小説 | ナノ


▼ 098

「……っはー、広いなー」
「おい鳴、迷子になるなよ」
「ならないよ!で、どこに行けばいいわけ?」

カルロの後を追って競技場に入れば、想像していたよりも大きいグラウンドがあった。

今日は、かのえの引退日だ。

「鳴、カルロ、遅い」
「勝之!」
「こっち来て。お前たち目立つからさっさと関係者席にやれって」
「俺は関係者だからな」
「出たよ、カルロのスポンサーアピール」
「早く来て」

今日の試合は企業主催の選手権だとかで、この結果が何かの大会に繋がるわけではないらしい。スポーツの発展と選手の健康云々〜って名目のやつ。で、主催がカルロ個人とスポンサー契約している会社。

「でもさー、関係者席って遠くない?かのえ見える?」
「記者エリアの後ろに作ってもらっているらしいから、見やすいと思う」
「へー勝之も仕事してんじゃん」
「馬鹿にしてんの?」
「ううん、ちょー褒めてる」

協賛に白河の勤める会社があるとかで、今日のこいつは派手なスタッフジャージを着ている。ウケる。俺だけ何もないな。いや、かのえが出場するから、めっちゃ関係者だったわ。

「じゃ、俺は仕事あるから」
「案内サンキュー!」
「また後でな」
「ん?あとで勝之と合流すんの?」
「鳴はどうせ糸ヶ丘と帰るって言い始めるんだろ」
「失礼な、今日は仕事だから流石にそんなわがまま言わないよ」
「どうだか」

まったく、俺を何だと思っているんだ。かのえにとって最後の日なんだから、かのえを選手として見守ってくれた企業にとっても大切な日だ。邪魔するわけにはいかないって、流石に分かる。



「あ、かのえ出てきた」

わーわーと声援を送られながら、かのえや高跳びに出る他の選手が、俺たちの座る方とは反対側から出てきた。さっきまでだって他の選手が投げたり走ったりしていたのに、それとは随分違う熱量だった。

(女王様の引退試合だもんなあ)

だけど当の本人は平然と歩いている。もっとファンサとかしたらいいのに。つまんないなー。手振ってくれないかなー。

「……手振っても見えねえだろ」
「分かんないじゃん」
「どこにいるか伝えたわけ?」
「着いたら連絡するーって言ったけど、着いたのさっきだからね」
「あー、試合前ケータイ見ないっぽいもんな」
「っぽいじゃなくて、本当に見ない」
「だから早く行くぞって言ったのに」
「だってかのえ以外興味ねーもん!」

前にいた記者たちがちょっとこっちを見る。やべ、この人たちは陸上全部観に来ているんだ。変なこと言って書かれないようにしないと。

「つーか、かのえ後ろの方じゃない?」
「そりゃ一番記録いいからだろ」
「王者って感じだね!」
「ま、実際7種競技はクイーンとして引退したしな」

そう、投げて・走って・跳んでの種目はもう最後の大会が終わった。去年の日本選手権を取って、今年の頭にアメリカへ行っていた。俺は絶対それが最後の試合になると思っていて、こっちもシーズン真っただ中でどうしたものかと焦っていたら、「もう1つ大会出ることにした」ってしれっと言ってきたんだっけな。考えたら、俺に来てほしくて今日の大会出たよな。うん、絶対そうだ。

「……あー、これかのえ全然跳ばないやつだ」
「あの高さなら余裕でクリアするだろうな」

走り高跳びのエリア近くに、電光掲示板が置かれている。そこに表示されているのが、多分跳んでいる高さだ。

「高校時代もこんなだったよね」
「懐かしいな、2年の時だっけ」
「そうそう、体育祭」
「あのあとの糸ヶ丘、鳴は友だちいないんじゃないかって心配してたぞ」
「……かのえは俺のことなんだと思ってんの?」

ぼーっとしながら、全然知らない女子が高跳びしている様子を見る。そういえば、初めてかのえに「負けたー!」って思ったのも高跳び見た時だったな。

「あ、かのえやっと跳ぶっぽい」
「つーか陸上大会って敵とすげー喋るのな」
「確かに。めっちゃ仲良いじゃん。友達かよ」

陸上の大会ってはじめてきたけど、結構和気あいあいと喋っている。顔見知りが多いからか、単純に次につながるような大会じゃないからか、敵同士だってのに、こんな喋るんだな。

「なんか……糸ヶ丘がキャッキャッしているのみるの面白い」
「そこは可愛いでしょ」
「キャッキャしている糸ヶ丘、可愛いな」
「は?俺のなんだけど」
「あーはいはい」

女子といるかのえってあんな雰囲気なんだ。めっちゃ可愛いな。

なんて見ていたらようやくかのえも跳ぶらしい。他の選手たちから少し離れて、トントンとリズムを取り始めた。

「思ったよりみんな残るねー」
「そりゃあ全員専門だからな」
「とっとと2mくらい飛んだらいいのに」
「そんな跳んだら日本記録だっての」

パチパチと小さな拍手と共に、今さっき跳んだかのえが分厚いクッションから降りてくる。そんで同じ高さに挑戦した人が失敗して、あと2人。

「あ、別の人失敗した」
「えっじゃあかのえが優勝!?」
「次跳べたら」
「あっけないなー!」

思ったよりもあっさり優勝が決まりそうだ。近くに置かれた電光板に表示されている高さは、かのえの自己ベストよりもずっと低い。その日の調子で結構変わるとは言っていたけど、多分跳べるだろう。

「あ、跳んだ」

案の定、かのえはその高さをクリアした。優勝が決まったとのアナウンスが流れて、なかなかに盛大な拍手が送られる。さっきまで周りを走っていた単距離だか中距離だかの選手たちもかのえに手を向けていた。かのえも競技場をぐるりと見まわして、四方八方、深くお辞儀をする。こっちみろ、こっち!

「えー……なんか盛り上がりにかけて終わった」
「まだ終わってないぞ」
「……ん?」

係員に何か話しかけている。まだ何かあるのだろうか。話しかけられた係員は、また高さを変えている。

「まだ跳ぶの?なんで?」
「最後の1人も失敗するまでやるんじゃねーの?」
「記録取っているから?でもこの大会って記録残るの?」
「……俺らもちゃんと勉強してくるんだったな」
「思ったより難しいんだなー、陸上って」

そういえば、かのえは甲子園へ来る前に頑張って野球のルールを勉強してくれていた。教わっていたのはカルロにだったけど。同じクラスだったら、俺が全部教えてやったのになあ。

「お、こっち見たぞ」
「!」

かのえが手を振ってくる。全力で振り返す。なんだ。なんか指さしてくる。

(俺? の、頭……?)

全然意味わかんなくて首を傾けていたけど、かのえは満足そうに笑ってスタート位置に付いた。


「全然分かんなかったんだけど!ファンサ下手じゃない!?」
「……鳴って身長いくつ?」
「はあ?なんで今そんな……あ、」


電光掲示板に表示されているのは、俺の身長。高校時代からちょーーっとずつ伸びては、都度かのえに自慢していた。


「ねえカルロ」
「どした」
「今って他の競技しないよね」
「見る限りは」
「……じゃ、せっかくだから盛り上げてあげないと!」

陸上のルールは知らないけど、高跳びの盛り上げ方は知っている。高校生の体育祭で覚えたからね。

俺は立ち上がって、両手を大きく広げた。

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