小説 | ナノ


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「うわ懐かしー!ほらかのえ、バッティングシート!」
「私はそこに何の思い出もないよ」
「ちぇっノリ悪いな〜」


二人で暮らしているマンションまで帰る前に寄りたいところがあると言われ、助手席に座っていれば、連れていかれたのは懐かしき稲城実業だった。
いつものごとく「許可は?」と聞けば、笑顔でピースサインを向けられる。きっと、多田野くんに連絡をしてあったのだろう。

休日の夕方、まだまだ日が短い季節だから、部活の切り上げも早いようだ。大人からしたらそこまで遅くない時間ではあるけれど、既に生徒もまばらである。



「あ!あっちなら思い出がある」
「かのえが逃げ出した場所ね」
「鳴くんの球なら仕方ないじゃん」

ピッチャーが投球練習をする場所が見えてきた。高校2年生の冬休み、「自主練期間中だから」と言われ、初めて彼の球を間近でみた時に訪れた場所。怖かったのと、人がきたのとですぐに帰って、鳴くんがすごく不機嫌になったのを覚えている。

「この間の年末特番でキャッチボールした芸人さんだって怯えていたし」
「あいつはリアクションがわざとでかいんだよ」
「私は本気で怯えていたけどね……あ!」
「どした?」
「ガラス扉付いてる!」
「……どこかの誰かさんみたいな子がいると困るからねー」
「えっ鳴くんが作ったの!?」

誰もいないことを確認して覗き込んでみれば、屋根も新しくなっていて、見学する人のエリアも広くなっていた。どうやら成宮くんが設備を整えてあげたらしい。昔は「絶対そんなことやってあげない」と言っていたのに。やっぱり、後輩の面倒見はいいじゃないか。ちょっとにやけてしまった。

「あのとき初めてかのえの部屋行ったんだよなあ」
「そういえばそうね」
「俺、理性抑えるの必死だったんだからね」
「ほんとに? どっちかっていうとイライラ抑えるの大変そうに見えた」
「それもあった」

突然私の部屋に来たんだったな。そういえば、同棲生活をはじめた時に、ソファも買うし座布団代わりのクッションも買うと言ってくれた。私の部屋のインテリア覚えていてくれたのかな。高校時代はずっとクッションに座っていたから、その名残で今もソファじゃなくクッションに座っていることが多い。




「陸上トラック〜!……は、まあいいか」
「なんで!?私も思い出にひたらせてよ」
「だって練習ここでしていないじゃん」
「してる時もあったよ、鳴くんが観に来るタイミングではいなかっただけで」

引退ギリギリで私のジャンプを見てもらえて本当によかった。練習ですら、鳴くんは私の姿をみたことがなかったから。外部で練習する時も、せっかく伝えようとしたのに聞かずに行っちゃったりしたし。

「部活棟裏の廊下から校舎入れるかな」
「前来た時に見てないの?」
「鳴くんは久しぶりでしょ?職員室寄って挨拶しに行こうよ」
「その前に寮行きたい!」

確かに、鳴くんからしたら3年間過ごした場所だ。そっちの方が思い出深いかもしれない。だけど。

「流石にそれは……大丈夫なの?」
「だいじょーぶ、先に樹んとこ行って許可もらうし」
「でも、プロ選手が高校生と会ったりしたら不味いんじゃ」
「直接指導とかしなきゃセーフだって!でも喝くらいは入れてやるかな」
「なんて怖いOB」
「今年こそ甲子園行ってもらわなきゃだからね!」

なんてことない渡り廊下だけど、ここでよく鳴くんと会っていたなあ。傘借りたり、泣き顔見られたり。でもやっぱり、彼は目の前にいなかったけれど、彼からの告白が一番印象深い。

懐かしいなあ、あれからもう10年か。



***


「……いやー、まさか国友監督に見つかるとはね」
「だから言ったじゃない!ちゃんと挨拶してから行こうって!」

寮の中はちゃんと樹に声をかけてから回ろう。

そう言ってくれた彼を信じて後ろをついていったのだが、一向に多田野くんのいる部屋にたどり着かなかった。食堂を通って、廊下を歩き、ミーティングルームまで行ったところで国友監督と遭遇する。向こうも「今日来る」ということは聞いていたようであまり強くは言われなかった。しかし、「先に顔を出してやれ」と言われ踵を返したところで、彼が全然部長室に向かっていなかったと気付いた。

「まあまあ、結果的に許可もらえたし」
「結果的にはね……」
「もー、かのえは昔から校則にうるさかったよね〜」
「校則違反どころか、ただの不法侵入じゃない……!」
「ダイジョーブ、ここでは俺が法律だから……あ、後輩はっけーん!」


寮内見学に満足した私たち(というか、鳴くん)がグラウンドに戻れば、練習試合から帰ってきたのか、それともその後の自主練習が終わって戻ってきたのか、私には野球部のスケジュールが分からないので何とも言えないが、懐かしい練習着を着た高校生がたくさんいた。


「なあ、あっちにいるのって、」
「……成宮鳴っぽくね?」
「えっガチで!?」
「うわーすげー本物じゃん!」

若者言葉でやいのやいの言われる鳴くん。未だに騒がれることは嬉しいらしい。ふっくらした笑みを浮かべながら、やあやあと歩いていく。帽子を取った高校生たちが、大きな声で野球部独特の挨拶をしていた。



「糸ヶ丘さん!」
「あら、多田野くん」

アウェイな空気にどうしたものかと離れて立っていれば、顧問となった多田野くんが駆け足でやってきてくれた。

「お疲れ様、練習試合どうだった?」
「全勝とはいきませんが、みんないい調子です」
「今年はいけるといいね」
「ええ。こいつらにもあの舞台を経験させてやりたいですから」

監督自体は国友監督がまだ続けているが、いずれ多田野くんが引き継いでいく可能性もあるらしい。キャッチャーをやっていただけあって、戦略だとか、そういったことを考えるのは昔から人一倍熱心だったそうだ。今さっき国友監督から聞いたばかりの話だけどね。

「糸ヶ丘さんたちも、おめでとうございます」
「えへへ、ありがとうございます」
「本当は鳴さんにも直接言いたいんですけど……」
「……ちやほやされるの楽しんでいるみたいだから、待ってあげて」
「分かりました」

多田野くんとは久しぶりに会うっていうのに、会ったこともない後輩の方へ行ってしまった鳴くん。代わりに謝れば、「慣れていますから」と返される。みんな変わったけど、案外変わっていないものだ。鳴くんに関しては、もうちょっと成長してほしい部分もあるんだけどね。

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