小説 | ナノ


▼ 092

「もーかのえフラフラじゃん、ほら掴んで」
「……ごめんなさい」
「そこは”ありがとう”でしょ、かのえは謝りすぎ」
「成宮くんが謝らなさすぎるだけだよ」

腰を支えてもらったままの状態で、店の裏通りから路地に出る。こんな道もあったんだ、流石はプロ野球選手が訪れる店だ。

「……誰かいたの?」
「ん?」
「成宮くん、向こう見てたじゃない」
「べっつにー?」

外に出た成宮くんが右の大通りの方を見ているから、てっきりそちらに歩くのかと思えば逆方向に向かう。向こうの方に、誰かいたのかな。

「敬語取れたけど、酔い醒めてきた?」
「うん、もう一人で歩けるよ」
「……まだ駄目」
「え、耳赤い?」
「うん、赤い赤い」
「えー私としては普通なんだけど」

近距離で私の横顔をみた成宮くんは、そういってまだ私を離さない。こんな状態になってしまった手前、放してくれとわがままを言える空気ではなかった。

「あれ、車で来てくれたんだ」
「かのえがヤバイ酔い方してるって電話きたからね」
「ヤバくはないよ」
「つーか飲むだけで許さない」
「それは……反省しています」

普段は絶対停めないであろう、人気のないコインパーキングに止まっている成宮くんの車を見かけた。真っ白い車。

また辺りを見回した成宮くんだったが、すぐに助手席側の右ドアを開け、私を抱え込もうとする。

「だ、大丈夫、自分で座れるから」
「いいから、ほら掴んで」
「やだよ危ない」
「動くと危ないっての!つーか昔もやったじゃんお姫様だっこ!」
「あれは怪我してたし、」
「今も十分怪我状態だよ、ほら」
「やだ、お邪魔しまーす」
「あ!……ったく、せっかくのシャッターチャンスだったのに」
「何か言った?」
「何でもないでーす」

お姫様だっこされそうになるが、流石にそんなことさせられないので自分から助手席に乗り込む。ため息をついた成宮くんも運転席側に乗り込んで、エンジンをかけた。

「かのえ」
「なんで財布?」
「駐車代、これで払って」
「私が払うよ、ここカード駄目らしいし」
「はー!?今時そんなとこある!?」
「というか流石に迎えに来てもらってお金出させないよ……」

左ハンドルだから助手席側から精算機を使わないといけない。こういうことはよくあるが、いつも成宮くんの財布で払っていた。だが彼は現金を持ち歩かない主義なので、小銭がいる時は私が出す。現金が必要な場所と、食費。私が出すのはこのくらいだ。



「――かのえさあ、」
「んー?」
「次の遠征、タイ行くんだね」
「げ、そういえば放置したままだった」
「見ちゃ駄目そうなのは見てないよ」
「その言葉を信じます」
「そうして」
「そうだ、お土産なにがいい?」
「んー……なんかテキトーに有名なものでいいや」
「そう? タイなら英語も割と通じるし買い物できるよ」

アジア圏でも英語さえ使えたら何とかなる国は多い。中国やシンガポールなんかも、英語でなんとかなる。イギリスには行ったことがないけれど、高校を卒業してから各段に英語力は上がったと思う。

「かのえって英語ぺらぺらなんだっけ?」
「旅行で困らない程度には」
「そっかー」
「英語、喋りたいの?」
「まー喋れたらいつかは便利かなーって」
「公用語の国も多いからね、イギリスとかアメリカとか」
「……そうだねー」

ここまで振ってみても、成宮くんは特に反応を示さない。

(鳴はアメリカ行きたいっつってんのに、このままでいいのか)
(成宮くん、アメリカ行くつもりなの?)
(……何も聞いてないのか?)

実は今日、神谷くんの口から「成宮くんは昔からメジャーを視野に入れている」という話を聞いた。そんなの初耳だ。神谷くんも私が聞いていないと思っていなかったらしく、慌てて謝ってくれた。今日の奢りは口止め料のつもりかな。



「……俺さー、」
「ん?」
「わがまま言われるのはキライだと思ってたんだけど、」
「言うくせにね」


「かのえにわがまま言われるの、結構好きかも」


信号で止まったタイミングで、突然そんなことを言ってきた。いたずらっぽく笑う顔は、昔と変わらない。信号に照らされた成宮くんの顔が、赤く見える。

「……成宮くん」
「ん?」
「ごめんなさい」
「別にいーよ」

家出したこと、迎えに来させたこと、勝手に怒ったこと、手のひら返して嫉妬したこと。謝りたい内容は、たくさんある。でも一番は、成宮くんを信用できなかったことだ。今もまだ、将来のことを話してくれないことは、引っかかっているのだけれど。

「今日のかのえは可愛かったから特別に許す!」
「いつも可愛くなくて悪うございましたね」

ケチを付けるように、悪態ついてしまう。こういうところが、可愛くないんだろうな。

「……ま、俺と二人きりの時は大体可愛いんだけどね」

ちらりと一瞬こちらを見て、平然と言ってくれる成宮くん。言葉を受けた側の私は恥ずかしくなって、わざとらしく窓の外へ視線を動かした。

(メジャーのことは、まあいつか言ってくれるかな)

いつになるかは、分からない。だから、ちょっと不安もある。でもちょっとだけ本音を言えたので今日は満足だ。それに成宮くんが嬉しいこと言ってくれたから、もう何でもいいや。

気が抜けた私はそのまま寝入ってしまい、結局お姫様だっこで成宮くんに運んでもらうこととなっただ。



(本っっっっ当に昨日はごめんなさい……!)
(だーかーらー!ありがとうでしょ!)

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