小説 | ナノ


▼ 091

「たっだいまー!」
「成宮くん」
「なーに?俺お腹ぺこぺこだからごはん先がいいなー」
「そこに座ってください」

いつものテンションで帰ってきた彼を、いつもと違う声色で出迎える私。

「何?俺おなか空いているんだけど」
「この記事はなんですか」
「ん?」

私の見せた週刊誌に心当たりがあるのか、それとも腕を組んでいた女子アナに覚えがあるのか、すぐに反応を見せる成宮くん。

「あーそれ先輩にめちゃくちゃ怒られたやつ!あと球団にも!理不尽!」
「登場人物全員怒っているじゃない」

私の差し出した記事は既に承知のようだ。『王様イライラ!女子アナからの罵倒も無視で去る』――記事によれば、成宮くんの球団の数人と女子アナで合コンをしていたそうな。ひとりの女性が成宮くんをターゲットにし、腕を絡ませ店から出てきたが、成宮くんの態度が悪くて彼に怒っていたんだとか。

成宮くんも女子アナも、成宮くんを合コンに連れ出した先輩も、彼らの球団も全員怒っている。なんだこれ。冷静にみれば、よくこんなの記事にしたなあと思う。だけど。

「うん、成宮くんがこの女子アナとどうこうしているとは思わないの」
「じゃあいいじゃん。ねえ俺ねー今日すごくてさー、」

はい終わり、とでも言わんばかりの様子で勝手に立ち上がろうとする彼を抑えようと服を引っ張る。腕は引っ張れないから。

「もー何なの?違うって分かったならいいじゃん」
「そうじゃなくて、この記事の日って、」
「だーかーらー、拒否ったし何もなかったし、合コンとか知らなかったし!」

今度は私に裾を掴まれないようにか、ぴょんとソファの背もたれを跨いで食卓へ向かってしまう。

食事はタイミングが合えば一緒に食べる。合わなければ別だ。だから私はもうごはんを食べ終わっていて、いつもなら一緒にテーブルへついていたりもするのだが、流石に今日は冷静ではいられない。

「……記念日なのにお祝いがないって、去年騒いだのは成宮くんじゃない」

リビングで次の遠征の資料を広げ眺めていた私の呟きは、彼へ届かない。

直接言わないのは私のエゴかもしれないが、成宮くんが「付き合った記念日なのに何もない」って怒ったから、ちゃんと一年前のその日に約束したのに。来年は一緒にお祝いしようって。チームの先輩とのごはんなら仕方ないと思って諦めたのに。騙されたにしても、それくらい報告してくれたっていいと思うし、週刊誌に載っても違うなら違うと言ってくれと、昔ちゃんと伝えたのに。

「かのえお風呂入んないの?先入っちゃうからね」

食べ終わった成宮くんはすぐお風呂へ行く。私は彼の下げた食器を洗おうとスポンジを持った瞬間、私の中で何かが切れた。



そして私は、財布とケータイだけを持って家を飛び出した。



***


「……ねえ」
「わっ……白河くん?」

あてもなく駅前を歩いていると、突然誰かに腕を掴まれた。振りむけば白河くん。スーツ姿を見るに仕事終わりだろうか、社会人野球をしているとはいえ、通常業務もこなすのは私と同じようだ。

「こんなとこで何やってんの」
「その、ごはんを食べようかと」
「鳴はどうした」
「えーっと、」
「……行く先ないなら来れば」

これはもしや、なんて思ったが、白河くんに引っ張られてきた場所は彼の住まいなんかではなく、平屋造りの立派なお店だった。奥に通され別室まで歩くと、そこには懐かしい顔がいた。

「神谷くんだ!」
「あれ、なんで糸ヶ丘が」
「拾った」
「拾われました」
「とりあえず食おうぜ、何飲む?」
「俺はウーロン茶」
「私も」
「飲まねえのかよ」

まあいいけど。そう言った神谷くんは店員さんを呼び、ウーロン茶2つと生ビールを頼む。

「で、糸ヶ丘はどうしたんだ」
「ちょっと色々ありまして、家から出てきました」
「家出? あいつと喧嘩でもしたわけ?」
「……神谷くん、週刊誌みた?」
「見てねえ」
「鳴が女子アナと腕組んで歩いているやつてしよ」
「白河くんって週刊誌読むんだ」
「会社の先輩が見せてきた」

お通しを食べるべく箸を割った白河くんは、よく分からない漬物を食べてようやく話に混ざってくれた。これなんの漬物なんだろう。あ、美味しい。

「あいつが撮られるの、めずらしいな」
「むしろ初めてなんじゃない?」
「私が知る限りは初めてだと思う」
「糸ヶ丘が見ようとしなくても、鳴が載れば記者が突いてくるでしょ」
「うん、聞かれたことない」

きっとこれが初めて載った記事だと思う。だから、成宮くんが週刊誌に取り上げられたら自分がどんな反応をするか、今日初めて気付いた。

「で、黙って合コン行ったから怒ったってわけか」
「そこじゃない」
「「じゃあなに」」
「……言いたくない」

ちょうど飲み物がやってきた。受け取ってくれた神谷くんはウーロン茶を白河くんに渡し、生ビールをなぜか私に差し出す。

「いやいや待って」
「飲めないっけ」
「飲める、けど、飲んじゃ駄目って」
「会社から?」
「……成宮くんから」

喧嘩をして家出までしてきたのに、どうして律儀に成宮くんの言いつけを守ろうとしてしまったのか。自分で言って、ちょっと情けなくなる。結局、私は成宮くんに嫌われたくないだけなんだ。

「酒癖悪いなら飲まないでよ、面倒だから」
「多田野くんが言うには、別にそんな変わらないらしいんだけど」
「じゃあいいじゃん、ちょっとくらい飲んどけ」

言われるがままにビールを受け取る。神谷くんは既に楽しそうだ。

(この二人が一緒なら、飲んでも大丈夫かな)

成宮くんの態度に少し怒っているというのもあって、私は受け取ったグラスを傾けた。


***


「……かのえー、お風呂あいたよー」

リビングのローテーブルに散らばっていた書類を勝手にみる。放ったらかしにしているのめずらしいな。かのえはいつも仕事のものは俺に見せないから。でもこれは遠征資料っぽいし、このくらいなら見てもいいでしょ。

「次はタイかー……ていうかかのえー?いないのー?」

日本代表の常連になっているかのえは、アジア遠征くらいなら頻繁に行く。アメリカとかもたまに行く。大会が多いし種目も多いから、めちゃくちゃ忙しそうだ。……たまには皿でも洗うかな。

――プルルルルッ

「ったく!誰だよ俺がめずらしく皿洗いしようとした時に……カルロ?」


***


「――で、どういう状況?」
「悪ぃ、顔変わんねえけど、多分すげー酔ってる」
「変なこと言ってた?」
「敬語使われてる」
「……酔ってんな」

神谷くん白河くんと飲んでいたら、せっかく楽しくなってきたタイミングで成宮くんがやってきてしまった。めずらしく彼への愚痴を聞いてもらえる時間だったのに。

「勝之までいるのに、なんでかのえがこうなるの」
「飲ませたのは俺じゃない」
「私は自分の意思で飲んでいるので二人は悪くないです」

私がどのくらい酔っぱらっているのか確認しようとした成宮くんの右手が、私の横髪を耳にかけてきた。

ぺしっ

だけど、グラスを持っていない手でそれを払う。

「あーもう!面倒な状態になってんじゃん!耳真っ赤!」
「面倒な女で悪うございましたね」

グラスを傾けながら成宮くんに愚痴垂れる。

「で、なんでこんなとこにいんの?男の前で酒飲むなって言ったじゃん」
「道で白河くんが拾ってくれました。二人は信頼してるので飲みました」
「いくらこいつらでも男は男なんだよ?分かってんの?」
「何も言ってくれない成宮くんよりかは信頼できますけど」
「……は?」

全然目を合わせていないけど、成宮くんの声色が明らかに低くなった。神谷くんが割って入ってくるけど、私と成宮くんの言い合いは止まらない。

「何それ、やっぱ疑ってんじゃん」
「そうじゃない」
「じゃあ何なの?今のかのえ、本当に面倒だよ」
「あー成宮、説明させろ」
「俺には言わなくてカルロには喋るんだ?ふーん」
「成宮くんにだって言ったじゃないですか」
「はあ?何のこと言ってんの?」
「だーもう!糸ヶ丘は黙れ!鳴は聞け!」

アルコールが入ったせいで口を滑らした私が伝えた、週刊誌に載った日付の出来事を神谷くんが説明する。白河くんは好き勝手注文して食べている。これ、誰が払うんだろう。



「――記念日ぃ?かのえそんなの気にしないって言ったじゃん」
「成宮くんは気にするって言ったじゃないですか」
「かのえが気にしないって言うから今年はないと思ったのに!」

さも私のためのような発言をする成宮くんに、更に言葉を続ける。

「ふーん、私とお祝いするのはナシにできて、女子アナと飲んだことは黙っていられたんですね、ふーん」
「だって何もないんだから言う必要ないし!」
「週刊誌載ったらちゃんと否定してって言ったのに。私には飲み会全部報告させているのに」

「……面倒だから、鳴はさっさと謝っちゃいなよ」
「……」

どう考えても数人で取り分けるべき大きさの出汁巻き卵をひとりで食べていた白河くんが、そう言ってくれた。黙り込んでしまった成宮くんの顔をようやく見てみれば、やっぱり不満そうな表情をしている。

「……かのえが記念日気にしないから合わせたつもりだった、それはごめん」
「そうですか」

「でも、女子アナ来るのは本当に知らなかったし、何もないから謝らない!」
「……へー、そうですか」

「大体、俺の隣に誰がいても嫉妬しないって言っていたのかのえじゃん!」
「そ、それは、」

「何もない!腕組まれただけ!それでいいじゃん!」

確かに言った。5年前に言った。告白の返事をした時だ、私もその言葉を言ってしまったことは、しっかり覚えている。

――でね、考えたんだけど、成宮くんの隣に誰がいても、私はきっと嫉妬しない。これは文化祭思い出しての経験則ね

だから、正直このやりとりをしなきゃいけないことがイヤだった。だって、だって言ったのは私だったから。でも、でも。


「……嫉妬するくらい好きになっちゃったんだから、しょうがないじゃない」


もうほとんど水分のない、氷ばっかりのグラスを無意味に口元へ持っていきながら、そう伝える。冷えた空気が顔に伝わり、ちょっと落ち着く。いや、落ち着けない。私は何を言ったんだ。神谷くんもこちらをみて、白河くんも手を止めた。

成宮くんは、私の腕を引いた。

「わっ」

引かれた勢いのまま、彼の肩口に顔を押し付けられる。ぎゅうぎゅうと抱きしめられている。成宮くんの背中越しに見える神谷くんがニヤニヤと笑っていて、今すぐ消えたくなった。

(……いつまで抱きしめられているんだろう)

それからどのくらい時間が経ったのか分からないが、ようやく成宮くんの腕の力が抜けた。彼は私の腕を掴んだまま立ち上がる。



「……帰るよ」
「え、待ってやだ帰らない」
「いいから、わがまま言わない」
「わっ私も玉子焼き食べたい」
「そんなの家で食べればいいじゃん」
「作るの面倒……」
「俺が作るから!ほら立つ!帰る!」
「おかね……」
「カルロが払う!つーか食ったのほとんど勝之だろこれ!?」

なんとなく2人きりなるのか気まずくて言い訳を探していたが、全部却下されて立たされる。ちょっとバランスを崩して彼の背中に触れたら、彼の左腕でぐいと腰を掴まれた。

(あー払う払う、払うからさっさと行け)
(カルロ頼んだよー!)
(ありがとうございます神谷くん)
(どうも)
(白河は払え)

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