ』
「また近所のお店開拓しておくね」

そんなやりとりをして、部屋の自慢も一通り終わった。向こうも暇なのか、そのまま会話は続く。あーあ、でもせっかくだから誰か部屋に呼んで、誰かにこの景色も見てほしいなあ。

くだらない内容で電話を続けていれば、突然、隣の部屋から大きな声が聞こえてきた。



「何ここ!ちょー狭くない!?」

私の部屋を荷物置き場として使っていた家族が引っ越したということは、隣も今は空室ということだ。ファミリー層の内覧だろうか、騒がしくないといいな。

なんて考えていたら、隣のベランダが開く。



「うわー景色低っ! 俺こんなとこ住みたくないんだけ……ど?」

「……」
「……」

「……」
「……ねー!俺やっぱりここでいいやー!」

「えっちょ、成宮!?」

現れたのは、金輪際会いたくないと昨日思った成宮鳴。私の顔を見ると、また部屋に引っ込んでいった。

『は?どうした先輩、』
「ご、ごめんまた連絡する!」
『ちょっと!鳴がいんの!?待っ――』

ツーツー。ケータイがそんな機械音をならしたままの状態だが、ポケットにつっこんで玄関まで走る。自分の部屋の玄関をあければ、ちょうど廊下にヤツがいた。



あいつの行動は分からない。だけどこの一瞬で分かったことが2つある。あいつは私がとても気に入ったこの物件をバカにしていたこと。


「あれ〜、お隣さんですか?」
「な……なんであんたがっ!」
「今度越してくることになった成宮鳴です!どうぞよろしく!」



そして、私の隣に引っ越してくるということだ。

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