小説 | ナノ


▼ 02

金曜日の昼過ぎ、帰宅と共にケータイが鳴った。

朝のニュースを終えランチをして帰ってきた私は、靴を脱ぎながら表示された名前を確認する。

(……この人ならあとでいいや)

そう思った私はゆっくりシャワーを浴びて、きっちり髪を乾かして、パックをして、ようやく折り返しの電話をする。


『もしもし、かのえ先輩?』
「御幸?着信入っていたけど、何かあった?」

私に着信を入れていたのは、高校時代の後輩である御幸一也。向こうもプロとして忙しいはずなのに、すぐ電話に出てくれた。

「どうしたの突然」
『仕事でしたか?』
「ううん、シャワー浴びてた」
『1時間も?』

きっと、私が御幸を後回しにしていたと気付いたのだろう。別に誤魔化す必要もないから、正直に伝える。

「御幸よりも、髪乾かすのと保湿の方が大事だからね」
『かのえ先輩も若くないですからね』
「何か言った?」
『何でもないです』
「よろしい」

御幸とは、今もこうして連絡を取り合っている。同級生以外とはよっぽど理由がないともう交流もないのだが、彼だけは定期的なやり取りが続いていた。


『そういえば、”そろそろ結婚しないのか”って言われること増えましたよ』
「あ、私も増えた」
『かのえ先輩はいい人いないんですか?』
「いたら御幸との噂なんてさっさと否定しているわよ、そっちは?」
『こっちも同じですね』

私たちが今も連絡を取り合っている理由はひとつ、彼と私は、お互い協力関係にあるから。

「御幸のおかげで紹介や合コンもないからありがたいわ」
『こっちも、人気女子アナと付き合っているって勘違いしてもらえているおかげで独身謳歌していますよ』


――そう、私たちは、恋人の振りをしている。


とはいえ、ハッキリと明言しているわけではない。
聞かれても決して肯定はしない。嘘はつかない。だけど、「御幸選手と付き合っているのか」と聞かれればやんわりと笑って過ごす。そうしていれば、自然と噂は広がってくれる。


プロ野球選手と女子アナ、野球部の先輩後輩。まさに縁深い関係性である私たちは、随分とお似合いに見えるらしい。


「実際、御幸と結婚する気なんてないけどねー」
『でもそろそろ俺が怒られ始める頃ですかね……』
「えっなんで」
『かのえ先輩も結婚適齢期ってとこでしょう』
「えーやだよ、私はまだまだ独身貫くんだから!」
『結婚する気は、今もないんですか?』
「ひとりでも充分楽しいもの」

お一人様を楽しみたい私たちは、お互いちょうど良い”隠れみの”だ。煩わしい紹介も、合コンも、すべて無視できる。ただ、女子会なんかがあると突っ込んで聞かれたりするから困ったりもするんだけど。

あ、そういえば。

「そういえば、今から地方局の女子アナと飲み会なんだよね」
『へえ、めずらしい』
「来年から向こうに住むから、引っ越し作業のついでにね」
『そういえば、東京の朝ニュースも今シーズンまでだっけ』

今担当している朝のニュース番組がもうすぐ契約終了となる。それと入れ違いに入った、地方のレギュラー番組。産休に入るアナウンサーの代役という期間限定ではあるが、初めて報道番組を担当する。アナウンサーとしての実力を認めてもらえたようで、とても嬉しい。

「シーズンって……プロ野球みたいな言い方しないでよ」
『残念だなー、糸ヶ丘アナを見て一日頑張ろうって思っていたのに』
「……いつもあの時間寝てるって言っていたわよね?」

テキトーな会話をしてくる御幸。私が出ている番組の時間はまだ寝ているし、今度からは地方番組なので更に見られなくなる。そもそもコイツは、アナウンサーをしている私の姿なんてほとんど見たことはないだろう。

「ま、日曜のレギュラー番組は続けるし、地方遠征の時は私を見てよ」
『放送いつですっけ』
「平日の午後から」
『うわー残念、見られない』
「言うと思った」

案の定、あまり観る気はないようだ。元々テレビなんて観ない子だったし、私が出演している時間帯、彼は野球に励んでいる。

『つーか、かのえ先輩って仲良い女子アナいたんだ。しかも地方』
「去年も週1で向こうのレギュラー番組あったからね」
『へー、それにしてもわざわざ前乗りして女子会? あのかのえ先輩が?』
「長らく付き合った彼と別れて自棄酒らしいから、慰めてあげようかと」
『うわあ……それは』

その女子アナの年齢は分からずとも、”社会人になって数年経つ子が学生時代から付き合っていた恋人と別れる”というのは、理由がどうあれ深い事情がある。それは流石の御幸にも分かったようだ。気まずそうな声を出す。

「目ぱっちりしたショートカットの子、分かる?タイプなら紹介しようか?」
『しなくていいですよ、俺も相手探す気ないですし』
「そ?」

私は結婚願望がない。だからこれでいいと思っている。だけど御幸はどうなんだろうか。別に結婚したがっている雰囲気もないけれど、お一人様を楽しんでいる様子もない。昔っから野球だけの男だったからなあ。


「……確認だけど、御幸はまだ結婚する気ないの?」
『ははっ何を今更』
「相手ができたか定期的に聞かないと、もし居たら困るじゃない」
『いたらすぐに言っているって』
「そうかなー、御幸って恋愛トーク苦手そう」
『……そっちこそ、好きな男でもできたんじゃないですか?』
「ん? できたらすぐに言うって」
『相手が相手なだけあって言いにくいとか』
「えー何それ、倉持とか?」
『えっ倉持と連絡取り合ってんの!?』

たとえで出した名前に、随分と反応されてしまった。倉持とは私たちの代、つまり結城が部長の世代が中心となった飲み会になぜか混ざっていた時以来、顔も合わせていない。

「取り合っていないよ、倉持の近況知ってる?」
『まー、そこそこには』
「へー、じゃあ今度飲みに行こうよ」
『お堅い糸ヶ丘アナはデートにつられないって評判ですけど?』
「学生時代の知り合いは例外! 週刊誌も書かないもんね」
『俺は?』
「もう書き飽きたみたい」
『ははっ確かに』


惜しげもなく御幸との記事を書かせていたら、いい加減飽きてきたのか、ファンも買わなくなったのか、だんだん書かれる回数も減ってきた。たまーに家具屋さんでの買い物を手伝ってもらったりした時に「いよいよか!?」なんて書かれたりはしたけど。何がいよいよなんだ、付き合ってすらいないのに。


『ま、学生時代の知り合いでも注意してくださいよ』
「ん?」
『俺以外といたら、何書かれるか分からないでしょ』
「そうかなー、前も結城たちと集まったんだけど」
『青道だけじゃないって』
「あー、大学の人? あ、ごめん例の失恋ちゃんから連絡きた」

点滅した画面を見て、通話しながら届いたメッセージを確認する。どうやら店が変更になったとのことだ。思ったよりも新幹線の停車駅からアクセスが悪い。早めに出ないと。

「じゃ、ごめんそろそろ切るね」
『え、こらこらちょっと待てって、』
「また明日聞くって、どうせオフでしょ?」
『いやだからあいつに気をつけろって――』


何か言っていたけど、切ってしまった。いつも御幸との電話はタイミングが悪い。まあ、プロ野球選手はもうシーズンオフだし、明日でも明後日でも問題ないだろう。私も明日は引っ越し作業をするくらいで、他の時間は空いているし。


何だかんだ言いつつ、女子会というのは楽しみである。「可愛いアナウンサー侍らせたいので、精一杯オシャレして来てください!」なんて無茶ぶりだとは思ったが、せっかくだし失恋パーティーに全力で挑んでやろう。そう思った私は、パックを捨てて、支度を急いだ。

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