小説 | ナノ


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「……ヨーロッパ?」
「普通に日本だよ、かのえ何言ってんの」
「……ここは本当に東京?」
「ほんとに何言ってんの?」

いよいよやってきた成宮邸。以前おおよその場所を聞いた時、高級住宅街の並ぶ方面だとは思っていたが、まさしくそのエリアにあった鳴くんの実家は、東京のど真ん中とは思えないほど広く、色鮮やかな花々が咲き誇る綺麗な庭と、真っ白な壁が眩しい洋風のお宅だった。

「ち、ちょっと待って。思った以上に場違いな感じで緊張が、」
「どーせ中の住人はアホばっかだから大丈夫だよ」
「いやいやそんなことは、ねえ待っ、」

「ただいまー!」

私の静止を無視して、『毎日帰っています』という雰囲気で玄関の扉をあける鳴くん。私も深呼吸をして、玄関の敷居をまたぐ。





「――じゃあ、アメリカ行ってもかのえちゃんは余裕ってわけね?」
「言葉は何とか」
「鳴ちゃんは英語サッパリだから良かったじゃない!」
「何回言うんだよ、ほっとけ」

ご両親との挨拶を終えた私たちは、デザートを準備してくださるというので、リビングでひと息つかせていただいていた。すると突然元気が声が家に響く。どうやら、鳴くんのお姉さんお二人だ。子どもは旦那に預けてきたそうなのだが、二人増えただけでも充分賑やかになった。

「あ、かのえちゃんってチョコ好きよね?お土産ショコラにしたの〜」
「えっありがとうございます!嬉しいです!」

デザートの準備というのもお姉さんたちが買ってきてくれるお土産のことだったようだ。お義母さんが紅茶を淹れてくれるから待っていてとのことなので、ありがたくお姉さんたちと会話を続けさせていただいた。

「鳴ちゃんが高校生の時、突然連絡してきた時は驚いたわよね〜」
「ねー!」
「……連絡、ですか?」

お姉さん二人は双子のように髪型もファッションも、そして会話の勢いまでもがそっくりだ。3人掛けのソファの両サイドに挟まれた私は、顔を見合わせるお二人の顔を順番にみて首を傾げる。

「高校2年の時かな?『チョコケーキ美味い店教えろ』って連絡してきたの」
「そんな話わざわざ蒸し返す!?」

鳴くんは一人がけのソファで足を組んで座りながら、ちょいちょい口を挟んできていた。

高2。チョコケーキ。当てを思い出して、「あ」と声を出す。

「ホワイトデーの、」
「そ!この子がお返しするって信じられなかったもの!」
「俺だってするっての。つーかどこまでペラペラ喋んの」
「え〜いつも洗濯物は全部まとめてつっこむ鳴ちゃんが、黒いニット帽だけ手洗いで大事にしていたこととか?」

突然話題にのぼったのは、私がはじめて彼にあげた誕生日プレゼント。

おじいちゃんの実家で蕎麦を食べた後、一日早いけれどと渡したそれ。同棲をはじめてからほつれているのを見かけ(高校生が買える値段のものだ、さほど長持ちするような物でもない)新しいのをプレゼントしたのは最近の話。

「随分大事にしてくれたようで」
「……もーやだ、こいつらほんとやだ」

明後日の方を見ながらぼやく鳴くん。顔が見えないから、嫌がっているのか照れているのか分からない。

「あの頃まだ片想いだったんだっけ?鳴ちゃんも一途よね〜!」
「うっさい」
「え、あれって私たち2年生の時じゃなかったっけ」
「……うっさい」

(そういえば、鳴くんがいつから私のことを好きかは考えたことがなかった)

自分から聞こうと思ったことはなかった。だって罵倒されていた頃の話にもなってしまうせいで、私にもダメージが入ると思っていたから。だけど、思ったよりも前から私のことを気にしてくれていたと知って、少しだけ興味が沸いてしまう。

「そういえば、鳴ちゃんとかのえちゃんの出会いって何?」
「……鳴くん、話していい?」
「そのくらいならいーよ。別に茶化されること何もないし」

組んだ足を解き、大股で座りながらようやく顔を私たち三人の方へ向けてくれる鳴くん。流石の彼も家族からここまで恋愛事につっこまれるのは恥ずかしいようだ。ちょっとだけ、顔が赤い。

許可も得たので、私が話す。口にして思ったのだが、突然初対面の同級生に喧嘩売ったことは恥ずかしくないのだろうか。私は恥じるべきだと思う。



「……というのが、はじめての会話です」
「へー、じゃあかのえちゃんも鳴ちゃんのことその日知ったの?」
「いえ。鳴くんは有名人だったので、顔と名前は既に」
「俺は顔も名前も知らなかったけどね!!!」
「ふーん……?」

一番上のお姉さんが、私の隣で首をかしげている。
私も、鳴くんも、二番目のお姉さんも、みんなで彼女の方をみた。

「お姉ちゃん、何かあった?」
「あのね、かのえちゃんの話聞いてて思ったんだけど……」

何かに気付いた時、目をパチパチさせるのは鳴くんと同じ仕草だ。

「……鳴ちゃんさ、」
「何?」
「かのえちゃんのこと知らなかったのよね?」
「だからそうだって言って、」



「じゃあなんで集団の中にいるかのえちゃんが分かったの?」



確かに。言われて気付いた。

あの時は陸上部女子で歩いていて、彼は私のカバンを掴んでから私の名前を呼んだ。原田先輩のボタンを貰うまで何一つカバンにつけていなかった私に、特徴的な要素は何もなかったはず。

「そういえば、確かに」
「そういえば、そうだよな」

思わず鳴くんと顔を合わせる。私はまだしも、鳴くん本人は分かっておいてほしい。

「鳴ちゃん、その後輩くんから見た目のことは聞いてなかったんでしょ?」
「……あんまり覚えてないけど、多分?」

自分でも分からないといった様子で首をかしげる鳴くん。私も同じように考えていたら、突然、2番目のお姉さんが声をあげた。

「あっ!」
「どうされましたか」

「もしや鳴ちゃん、”モテる女”ってだけでかのえちゃんのこと分かったの?」

とんでもない発想だ。


「……私がいうのもあれですが、流石にそれはないかと、」

「でもでも!パッと見でかのえちゃんだって分かる要素なかったんでしょ?」
「それとも、かのえちゃんひとりずば抜けて身長高かったとか?」

再度、お姉さん二人から怒涛の質問を受ける。しかし、問われた内容に対する返答は、ノーだ。

「……いえ、単距離に私より高い子が」
「ほらー!『女子にモテる』なら身長だけどそうでもないわけじゃない?」
「つまり、鳴ちゃんから見て”モテそうな女子”って考えて分かったわけだから……」

「「一目惚れ!!」」

お姉さん二人が、とんでもない結論にたどり着く。
両サイドを交互に見ながら否定しようとしたけれど、お姉さんたちは突然立ち上がってキッチンの方を振り向く。

「ねえママー!鳴ちゃん一目惚れらしいわよー!」
「ちょ、お姉さん方!?」

ぱたぱたとスリッパでキッチンへ走っていくお姉さん2人。

どうしたものかと鳴くんの方を見やれば、両ひじを膝に乗せ、組んだ手を口元に当ててうつむいている。


「どうしたの、大人しくて」
「いや、その」
「そんなことないー!って騒ぎそうなのに」
「……考えたんだけど、」

ちらりと視線をこちらに向けてくる。その顔が、赤い。



「本当に直感で、『こいつが糸ヶ丘かのえだな』って思った記憶しかないんだよね」



恥ずかしそうにそんなことを言われてしまえば、こちらまで耳が熱くなってしまう。もう籍も入れるだけの大人になってしまったのに、今さら、こんな高校生みたいなことで照れてしまうだなんて。

しかし、こういったウブなやり取りというのも、長年いれば必要なのかもしれないと、ちょっと思えてきた。


(で、でも別にモテそうとは思ってなかったから!)
(そうね)
(あの時はほんとにかのえのこと好きじゃなかったから!マジで!)
(うんうん、分かった)

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