小説 | ナノ


▼ 05

「付き合っていないとは、聞いていなかったんだけどね」

けらけらと笑って、私が口を滑らせてしまった事実を繰り返す成宮。信じられない。こいつ、私をおちょくりやがった。

「……っ信じられない!バカにしてんの!?」
「最初に嘘ついたのはそっちじゃん」
「嘘じゃない!誤魔化していただけだし!」
「世間の目を?」
「っ別に嘘じゃないもの!恋人とは言っていないし、仲良いのも事実!」

そう、嘘なんてついたことはない。それは確かだ。
私も御幸も、お互い恋人とは言ったことがない。今も連絡取り合うくらいには仲がいい。それしか言っていない。

「でも一也って女性ファン多いしヤバイんじゃない?」
「あいにく、御幸のファンは付き合っていないと思ってくれているわよ」

そう、週刊誌もまともな写真1枚撮れないから、御幸のファンも付き合っていないと思ってくれている。勝手に勘違いしているのは、私たちの近くの業界の人間だ。

でも、それだけで充分目くらましにはなる。

「だけど一也が結婚するってなった時、すっげー気まずくない?」
「……御幸に結婚したい人できたら、平穏にフェードアウトする予定なの」
「かのえさんに結婚したい人できたら?」
「私は結婚しない」

流石に私がそう思っていることまでは知らなかったようで、驚いた顔をする。ちょうど、最後のデザートがやってきた。中途半端なところだったが、いくら成宮が信頼している店員さんとはいえ聞かれたくはない。

彼女が去るまで黙っていて、離れたのを察してようやく向こうが口を開いた。



「……かのえさん、結婚願望ないの?」
「ない。私はずっとひとりで生きていく」
「なんかあった?」
「成宮には話さない」
「……俺はかのえさんたちのこと、喋っちゃうかもなー?」
「ぐっ」

今後のキャリアを取るか、プライドを取るか。悩んだ末に後者を諦めた私は、渋々ながら話すことにした。

「……大学生の時に、賭けの対象にされたの」
「……どういうこと?」
「”誰が糸ヶ丘かのえを落とせるか”って」

あまり楽しい話ではないと分かって、成宮は何も言わない。私の言葉を待つ。

「言っておくけど、昔からそこまで結婚願望はなかったのよ。ただ何となく、『みんな結婚するなら私もいい相手見つけたいなー』って考えていたような気持ちでしかなかったの」

「高校生の時は?」
「あの頃は恋愛している余裕なかったわよ」
「それもそうか」

マネージャーと選手――立場が違うとはいえ、野球部のスケジュールを考えたらすぐに理解してくれた。学校は違っても、私だって忙しかったってことはすぐ分かってくれる。それはちょっとだけ、ありがたかった。

「でも恋愛に対して憧れはあったから、大学生になって色んな人に声かけてもらって浮かれていたんだよね」

恋愛に不慣れだった私は、ふざけた賭けの対象になっているだなんて全く気付けなかった。


「……っはー、今思い出しても情けない」
「それで、賭けは?」
「青道の結城、って覚えているかな」
「えーっと、哲さん!」
「そうそう。同じ大学だった彼が気付いてくれて、助けてくれました」

色々手を回してくれたのは、他の同級生だったけど。

そう付け足して、懐かしい顔ぶれを思い出す。もう卒業してバラバラになったというのに、私のために集まってくれて、アドバイスをくれたり、叱ってくれたり、裏で色々動いてくれたりした。本当に、高校時代はいい人たちに囲まれていた。

「それから徹底的に恋愛事は避けているの。鉄壁の糸ヶ丘アナ、なんて言われているのは、その時からの名残ね」
「……どうりで繋がり持てないわけだ」
「? なんか言った?」
「なんでもなーい」

私の言葉に何か呟いたけれど、成宮にうまく誤魔化されてしまう。

「なら青道野球部の誰かと付き合ったりは?」
「野球部のみんなは、そういうのじゃない」
「哲さんも?助けてくれたヒーローなわけじゃん」
「結城ともそういうのじゃない」
「向こうはそう思っていないかもよ?」
「結城がそんなこと思ってくれていたら、確かに嬉しいわね」

彼らとは、そういうのじゃない。今も集まったりするけれど、私はそんな気持ちではいない。でも仮に、結城みたいな男に認めてもらえていたら、それはそれで嬉しい。付き合うとかは、考えたことないけど。

「……そういえば、哲さん今何してんの?」
「ん? 社会人野球で頑張っているわよ」
「へー」
「何か気になることでも?」
「いや、今何してんのかなーって」
「あっそう」

急に結城の話を聞いてくる。哲さん、なんて呼び方していたんだ。どうして突然結城の居所を気にしたのかが分からないまま、話題はまた戻った。

「……なら一也とは?」
「御幸が一番ない」
「なんで? あいつそこそこ顔は良いし、金も持ってんじゃん」
「だって、今の関係性を提案してきたのは御幸だもの」
「え、一也が?」

成宮は大きな瞳をぱちぱちさせる。確かに、私も御幸がそんなこと言い出すなんて思いもしなかった。

「意外でしょ? 御幸がプロ2年目の時に私がミスキャン取ったんだけどさ」
「あー、あの黄色いドレス」
「よくご存じで。成宮私のこと大好きね」
「うん、めっちゃ好き」
「へーありがと。で、その時になぜか御幸も記者につつかれたみたいで、」


我が青道高校野球部は、20歳になると1つ上の学年主体で飲み会が開催される。なんとか日程を調整した御幸もその場にいて、私に声をかけてきた。

「かのえ先輩って、結局今も結婚願望ないんですか」
「ないよ、私は一人で生きていくの」
「でも女子アナになれたら更に男寄ってくるでしょ」
「そうなるのかなー……面倒だなー……」

「なら、提案があるんですけど――」


「で、世間を騙していると」
「その言い方、やめてくれないかしら」
「でもそろそろ潮時じゃん」
「それは……そうかもしれないけど」

実際に、私と御幸が付き合っていれば、そろそろ籍を入れろとつつかれ出す年齢だ。御幸くんはまだしも、私の年齢は、俗にいう結婚ラッシュが起こる時である。私に直接言ってくるような人は少ないが、御幸の方は、どうなんだろうか。

「ねえ、思ったんだけどさ、」
「……なに」

成宮は、なんてことない風の様子で、さらりと爆弾発言を投げつけてきた。


「俺と結婚すればよくない?」


ニコニコと片ひじついた手に頭を乗せてそんなことを言ってくる。

「するわけないでしょ」
「えーなんで?」
「さっきの話、聞いていた?」

先にチーズケーキを食べ終わってしまった私は、まったく明後日の提案を仕向けてくる成宮にため息をつく。ようやく食べ始めた成宮は相も変わらず、軽い口調で続けた。

「聞いてたってば。でも元々結婚したかったんでしょ」
「遠い昔はね」
「ならいーじゃん、俺と結婚すれば」

添えられたハチミツが気に入ったのか、それの入っていた小瓶を片目で覗き込みながら、スプーンで残りをかき集めている。

(……こんな雑にプロポーズされるとか)

徹底的に、異性との接近を避けてきた。おかげで告白なんて、よっぽどされてきていない。

数年ぶりに受けた愛の告白が、恋人通り越して結婚相手をご希望の――しかもこんな雑にされるだなんて、思ってもみなかった。

「ね? だから俺と、」
「……っ結婚するわけないでしょバーーーカ!!!」
「え、ちょ!待ってよかのえさん!」


あーもうムカつくムカつくムカつく……!こんな男、絶対にもう喋りたくない。

一万円札と成宮への罵倒を残して、私は荷物を持って階段を駆け下りた。

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