小説 | ナノ


▼ 01

「糸ヶ丘アナ、部長が呼んでいます」
「ん? 分かりました」

朝のニュース番組が終わり、スタッフと反省会をしていたら、別のADさんから声をかけられる。

(フリーアナウンサーをしている私に、局から直接の指示がくるなんて)

なかなかにめずらしい。とはいえ、常にバタバタと忙しいテレビ業界。後追いで私の所属する事務所に依頼が行くことが、ないこともない。

(これで、私が大好きなロケの話なんかが来たらいいのに)

そう思いながら、指定された部署へ向かう。



コンコンコンッ


「――失礼します」
「おお!糸ヶ丘アナウンサー、突然で悪いね」
「いえ」

指定された場所は、スポーツ部だった。……スポーツ部?

「糸ヶ丘アナって取材慣れているよね?」
「ええ、それなりに経験は」
「今から外部行く時間って取れるかい?」
「大丈夫です」

スポーツ部ということに疑問を抱いたが、”外部”という話題に食いつく。何か分からないが、もしかしたらロケの話かもしれない。そわそわする。

「そういえば、高校って青道だったよね」
「? ええ、そうです」

「野球部のマネージャーやっていたとか」
「……ええ、そうですが」

方向性が、どうも予想と違った。どうやら、素直にスポーツの仕事らしい。心の中でため息をつきながらも、話を聞く。しかし、本題を聞いた私は、他の仕事をなぜ入れておかなかったのかと、心の底から後悔した。



「プロ野球のインタビュー、行ってきてくれない?」



***


「(どう、して、私、が!)」

決して口には出さず、ロケバスに乗り込む。どうして私が。そんなもん、行きたいアナウンサーは山ほどいるだろう。

「すみません、糸ヶ丘アナ」
「いえ、局の方もお忙しいんですね」
「……ぶっちゃけると、成宮選手が女子アナ警戒しているっぽくて、」

砕けた口調のカメラマンが、そう言ってくる。まだ若いのか、軽率にそんなことをこぼしてくれる。コンプライアンスは大丈夫かと心配になったが、事情を教えてくれるのはありがたい。

「ここ最近、何度も女子アナにすっぱ抜かれているじゃないですか?」
「そのようですね」
「全部ガセって言い張るだけあって、すげーイライラしているんですよねー」

本当にガセなのかは分からないけれど、ともかく週刊誌に書かれ続けているということは事実だ。

「メジャー挑戦の話題が出始めてから、注目されていますよね」
「でも糸ヶ丘アナだったら野球詳しいし、取材慣れしていますし!」

「……能力を買っていただけるのは嬉しいですね」


成宮選手のために呼ばれたという点は無視して、礼を告げる。カメラマンは、気にしていない様子だ。


「それに糸ヶ丘アナには御幸選手がいるから、成宮選手も警戒しないでしょうし!」

その問には、何も答えず、ただ笑顔を見せた。





思えば、球場にきたのも久しぶりだ。仕事を選ばない私だが、プロ野球選手へのインタビューはやりたいアナウンサーがわんさかいるので、今まで回ってくることがなかった。

そんな人気の仕事が、まさか面倒事として回ってくるだなんて。

ざわざわと騒がしい声が聞こえる。どうやら、お目当ての彼が来た様子だ。

「成宮選手!取材いいですか!」
「コメントお願いします」
「……」

他の局も男女問わず取材陣が多く集まっているが、成宮選手は素通りで去ろうとする。パシャパシャとシャッターを押す音は響くので、この様子だけは流されるのかもしれない。それはちょっと可哀想かもしれないけれど。

(態度わっるいなー……)

公に出る身として、この態度はいただけない。学生時代とは違うのに、いつまで経ってもわがまま少年。こういうところが、気にくわない。

とはいえ、この空気だったら私が取材できなくても怒られないだろう。カメラマンくんに視線だけで合図し、一応、成宮選手に声をかけた。

「成宮選手!」

途端、成宮選手が振り向いた。私たちの方をみて一瞬目を見開き、こちらに歩いてくる。

(え、なぜ)

自分から呼んだとはいえ、まさか来るなんて思わなかった。呆然と見つめていれば、いつの間にか成宮選手が目の前に立っている。

名前を呼んだまま黙り込む私に、向こうから声をかけてきた。

「なに」
「、取材よろしいでしょうか」
「野球のことならね」
「ありがとうございます。今日のピッチングは――」



***



「いやぁ〜!!あの時は糸ヶ丘アナに頼んでよかったよ!」
「ありがとうございます」

その日の成宮選手へのインタビューは、つつがなく終わった。別段、面白いことも喋ってもらえなかったが、成宮選手からのコメントがもらえたのは私たちの局だけだ。それだけで、充分な収穫だろう。

私個人としては、こうして局のお偉いさんに褒めてもらっているので、それだけで随分な豊作だ。

「他の選手たちも楽しくコメントできたって評判だったらしいよ」
「本当ですか? ありがたいです」
「どうせだし、このまま局入社してスポーツ担当にならない?」
「流石にそれは……すみません」
「いやあ、難攻不落の糸ヶ丘アナだねえ。あ、そうだ」

そういって、私に依頼した部長が、隣のデスクをごそごそしている。そして何かを見つけたらしい。はい、と紙袋を渡された。

「これは……?」
「糸ヶ丘アナって食事のお誘いは断っちゃうでしょ。だから代わりに」
「えっ!いいんですか? ここのマカロン、すごく人気ですよね?」
「おっ流石、よく知っているねえ」

渡された紙袋をみて、ちょっと声が大きくなる。
最近話題になっている、限定品だ。まさかこんなお礼を頂けるだなんて、やはり仕事は何でもすべきだ。

「たくさん入っているから、仲良い人と分けて食べてくれたら、」
「いえ、甘い物は好きなので、ひとりですべて頂きます」

軽い世間話のノリで振ってきたが、笑顔をはりつけて無言を貫いた。「その件に触れるな」という気持ちが通じたのか、話を逸らされる。


「……と、ともかく今回は助かった!また何かあればよろしく頼むよ!」
「ええ、よろしくお願いいたします」

丁寧に頭をさげて、部屋を出る。スポーツ業界の仕事に飛び込むつもりはなかったのだが、こうして人脈が増えるのはありがたい。



大学でやりたいことやって、なりたかったアナウンサーにもなれて。順風満帆、100点満点の人生だ。

人からみたら「でも、」と言われることもある。だけどいいんだ。私に恋愛はいらない。恋愛なんてしなくても、人生はこんなにも楽しい。


(結婚しなくても幸せになれる時代だもの。私は一人でも幸せでいられる)


そうした気持ちをかみしめながら、私は一人暮らしの部屋に帰った。





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