小説 | ナノ


▼ 097

「なあかのえ、いつから、」
「成宮くん」

エンジンをかけ出発し、ようやく繁華街から離れ広い道へ出た私たちは、ようやく口を開く。


「私ね、再来年で引退する」

ずっと考えていたことを、今はじめて彼に伝えた。

「……何それ」
「次のシーズンは全力でやる。一年頑張って、続く大会があれば出場して、それで終わりにする」
「……やっぱり俺の話、最初から聞いていたんでしょ」
「聞いていたよ」

成宮くんの口調が強くなる。そりゃそうだ、彼が先ほど言っていたこととは正反対のことをしている。

「なら分かるじゃん。俺はかのえに負担かけたいわけじゃ、」
「引退は元々考えていたの。身体も成績も、きっと今が限界」

身体は消耗品だ。他のスポーツ選手より些か早いかもしれないが、種目も多い分、私の身体のガタは思った以上に早くきている。自分の感覚だけじゃなく、会社の方できちんと検査もした。

もう、これ以上の成績は難しい。

「投げられるし、走れるし、跳べるけど、ピークは過ぎてる。自覚あるんだ」
「でもまだかのえは全然これからも、」
「退き際は今なんだよ」

ボロボロになるまで続けるよりも、今、強いままの私で終わらせたい。



「――分かった」
「それでね、お願いがあるんだけど」
「ん?」
「どこでもいいから、一度でいいから……試合、観に来てほしいんだ」
「……うん、分かった」

彼の試合もどうなるか分からないから、実際本当に来られるかは分からない。でも成宮くんの今の言葉には嘘がない。彼がちゃんと観に来てくれるつもりでいるというだけで、私は満足だ。



「……あー、でもかのえが引退かー」
「会社にはこれから言うんだけどね」
「え、言ってないの?」
「成宮くんに、誰よりも早く伝えたかったから」
「……そっか」

成宮くんはずっと一人で抱え込んでくれていた。私はすぐに成宮くんと考えを共有したかった。正反対だけど、向いている気持ちは、きっと同じだ。

「成宮くん」
「ん?」
「気遣ってくれて、ありがとね」

本音も聞けた。私も思っていたことが言えた。今日一日で、随分と私たちの関係は深まったと思う。


「つーか再来年ってことは、かのえも来年勝ち進む気満々じゃん?」
「あ、いや、それは」
「もうピーク過ぎる〜って言いながらも、勝つ気なのは流石だよね〜」
「も、もしかしたらってこと!」
「そんな言い方じゃなかったけど?いいと思うよ、自分に自信持つことは」
「成宮くんに言われると、なんだかなあ……」
「どういう意味さ!」

運転中だから彼の表情は見れないけれど、不満そうな顔がすぐに想像できる。

「でもさ、勝つ気でいるんでしょ?」
「まあね」
「……んふふ」
「え、なに気持ち悪いんだけど」
「いやぁー、昔のかのえは即答できなかったのになーって」
「あ、インターハイ前のこと?」
「そうそう」
「あの頃は若かったから……」
「今も若い!全然若い!」
「そうかな」
「そうだよ!むしろ同い年なんだからずっと若い気でいてもらわないと!」
「成宮くんはずっと小学生気分なとこあるよね」
「すっげー失礼じゃない!?あっでもねー、俺って小学生の時からねー!」

話題がころころ変わるのも、相変わらずである。しかしそのあとは家に着くまで成宮くんの『鳴ちゃん大モテシリーズ』の紹介が延々と続いて、私がうんうん頷くだけになっていたのだが、まあそんな相変わらずのやりとりも、私にとっては充分楽しいものだった。


(そんでさ、中学の卒業式ではすごくって!)
(分かった、分かったからとりあえず車から降りよう)

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