小説 | ナノ


▼ 099

「かのえ、お疲れ様〜」
「な、なるみやくん!」

入場ゲートの裏口に彼がいると白河くんから教えられ、表彰式後にその足のまま来てみたら、平然とした顔の成宮くん。流石に優勝賞品の諸々は置いてきたけれど、引退祝いの花束は抱えたままだったから、こっちに気付いた時はちょっと驚いた顔をしていた。

「何やってんの!ばか!」
「えっ、なんで俺怒られてんの」
「手拍子は観客が始めるものじゃないの!」
「えーでもめっちゃ盛り上がったじゃん」

あの時、優勝が決まってからの試技で突然手拍子が聞こえた。走り高跳びの選手が、跳ぶ前に観客へ手拍子を求めることはたまにある。高校時代、私も体育祭でやった。やったというか、先輩にやらされた。

とはいえ、あれは跳ぶ選手がはじめるもの。私は何もしていないぞと音の鳴る方をみれば、彼がめちゃくちゃ楽しそうに手拍子をしていた。流石に選手が何もしていないので他の観客は遠慮をしていたが、事情を知っている周囲の面々がちらほら同調しはじめて、あっという間に競技場全体が音に包まれた。

「そういう問題じゃなくて……もう、他の人にはやらないでよ」
「大丈夫、かのえしか見ないし」

ふっくらした笑顔でそう答える。花束に顔が埋もれているからか、こっちが怒っているのも上手く伝わらない。まったく反省がないが、まあ、無事に跳べたのでよしとしよう。

「でも、応援になったでしょ?」
「それは、まあ……うん」
「最後のジャンプ、最高の思い出になった?」
「……悔しいけどね」
「んふふ〜」

成宮くん、最近この笑い方よくしているなあ。最初はちょっと気持ち悪いなと思った(本人には言っていない)けど、多分すごく自慢げな時はこうなってしまうらしい。いつも自慢げだけど、特別な時はこの笑い方だ。

「つーか、文句言いたいのはこっちの方なんだけど」
「えっ」
「花束!カルロからもらっちゃってさー!」
「それは運営に言ってくれないと……」

主催者側の粋な計らいというもので、引退する私へ花束を用意してもらっていた。それを渡してくれたのが、スポンサーの神谷くんだ。高校時代からの付き合いだと、どこかで知ったのだろう。

「でも、やっぱり神谷くんは花束似合っていたよね」
「ばーか、カルロに似合ってどうすんだよ」
「こんな大きな百合の花束、私負けちゃっている気がするもの」
「ばかばーか、かのえにぴったりじゃん。つーかそれカサブランカね」
「成宮くん、花詳しかったんだ?」
「そりゃ最近調べ……何でもない!」
「?」

カサブランカ。名前は聞いたことがあったけど、実際にみるとすごく迫力がある。花束にされた状態でみるとは思わなかった。真っ白で香りが強くて、かっこいい。

「――百合の女王っていうんだってさ」
「ん?」
「カサブランカのこと。だからかのえにピッタリ」
「はーなるほど」
「今日の大会、負けなくてよかったね」
「全くだよ」
「それじゃあさー……」
「ん?」

抱き着きたいのか何をしたいのか、手をまごつかせる成宮くん。結局花束があるのでそれも叶わず、代わりに私の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれる。力が強いので、だんだん私の顔が花束に埋まっていく。こらこら、いたいぞ。

「それじゃあさ、陸上生活は満足できた?」
「……うん」
「心残りはない?」
「うん」
「クイーンじゃなくなっちゃうのに?」
「うん」
「じゃあ、来月プロポーズする」
「……ん?」

頭から手が離れたので、花束に埋もれた顔をあげる。満面の、あのふっくらとした笑顔を魅せる成宮くん。

「んん!?」
「本当は今月すぐがよかったけど、まだ所属するでしょ?」
「え、ちょっと、……えっ?」
「来月なら流石に暇だもんね。あ、俺の実家はいつでもOKだから、糸ヶ丘家への挨拶もアポ取らなきゃ」
「待って待って、どういうこと」

「どういうことって……俺、かのえと結婚するから」

プロポーズとは、こんなにも自信満々に、宣言してからするものなのだろうか。

「えっと……プロポーズって前もって言うものなのかな」
「だって言わないとかのえは混乱するか不安になるかするでしょ」
「そ、それは……」

前科があるせいで言い返せない。付き合う時の告白は3日猶予を貰ってもギリギリまで悩んでしまったし、将来の話をしてもらえず数年悩んだ女なんだったよ、私は。



「だから宣誓する!俺は来月、かのえにプロポーズします!」

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