小説 | ナノ


▼ 095

「――で、どういう状況なの神谷くん?」
「鳴が飲みすぎて、潰れちまった」

神谷くんから連絡をもらい、自分の車で前と同じ店へ、今度は私が成宮くんを迎えに来る。着いた部屋にいた彼は、思った以上に出来上がっていた。というか、寝ていた。

「大丈夫?生きているの?」
「見てられない顔だったから俺が濡れタオル乗せた」
「白河くん、なんてことを」

顔に白い布を乗せられている様は、ちょっと不吉である。私の存在に気付いたのか気付いていないのか、彼はそのままの状態で口を開く。

「……酔ってない」
「酔っぱらいはみんなそういうのよ成宮くん」
「糸ヶ丘もな」
「私の話はそっとしておいて」
「お、おう」

「……うぷっ」
「ちょっと、戻すならここはやめて。神谷くん手貸して」
「この店の便所、男女別だったから俺ひとりで持っていくわ」
「ありがと、よろしく」

よいしょと、成宮くんをお姫様だっこして持っていく神谷くん。車に乗せられる体調にまで戻ってくれるだろうか。車に乗せられないとなれば、私が呼ばれた意味もあまりなくなる。

「糸ヶ丘も食べていいよ」
「え、いやでも」
「どうせ金は鳴が払うんだから」

成宮くんたちが去ったふすまを眺めていたら、白河くんにそう言われる。

「そもそも、これは何の集まりなの?」
「鳴の愚痴聞く会」
「愚痴?」
「それ、週刊誌」

床に投げられた雑誌を拾いあげる。つい先日発売した週刊誌だ。

「……そういえば、また書かれていたんだっけ」

今回は誰かと映った写真というわけではなく、ただ、私と成宮くんがすれ違い生活を送っているだとか何だとか。そういった記事は、ここ最近増えてきた。

「今までもあったのに、なんでまた突然」
「今回の記事は我慢ならなかったみたい」
「? 何かあったっけ」

「糸ヶ丘のこと、憶測で色々書いてあったから」
「あー……」

私が好成績をキープし続けるのは、結婚する気がないから。こどもを産めないから。そろそろ別れるのではないか。随分と好き勝手書かれていた。今までもそんなことがあったのだが、そのたびに成宮くんがきちんと怒ってくれたから私は気にしていなかったのだが、彼は違ったようだ。



「あ゛ーーーー……むり、」
「重てえな、いい加減歩けよ」
「むり、ぜんぶむり、あいつら、ぜんいんきえろ」

開いたふすまから成宮くんが転がってきて、その後に神谷くんが入ってきた。流石に重いよね。成宮くんは運んでもらった恩なんてまったくない様子で、うつ伏せのまま、寝息まで聞こえ始めた。

「ごめんね神谷くん、ありがとう」
「ちょっと転がしておくぞ、まだ車乗せられる状態じゃねーわ」
「ご、ごめんね」
「あ、」

神谷くんが机に置いてある週刊誌に気付いた。少し気まずそうにしている。

「私の方は気にしてないよ、デマだし」
「だけど、流石に今回の記事は酷いだろ」
「うーん、でも今回は会社の方も動いてくれるみたいだし」

私と成宮くんを取り巻く環境は、私たちの手には負えないものになっている。ありがたいことに私の勤める企業は、社員を大切にしてくれている。すべて託して、気にしないのが一番楽だ。

寝息を立てる成宮くんの頬をつつきながら、神谷くんの言葉にいつもの調子で返事をする。

「糸ヶ丘は冷静なんだな」
「んー……でも実際、将来のことは分からないからねえ」

成宮くんのために置かれていたであろう水を頂きながら、そう伝える。そういえば、彼らには成宮くんからメジャーに行きたがっていることを何も聞かされていないと前に愚痴ったんだったっけな。

「……せっかくだし、今本人に聞いておけば」
「え、」

白河くんから突然提案を投げられた。神谷くんもそれに乗る。

「そうだな、鳴は酔ってて糸ヶ丘が来たこと分かってなかったし」
「ちょ、何!?」
「ほらほら、こっちの通路に隠れておけ」

トイレへ向かうのとは別の、裏通りへ通じる方のふすまを開けられ、強制的に追い出される。ちょっと寒い。

神谷くんが成宮くんを起こそうとしている声が聞こえてきた。ゆする音と、ほっぺをたたく音も聞こえる。結構聞こえる。思ったよりも聞こえる。流石に痛そうだ。



「……おーい鳴、起きろ」
「おやすみ」
「お前の愚痴会だろ」
「お前らに言っても意味ないって気付いた」
「気付くの遅ぇよ」
「そもそも糸ヶ丘に将来の話してんのか」
「……してない」

神谷くんが聞いた質問に、成宮くんははっきりと否定をした。成宮くんはやっぱり、分かってて私に何も言わなかったんだ。少しだけ、苦しい。

それでも神谷くんはまた、被せるように言葉を続ける。

「なんで話さねえの」
「まだ時期じゃない」
「付き合って何年だよ、もう子供産んでいるやつもいるっていうのに」
「俺たちは俺たちだからほっとけよ」
「”俺たち”なら糸ヶ丘には言うべきだろ。子ども考えているなら尚更、」


「……かのえにその話題、絶対振るなよ」


ガサガサと布のすれる音がして、グラスを置く音もした。成宮くんが起き上がって、座ったんだと思う。

確かに、他の人から子ども云々言われるのは確かにちょっと嫌かもしれない。そういう類の気遣いかと思ったのだが、続く彼の言葉を聞いて、ようやく成宮くんの考えが分かった。


「”子ども産んでほしい”って、陸上やめろって言っているのと同じじゃん」


神谷くんも白河くんも、何も言わない。代わりに成宮くんの言葉が続いた。

「……俺さー、かのえと結婚するんだよね」

突然の宣言に、私はここに隠れていいのかと動揺してしまう。


「絶対する。高校生の時からコイツしかいないって思ってた」


「俺はメジャーに行きたい。アメリカ行くならかのえと一緒がいい。でも日本で活躍しているかのえに、日本での地位を捨ててまでついてきてくれなんて言えない」


「こどもだってほしい。育てるのは俺だってすげー頑張るし、金じゃんじゃん使ってかのえに楽してもらいたい。でも妊娠中は絶対陸上できないし、産んでから復帰する陸上選手って日本じゃほぼいないんだって」


「俺の考える”俺たちの将来の話”って、どうしてもかのえに陸上人生の進退に関わってきちゃうんだよ」


「だから、かのえが引退するまで将来の話はしない」


自分がすごく、情けない。

成宮くんがここまで考えていてくれたのに、自分のことしか考えていなかった。本当にこのまま一緒にいてくれるのかなんて、勝手に不安になって。試すようにちょっとずつ将来の話題を出したりして。

情けない。私は、大馬鹿者だ。

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