小説 | ナノ


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「おっ、今日はふたり揃ってのお出ましだな」
「うっせーよカルロ」
「二人のせいで俺たちまで店員に警戒されているんだよ」

まったく、迷惑。そうぼやくのは神谷くんと先に店へ来ていた白河くん。確かにこの店へ来るときはいつも私か鳴くんかどちらかがいなくて、そしてどちらかが泣いていた。おまけに一度目は週刊誌にまで載ってしまったし。

「神谷くん白河くん、4人でこの量は注文しすぎじゃない……?」
「あとでもう1人くるぞ」
「誰か来るの?」
「雅さん来るって、鳴から聞いてないの?」
「えっ原田先輩?」

てっきり同級生の4人だけかと思ったら、なんとびっくり。今や日本のプロ野球界を背負っている原田先輩までやってくるそうだ。聞いてないぞと鳴くんの方を見れば、小さくため息をついた。

「かのえってほんと、雅さん好きだよね」
「うん、会えるの嬉しい」
「お、鳴はもう嫉妬しないんだな」
「俺も大人になったからねー」
「昔はしてたの?」

さらっと話を流されそうになったが、口を挟む。鳴くんが「そんなこともあったんだよ」と簡単に済ませようとしたが、そうは白河くんが許さない。

「鳴があんなに机向かうこと、もうないだろうね」
「あー原稿な」
「原稿?」
「ちょっと、蒸し返すのやめてくんない?」
「稲実祭の絶叫大会あっただろ、あれの原稿すげー必死に考えていたんだよ」

随分と懐かしい話題が上がる。そういえば、原田先輩、鳴くん、多田野くんと引き継がれていったんだっけ。あの時は私も人目を(と言っても、白河くんしかいなかったけど)はばからず号泣していたので、少々はずかしい思い出だ。

「糸ヶ丘が雅さんからボタン貰ってからずっとライバル視しててさ、」
「おいこら勝之」
「『雅さんに勝つには、どうすればいい!?』ってすっげー喚いてたよな」
「カルロ!」
「なぜ原田先輩に勝つ必要が……?」
「だってかのえ、雅さんのことかっこいいって!あんなゴリラなのに!」

「誰がゴリラだ」

勢いよく空いたふすまから、原田先輩が顔を出す。

「あっゴリの登場!」
「遅れて悪ぃな」

いきなり酷い言われようをされていたというのに、原田先輩はしれっと入ってきた。上着を受け取ろうとしたのだが、自分でハンガーを取ってかけてしまう。

「原田先輩お久しぶりです」
「おう」
「俺はそんな久しぶりじゃないけどねー樹の方がよっぽど会ってないや」
「私は最近会ったけどね」
「えっなんで?」
「あいさつ回りで高校行くって言ったでしょ」

引退が決まってから、正しくいえば最後の大会が終わってから、お世話になった人たちへ挨拶をして回っているところだ。稲城実業にも早々に訪れていた。その時に教師として頑張る多田野くんにも会っていたのだ。

「でも、樹が稲実の教師とはねー」
「来年から正式に顧問にも就くらしいよ」
「はーっあいつが!大丈夫かよ!」

言いながらも、きっと多田野くんの人となりは分かっているから、心の中では大丈夫だと思っているんだと思う。

みんな着々と、人生を切り替えていっている。

「雅さんとカルロは日本でそのまま?」
「俺はそのまま、雅さんは声かかってますよね」
「やることやってからじゃねえといけないけどな」
「えっ雅さんもアメリカ来るの?」

鳴くんの言い回しに、原田先輩だけでなく、全員が少し驚いた顔をした。だけど思ったよりも平然としている。高校時代から、同じ野球部には言っていたのかな。

「”も”ってことは、鳴もようやく行くのか」
「うん、俺もやることやってからだけどね!」

にんまり笑って、成宮くんがこっちを見る。やりたいことよりも、やらなきゃいけないことがまずたくさんある。やりたいことまで全部こなしていたら、あっという間にアメリカへ行くことになりそうだ。



「……にしても、糸ヶ丘と鳴が結婚するとはな」
「本当に」
「信じらんねえよな」
「私も思います」
「みんな失礼じゃない!?ていうかかのえまで!?」

原田先輩の言葉に、みんなして同意する。だって出会ってすぐの鳴くんは、今考えても絶対に私を好きになる気配はなかった。

「今更だが、お前ら二人はどこに接点があったんだ」
「雅さん興味津々?」
「糸ヶ丘にはな」
「俺のだからね!」
「接点があったというより、鳴くんが作ったといいますか……」

初めて鳴くんに話しかけられた時のことを思い出す。冷静に考えたら、あれほど酷い出会いはないな。私が胸の内で思い出していると、鳴くんが口を開く。

「雅さんが3年生の時代に、1年女子の間で『彼氏になってほしいのは断然糸ヶ丘!』って話題になっていたらしくてさ〜、糸ヶ丘ってどんなやつなんだ?って思って声かけたんだよね」

「というか、けんか腰だったよね」
「よくそこから付き合うに至ったな」

あらためて思い返してみると、私自身も原田先輩の意見に同意だ。あの出会いからよくぞここまできたものである。


「まーあの時はねー、気にくわなかったよねー」
「鳴くんにしては素直だね」
「顔も名前も知らないレベルのやつが、俺より人気って聞いたらそりゃあね」
「糸ヶ丘はこいつのこと知っていたのか」
「まあ、有名人だったので」

1年生から全国大会に出場して活躍していれば、名前は耳に挟むものだ。一応私だって1年生の頃から全国いったりしていたけど、鳴くんの眼中にはなかったらしい。

「ま、俺はそれまで一切眼中になかったけどね!」
「あーはいはい、分かってますよ」

その出会いを語ってから、次々と色んな思い出が出てきた。野球部大活躍の体育祭から、野球部大活躍の文化祭まで。あの頃の稲実は本当に野球部がすごかったんだなあと、改めて思った。今こうしてそのメンバーと集まっているのが信じられない。


「そうだ糸ヶ丘、あれやってくれよ」

なんて喋っていると、神谷くんが突然話題を切り替える。

「あれ?」
「恒例のポーズ」

言われ、ああ、と気付く。よく芸能人がやっているポーズだ。ちょっと照れくさいのでどうしようかと鳴くんの方を見れば、嬉し気に私の左手も持って、甲を向けさせる。

「っはー、ダイヤでっか」
「給料3日分だからね〜」
「鳴の時計は、婚約指輪のお返しってやつ?」
「かのえがどーしてもお返しするって言うから、ねだってあげたの!」

指輪のお返しをしたいといえば、鳴くんは「別にいいのにー」と言いつつこの時計を指定してきた。婚約指輪の半値くらいが一般的らしいのだが、多分、この指輪に対してなら安いと思えるものだ。それでも私は給料数か月分飛ばしたんだけどさ。

「鳴の給料三日分ってことは……」
「……年俸から計算すると、これだね」
「勝之は電卓たたくなよ、っつーか相変わらず食うよね!?」
「身体が資本なのはプロだけじゃないし」

白河くんと食事をする機会はあまりなかったのだが、この店に来るたび黙々と食べているイメージは確かにある。プロ野球選手が3人もいるこの場で、一番食べているのではないだろうか。

「勝之はそのまま社会人野球?」
「そうだね」
「あれ、でも白河くんってコーチの話も来ているんじゃ」
「えっ何それ知らないんだけど!」
「おじいちゃんとこのボランティア、後任探してて」
「ボランティア?」
「祖父が丸亀シニアの監督していたんです」

そういえば原田先輩には言ったことがなかったっけ。

「今は父の元チームメイトが引き継いだんですが、その人も年齢なので」
「そういやかのえのお父さん、野球してたんだっけ?」
「鳴知らなかったのかよ」
「ちょっとだけ聞いたことある。でも対面これからだし」

そう、明日からようやくお互いの家への挨拶に行く。成宮家のお姉さんたちがちょうど集まる日があるらしく、その前日に糸ヶ丘家へ行って、そのまま成宮家の予定だ。

「あ、でも鳴くんも知っていると思うよ」
「え、元プロとか?」
「ううん、”奇跡のバックホーム”ってテレビ出ていたことある」
「えっ稲実の!?」
「うん」
「甲子園行ってんじゃん!!」
「そうだね」
「そうだねじゃないよね!?なんで言わないの!?」

成宮くんだけじゃなく、他の3人も驚いた顔をしている。だってここにいるみんな、甲子園に行っているじゃないか。

「わざわざ言うことでもないかと思って」
「……あのねかのえ、甲子園行くってすごいことなんだよ、分かる?」
「わ、わかるけど……」
「いーや分かってないね。こんなだけど、ここにいる全員すごいんだよ」

そりゃそうだ。学生時代の活躍を認められ、野球で生活している人たちばかりなのだから。甲子園に行く人の中でも一握り。私の父は、そこには入れなかった。

「わ、わかってます!でもお父さんはみんなみたいに決勝まで行ってないし、お父さんだって『あんなプレーできないなー』って神谷くんのことテレビで観ながら言っていたし!」
「へー、いいパパじゃん」
「カルロは黙って」
「あっあと!鳴くんのことも『流石コントロール自慢するだけのことはあるね』って!」
「……ん?」

鳴くんのことを褒めていた旨伝える。が、何かが引っかかったようだ。


「かのえさ、俺のことなんて伝えたの」
「なんてって……付き合っている相手のことって父親にあんまり喋らないものだと思うけど……あ、」


そうだ。思い出した。付き合う前に、鳴くんとまだ言い合いばっかりしていた時の会話を。そしてそれを、世間話として父に喋っていたことを。


(ご、ごめんなさい……)
(ねえ待って、本当に何言ったの!?)

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