小説 | ナノ


▼ 107

『この度は私、成宮鳴の結婚会見にお集まりいただき――』


とある夜、依頼の入った都内のホテルにやってきた私は、感極まるのを抑えるのに必死だった。普段ならブライダルカメラマンとして結婚式の写真を撮る私は、突然の呼び出しにも慣れたものだが、まさか結婚会見の撮影を頼まれるだなんて。

そしてまさか本当に、こんな日がくるだなんて。


『本日、以前からお付き合いさせて頂いた女性と婚姻届を提出してきました』


贅沢をいえば、糸ヶ丘先輩が隣にいてほしかったけれど、成宮先輩ひとりだけだ。引退した身だからということなのだろう。きっと、そのことも座っている記者たちから質問が入ると思う。



――結婚を意識し始めたのはいつからですか。
『具体的に将来を話し合ったのはつい最近です。個人的に?それなら……正直いうと、付き合う前からです』


――今日という日に決めた理由は。
『二人の誕生日の真ん中だからです。特別な日がたくさんあって決めきれず、向こうからは1月5日でいいと言われたんですが、やはり彼女も関係のある日がいいと思い、本日の入籍を決めました。オープン戦真っただ中ですが、ちょうど試合のない日でよかったです』


――お互いになんと呼び合っていますか。
『こちらはずっと名前ですね。向こうはプロポーズした日にようやく名前で呼んでくれるようになりました。なんか成宮って名字が好きみたいで。そうなんですよ、だから付き合う前から名字あげるって言っていたんですけど、”家事しなさそうだからイヤ”って言われましたね』


――実際に家庭での分担は。
『今は完全にこちらが稼いで向こうに家事をしてもらっています。向こうも働いていた時は俺もたまに。本当ですって、朝ごはんなら作れます。向こうが和食をとらないと駄目になっちゃう人なので、ごはん炊くのと、玉子焼きは作れるようになりました。ん? そうそう出汁巻き玉子。えっなんでみんな知ってんの?』


(10年前に発売された陸上雑誌、プレミアついているの知らないのかな……)

記者から玉子焼きの好みを指摘され、驚く成宮先輩。昔、糸ヶ丘先輩がはじめてインターハイ優勝した時のインタビューで、成宮先輩について聞かれた時のコメントに、彼の玉子焼きの好みが書いてあった。仲良くないと言いながら、玉子焼きの好みまで知っている関係とは、一体どんな距離感だったのだろう。ちなみに私は糸ヶ丘先輩が載っているので当然、その雑誌は今でも大事に残してある。



――お相手のどんなところを好きになりましたか。
『思ったことを素直に言ってくれることです。駄目なことは駄目、イヤなことはイヤ、ちゃんと全部伝えてくれます。ああでも嫉妬するのは下手みたいで、黙って不機嫌そうにしたりすることはありますね。そういうところも好きです』


――10年間の交際を経て、喧嘩などは?
『んー、小さいのは何度も。道に迷ってカズ……御幸選手に助けてもらっていたり、誕生日プレゼント準備してくれてなかったり。準備はあったんだけどケーキだけだったから。やっぱり残る物でほしいよね。ですよね。御幸選手に報告?……そういやしてない。一也〜見てる〜?先に結婚しちゃったよ〜俺のこと生活能力低いってバカにしてたのにね〜ぷぷっ』


――高校時代の同級生とのことですが、甲子園メンバーに報告は?
『彼女も見知った人には直接一緒に報告しました。他のメンバーはなかなか会えていないんですが、野球部としての女房をしてくれていた原田先輩が気を利かせてあの頃のメンバーを集めてくれたりするって信じています。先輩、信じています』


――お互いのシーズン中は、連絡など取り合っていましたか?
『どっちの競技もシーズンが一緒なので向こう……なんか面倒だから名前言っていい?どうせ分かってて質問しているんだし、いいよね?……球団からOK出たので名前呼びまーす。かのえが大学生の間はほとんど会えていませんでしたね。社会人になってからは同棲はじめたので普通に会えていましたよ。まあ向こうが海外行っていること多かったので、高校時代と比べたらそりゃあ寂しかったんですけど』


――高校時代の思い出深いエピソードなどがあれば是非。
『えーなんだろ。学祭を仮装して回ったり、体育祭で一緒に走ったり、あーそれと姉のプレゼント探しに付き合ってくれたりもしました。ん?いや付き合う前です。いや本当に。俺も信じられないんですけど、かのえは全然気付いてくれていなかったので』


――子どもの予定は。
『できたらいいなーとは思います。野球かー、男の子産まれたらキャッチボールはしてみたいですね。でも、かのえの子どもだから走って、跳んで、投げて、全部できると思うから何やっても天才になると思います。あ、でも俺の子だからやっぱり投げるのがピカイチかな。まあ無事に生まれてくれるならなんでもいいです。まあまだ妊娠もしていないんですけど』


――今日、彼女はどちらに。
『途中まで一緒に来て、ケーキ買いたいって言うから途中で降ろしました。いやもう一般人なので会見はちょっと。もーいいじゃん俺だけで充分新聞の一面張れるでしょ!』


糸ヶ丘先輩が相変わらず甘い物が好きで思わず頬が緩みそうになる。

なんとかニヤけそうになるのを堪えながら記者席の方をみれば、長い髪をひっ詰めた小柄な女性記者が、必死に手を上げ続けるのに気付いた。

(あ、SNSの子だ)

高校時代、よく私から糸ヶ丘先輩の写真をせびってきていた1つ下の後輩の姿が記者席にあった。SNSに成宮先輩の告白動画をあげて、問題を起こしていた子。ようやく指してもらえたようで、ボロボロになった手帳を見て質問を選んでいる。

私としては、”あれ”を是非とも聞いてほしいな。その気持ちは彼女も同じだったようで、はっきりとした声で成宮先輩に聞いた。


「あのっ!プロポーズの言葉はなんでしたか!」


成宮先輩が、ふわっと優しい笑みを浮かべた。


『ああ、それは――』

prev / next

[ back to top ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -