小説 | ナノ


▼ 090

「あ、糸ヶ丘かのえ」
「……ん?」

大会で訪れた見知らぬ土地を歩いていれば、突然名前を呼ばれる。こんなところに知り合いはいないはずだし、キャップを被っていてはっきりとは見えない。しかし。

(うーん……どこかで見た顔)

おそらく同じ大会に出ていた陸上関係の人だろう。頭を下げて去ろうとする。が、呼び止められてしまった。

「お疲れ様です」
「あーすみません、初対面です。一方的に知っています」
「じゃあはじめまして」
「はじめまして、御幸一也です」
「ミユキ……ミユキ……」
「鳴とは中学時代からの知り合いです」
「あ、もしかして一也くん?あっ御幸選手!」

サングラスをしていないと誰だか分からなかった。彼のトレードマークといえばやはりそれで、あとはよく寝ぐせがついていると話題になっている茶色いくせ毛。後者まで深めの帽子で隠されていては、流石に気付けない。

「一瞬にして呼び方の距離感があいたな」
「成宮くんからとテレビからとで聞く名前が違うもので」
「一也でいいよ、名字で呼ばれるとバレちゃいそう」
「分かりました」
「あとタメだから敬語じゃなくていいって」
「分かった」

成宮くんがカズヤ・カズヤとよく言っているのは、一方的なものかと思えば、一也くんも成宮くんのことを下の名前で呼んでいるようだ。

(私に声をかけたってことは、成宮くんの彼女だって知っているんだよね)

それ以外で話しかけてもらえる理由もない。その勘ぐりは当たっていたらしく、次の行動がきた。

「せっかくだし、写真1枚撮ってもらっていい?」
「どうして?」
「鳴に送ろうかと」
「うーん、やめた方がいいと思うよ。面倒なこと言ってきそうから」
「ははっそれは楽しみ。ちなみに今日あいつどこにいるって言ってた?」
「昨日知り合いと飲んで、ぐーたらしているって」
「へー。ならすぐメール見るかな」

いぇーい、なんてピースをしながらインカメラで2ショットを撮ろうとする一也くん。手馴れているのかと思いきや、撮った写真を見せてもらえばボケボケである。慣れてないんかい。

「かのえちゃんはなんでこっちに?鳴と住んでいるんだよな」
「大会が昨日そこで開催だったの。帰る前にモーニングしていこうと思って」
「ふーん……で、迷子になっているわけか」
「……よく気付いたね?」
「その先歩いて行っても住宅地しかねーよ」
「なるほど」

危ない。一也くんに会わなかったら早朝から見知らぬ土地の住宅地を徘徊するところだった。

「案内してやろうか?」
「いいの?」
「俺も飯まだだし、迷われてもアレだし」
「……お手すきでしたらお願いします」

最初よりも少し深めに頭を下げる。ここでケータイを見ながら自力で歩いていればよかったのだが、生憎鞄の中に入れっぱなしにして一也くんに案内をお願いしてしまったことで、1時間後、私たちはとても面倒なことになる。


***


「へー、丸亀シニアの」
「みんなよく分かるね」
「そりゃ名門だからな。あと先輩もいたし」

案外、おじいちゃんは有名人のようだった。確かに昔からボランティアはやっていたし、すぐ蕎麦打ったりするからキャラは立っているのかもしれない。一也くんおすすめの喫茶店でモーニングにしては量の多い食事をとりながら、共通の人物を中心に会話を弾ませる。時間帯がよかったのか、店内は落ち着いていた。

(場所選べば、プロ野球選手ともゆっくり外食できるものなんだなあ)

成宮くんと出かけたらすぐにバレてしまうのだけれど、他にお客さんがいないおかげで、人気プロ野球選手ともゆっくり会話ができる。成宮くんの場合は髪色で目立っちゃうんだけど。あと声も大きい。

4人掛けのテーブルの、余った椅子にそれぞれ荷物を置いて向かい合ってごはんを食べ進めた。

「先輩?」
「高校時代の先輩が……あ、俺は青道高校ね」
「もしや滝川先輩?」
「分かるんだ?」
「高校3年の時に偶然会ったの。先輩の大学の見学していたらね」
「……もしかしてそれ、夏休み終わりくらい?」

なぜか一也くんは言い当てる。もしかしたら、先輩が言っていたのかな。

「そうだけど、先輩から聞いた?」
「いや、別の方」
「別?」
「ケータイなってるの、多分そいつだと思う」
「……あ、成宮くんだ」
「出た方がいいんじゃない?」

ごはん中にあまり通話をしたくないのだが、一也くんが「ここで出ていいよ」と言ってくれたので、通話ボタンを押す。

『ねえ!今どこ!?』
「遠征先だよ、一也くんといる」
『何言ってんの!?正気!?』
「そこまで言う?朝ごはん食べに行こうとしたら迷っちゃって」
『もーいい加減地図読めるようになってよバカ!アホ!』
「ごめんって。あ、何時頃に家着く?」
『あとで言う!切るね!』

切られてしまった。一体何なんだ。

「鳴、なんだって?」
「またあとでって言われた」
「デートの予定?」
「ううん、普通に家帰ってぐーたらするだけ」
「それが普通にって、幸せだなー」
「うーん、確かに大学生の頃よりは一緒に居られる時間増えて楽しい、かも」

初対面の一也くんにのろけてしまっている事実にふと気が付いて、しりすぼみになってしまう。一也くんもそれに気付いたのか、にやにやした顔をこちらに向けていた。ええい、放っておいてくれ。恥ずかしくなって黙々とトーストにかじりついていれば、なんだか通りから色んな声が聞こえてきた。


「……なんだか外が騒がしいね。何かあったのかな」
「いや、つーかあれ、」


「ちょっと!二人で何してんのさ!」


騒がしかった外を気にかけ入り口の方を見ていれば、つい先ほどまで電話をしていた彼が現れた。なぜここに。

「成宮くん、なんでいるの?」
「こっちのセリフ!一也のメール見て急いできたんだよ!」
「ああ、一也くんの下手な写真」
「かのえちゃん、容赦ないのな」
「かのえちゃんって呼ばない!あと一也って呼ばない!メガネでいいよこんなやつ!」
「ははっすげー言われよう」

まるで自分の荷物であるかのように、御幸くんのカバンを下に置いて、隣の椅子に座る成宮くん。キャップも被らず、Tシャツとジャージ。そんなにもラフな恰好でよくぞ出てきたなプロ野球選手よ。一也くん……もとい御幸くんが気遣って呼び方まで変えるよう言ってくれたのに、まったく無意味に終わってしまった。

「成宮くんが呼ぶから移っちゃった」
「移らないで!」
「つーか今更だけど、なんで鳴のこと名字で呼んでんの」

一也くんは成宮くんじゃなく、私の方を向いて聞いてくる。

「”成宮”って名字、かっこいいでしょ?」
「え、そんだけ?」
「うん、それだけ」
「鳴がそれでいいって言うの、意外だな」
「ま、いつか名前呼びにさせるからいいけどね!」
「えー、なるかなー」

せっかくのかっこいい名字なんだから、そっちで呼びたい。それにメイちゃんだと他にもいたりするけど、私の知る限り成宮くんは成宮くんだけだ。

「……おい鳴、意味分かってないぞ」
「かのえって頭いいけどアホなんだよね」
「ちょっと、悪口言われていることくらい分かるわよ」
「悪口じゃなくて、のろけが通じてほしいんですけどー」
「?」
「お前らめちゃくちゃすれ違ってんじゃん」

テンポの良い会話をしているが、どうも彼らの会話についていけない節がある。やっぱりピッチャーは頭がいいんだろうか。それとも、単純に私の頭が弱いだけなのだろうか。

「いーの!いつか分かれば!」
「それより、成宮くんなんでいるの?」
「かのえが一也とデートしているからじゃん!」
「デートはしてないし、なんでここに」
「あ、ごめん。こいつ俺の家にいた。あとデートってのも俺が送った」

御幸くんはわざとらしい笑顔を浮かべながら、そんなことを言ってくる。中学からの付き合いなら彼の性格は分かっているだろうに、よくもまあぬけぬけと。そして、成宮くんがどこにいるか分かっていながら私に居場所を聞いてきたのは、私たちの関係性を試したのか。

「迎えに来てくれたの?」
「とーぜん!」
「ごはん食べた?成宮くんも食べていく?」
「帰ってから食べる!かのえ荷物それだけ?車で一緒に帰ろ」
「ありがと、ホテルに荷物あるからあとで集合しよ」
「迎えに行く、地図送っといて」

御幸くんという存在があるおかげで、公の場所でも案外平然としていられる。何だかんだで、地元以外の場所で成宮くんと二人きりで出かけたりすることはないので新鮮だ。彼のせいで成宮くんが怒ってしまったけれど、彼のおかげで久しぶりに外で会えて、それと道も教えてもらった。プラス・マイナス・プラスだ。素直に感謝しよう。

(……俺もそろそろ帰るかなー)
(あ、御幸くんありがとう。おかげで助かりました)
(もう一生助けなくていいよ!俺がいるし!)

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