小説 | ナノ


▼ 04

なぜ私は今、成宮と二人きりで夕食をとる流れになっているんだ。

「かのえさん何飲む?」
「ウーロン茶」
「飲めないっけ?」

そう言いながら、成宮はメニューをパタパタめくっていく。自分のは決まったようで、ほいと私に差し出してきた。……仕方ない、せっかくだし食事は摂っていこう。

「飲まないんです」

しかし、成宮に気を許すつもりはない。仕事用の笑顔を向ける。

「別にいきなり取って食おうとは思っちゃいないのになー」
「いきなりじゃなかったらあるんですね」
「へへっそれは否定しないけど! 俺は生ね〜」

さっさと決めて、店員さんに声をかける。先ほどから同じ店員さんがずっと来ているのは、この部屋付きの方なんだろう。プライバシーもしっかりしている様子で安心はした。
その人が立ち去ったタイミングで、成宮が新しい話題を切り出す。

「……つーかさ、」

お手拭きで指を順番になぞっていく成宮。こういうところは、ピッチャーの癖なのだろうか。随分と丁寧に扱っていた。

「敬語使わなくていいよ、年上なんだし」
「成宮選手、私の年齢覚えていらっしゃったんですね」
「成宮選手、なんて普段呼んでいないのも知っているよ」
「……」
「なーんでそんなにガード固いかなー」

ようやく満足したのか、お手拭きを置いて肘をつく。マナーが悪い。こういう男は嫌い。あと、自分勝手な人も嫌い。

「……稲実の成宮と仲良くする気なんてありません」
「ぷぷっようやく本性出たじゃん! 敬語も取っちゃって?」
「そもそも、さっきの話振りからすると成宮が幹事でしょ」
「そーだよ?」
「じゃあ戻るべきでしょ、私が一人でここ使うから」
「人数合わなくなっちゃうじゃん」
「成宮がハブケにされたらいいわ」
「むしろ俺が女の子全員もらっちゃうことになるよね?」

自信たっぷり、というよりも、むしろそれが当然といった口ぶりで喋る。まあ、実際そうだろう。

高校時代、甲子園を沸かせた稲実のエース様が、無事怪我もなくプロ野球界に入ってきた。持前のルックスと更に磨き上げられた変化球で、勝利数も人気も挙げている。しかし、特定の女性を作ることは未だなく、ちょくちょくつまみ食いをしているだけ――って、先月週刊誌に書かれていた。

「成宮もいい歳なんだからそろそろ落ち着きなさいよ」
「かのえさんよりはいい歳じゃないけど」
「なんか言った?」
「なんでもなーい」

随分と失礼な口を叩いてきた成宮に、威圧的な声をかける。しかし、彼は平然としている。こういう舐め腐った態度も嫌い。高校生の頃なら許せたが、よくもまあこのまま大人になれたものだ。

とかなんとか言っていると、また先ほどと同じ店員さんが料理を運んできてくれた。コースだと思っていたのだが、まとめて準備をしてくれる。正直、何度も来られるのは苦手なので、こっちの方がありがたい。

「さ、召し上がれ!」
「美味しそう……いただきます」

正直、何の店かも知らされていなかったけれど、どうせ女子会なら小洒落たものが出てくる店だろうと思っていた。結局は合コンだったんだけどさ。

しかし、予想と反して出てきた料理はシンプルで、尚且つ旬の食材をふんだんに使い、野菜や豆類が中心となったヘルシーなものだった。その割に、味付けが深くて。とどのつまり、

「〜〜〜〜〜っ!」
「美味しいっしょ?」
「とっても美味しい!たまんない!」

薄く切られた円状のレンコンに、色んな食材が練り物状になって挟み込まれている。美味しい。なんだこれ。中は何が入っているんだろうか。こういう時、お忍び故に店員さんに聞いたりできないのがつらいところだ。成宮がいなかったらすぐ聞いていたのに。

「食レポ来なさそう〜ウケる」
「うっさいわね、来るわよ」
「旅番組だっけ? この間芸人とこっちの方来ていたよね」
「よくご存じで」

成宮は淡々と食べ進めている。もっと感想はないのか。食材に謝れ。料理人さんにも謝れ。しかし、箸の持ち方がやけにキレイなことにも腹が立ってきた。くそう、性格悪い癖にマナーは良いのか。

「こっちの本拠地近くまで糸ヶ丘アナが来たって、新人が騒いでた」
「へえ」
「ちなみにその新人、メジャー視野に入れた優良物件らしいよ?」

こういった話題は、昔こそよく振られていた。御幸くんと話題にのぼるようになってから回数は減っていったけれど。しかし、まさか成宮から言われるとは。

「まだ高校卒業したばっかりでしょ、手出したら私が捕まるわ」
「あ、やっぱ高校野球はチェックしているんだ。流石は元青道マネージャー」
「……ニュースは万遍なくチェックするのよ」
「へー女子アナだもんねー」

にやにやとしながら、女子アナだからと繰り返される。うっさいな、野球部マネージャー時代を掘り返すな。とくに、あんたが。

「というか、なんで成宮は私のこと名前で呼ぶの」
「ん? だって糸ヶ丘だと被るじゃん」
「誰かいたっけ?」
「かのえさんのお兄さん。シニアは同じ地区だったからよく覚えてる」
「いやいや、いつの話をしてんのよ」

私の兄は、もうとっくに野球をやめている。成宮の話なんて出たことはないから、二人に交流もないはずだ。

「でも俺は”江戸川シニアの糸ヶ丘”を先に知っていたからね」
「”江戸川の糸ヶ丘”はもういないから、私を糸ヶ丘さんと呼んでいいわよ」
「つーかさん付けって慣れないんだよね、かのえちゃんでいい?」
「話聞いてる?」

「失礼いたします、料理をお持ちいたしました」


ちょっとした昔話がでたところで、メインであろう料理が運ばれてきた。これだけは出来立てを準備してくれていた様子だ。しっかりと煮られた、魚。

「の、のどぐろ……!」
「へー、そんな名前なんだ」
「知らずに頼んだの!?」
「美味しいの出して〜としか言わないから」
「美味しいってのは間違いないわね」
「魚好きなんだ?」
「うん、好き」

こんなところで高級魚が食べられるだなんて。のどぐろといえば北陸や中国地方でしか食べられないと思っていた。まさかこの土地で食べられるとは。

「あ、確かに美味しい」
「でしょ?」
「かのえさんって案外博識だね」
「案外って何よ」
「昔は野球一筋!って感じだったのに」

そりゃあ他校野球部の成宮からしたら、野球部のマネージャーをしている姿の私しか知らないだろう。でも、私だって野球のことばっかり考えているわけでもない。御幸じゃあるまいし。

「成宮はマネージャーの私以外知らないでしょ」
「でもマネージャーする前から知り合いだったじゃん」
「?」
「はー!?忘れているわけ!?」
「……あ、シニアの応援か」
「そうそれ!大事な思い出なんだから忘れないでよね!」
「別に大したこと喋ってもいないじゃない……」

そう、成宮の言う通り、私たちは小学生の頃に会っている。私が兄の応援、成宮はシニアの見学で。

とはいえ、本当に大した話はしていない。私があんまり野球を分かっていない時だったから、ルールを教えてもらっていた。確か、それだけだ。まさかその時の少年がこんな風になるとは。あ、これ高校時代も同じこと考えていたな。


「大事じゃん!一也より俺のが付き合い長いって事実にかかわるんだから!」
「なんで突然一也の名前が出るのよ」
「なんで名前呼び!?」
「だって、ねえ?」

いつものように思わせぶりな言い方をすると、思った以上に成宮は驚いた表情をした。

「えっ嘘でしょ……?」
「どうしたのよ」

突然黙る成宮。どうしたんだ、というか、料理が冷めるから早く食べたいんだけど。

「一也と付き合ってないんじゃないの……?」

そう聞かれ、動揺する。この口ぶりは、御幸から”私たちは付き合っていない”という事実を聞いたからなのか、はたまた別の場所から噂でも聞いたのか。

「……なんでそう思うの?」
「一也が言ってた」
「なんて?」

向こうが把握している内容を、慎重に確認する。

下手なことは言えない。野球部の面々には「付き合っているようにみせかけている」ことを説明している。口の軽い後輩どもには、「御幸選手と糸ヶ丘アナの関係性を聞かれたら”仲良しです”と言え」としっかり教育をした。

こんなところで、ミスするわけにはいかない。

「糸ヶ丘アナとは最近あんまり会ってないって」
「確かにそうかも、シーズン中だったし」
「てっきり別れたもんだと思ってたのに……」

だけど外部の人には、特にこんな、成宮みたいな下手に御幸と付き合いの長い人間から「あの二人、本当は付き合っていないらしいよ」なんて言われたらそれが真実と一気に広がってしまう。週刊誌とは信憑性が桁違いだ。

「……そもそも、プライベートなことを成宮なんかに言いたくない」
「なんだよそれー、せっかくだし仲良くしようよ」
「しません。というかそろそろ合コン終わったんじゃない?」
「ん? ああ、そろそろ帰っているかもね」
「じゃあ私も帰る」
「今からデザート出るけど」
「成宮食べておいていいよ」
「ここのお手製チーズケーキ、評判なんだよね〜」
「……出されたもの食べないのは失礼よね」

せっかく注文されているというのなら、食べていった方がいいだろう。私が最近チーズケーキにハマっていることとは関係ない。決して。

「かのえちゃんって、」
「糸ヶ丘さん」
「……かのえさんって、甘い物好き?」
「うん、好き」
「一也は苦手だよね、甘いの」
「、昔からよね」

確か、甘い物はそんなに好きじゃなかった、はず。

「つーかアイツは食べること自体が苦手だよね」
「一般人と比べたら充分食べている方だけど」
「そりゃプロ選手なんだからね」

必死に学生時代の記憶をひねり出す。確かに、最初の頃は苦戦していたけど、最終的にしっかり食べられるようになった。最近はそんなガツガツ食べる姿も見ていないけれど、野球やっているんだからきっと食べているだろう。

「でも朝食抜くのはどうかと思うなー」
「、そうよね」

途端、成宮の頭が揺れる。残ったのどぐろをつついていた顔が、突然あがった。その表情は、


「一也、朝はしっかり食べるよ」


満面の笑みだった。


「は、」
「いい年した男女が、付き合っていて朝食べるか知らないなんてないよね?」
「わ、私が食べないから合わせてくれているんじゃないかしら」
「あっれー、糸ヶ丘アナは3食しっかり摂るんじゃなかったっけー?」
「なっなんでそれを!」
「彼女が食べるのに、彼氏が食べないなんてことある?」
「あ、あるかもしれないじゃない」
「ていうか、一也から話聞いているからぶっちゃけていいよ」

「……はい?」


成宮は、既に知っていたのか。ならこんな茶番、最初から不必要だったじゃないか。

「……知っているなら言いなさいよ、無駄に付き合っている振りしちゃったじゃない」
「あ、やっぱり振りなんだ」
「は、」


「一也から聞いているのは、”俺の口からは何も言えない”ってことだけ」


先ほど階段で私を見下ろしていた時よりも一層全力を笑顔を見せながら、成宮はそう告げた。

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