小説 | ナノ


▼ 088

「かのえ!ただいまー!」
「いらっしゃいませ成宮くん」

こちらの地方で試合のあった成宮くんが、「夕飯くらいならヘーキ」と言って私の部屋に寄ってくれた。プロになってすぐの頃は流石にしなかったけれど、今は調整も慣れてきたから大丈夫らしい。そう聞いたから部屋も片付け料理をして、万全の態勢で出迎えようとしたのだけれど、彼は突然不満そうな顔をする。

「……いきなり同棲ごっこぶった切らないで」
「同棲ごっこだったんだ」
「そうだよ、やり直しするよ」
「えーごはん盛り付けている途中なんだけど」

私も同じように不満を洩らせば、なぜか成宮くんの表情は和らいだ。

「あ、それ同棲っぽい。めっちゃいい」
「じゃあ満足ね。ほら」
「駄目!おかえりって言ってくれないと!」
「おかえりーごはんにする?するよね?」
「押しが強い!でも負けない!入るとこからやり直す!」

謎のこだわりを見せる成宮くん。こうなっては絶対折れないだろうから、仕方がないので付き合って差し上げる。せっかくだから、ちゃんと住んでいるように見せよう。鍵を渡して、成宮くんを外にやって、また鍵を閉める。何をやっているんだろうか。

ガチャリ

「……ただいまー!」
「おかえりなさい」
「今日のごはんは?」
「頑張って豚の角煮を作ってみました」
「ちょうど俺も食べたかった!運命じゃん!」
「いや、成宮くんのリクエストだからね」
「分かってるよ!ノってよ!」
「もーいいじゃない、そろそろ食べようよー」
「まあそうだよね、食べよう」

いい加減茶番も疲れてきた。成宮くんも飽きたようだ。ごはんの量が分からないので、どんぶりを渡して自分でよそってもらう。私はいつも自分で使っているお茶碗。成宮くんがトントンと白米の山を作っている間に、他のおかずをテーブルに並べる。

「いただきまーす!」
「めしあがれ」

相も変わらず、すごい食べっぷりだ。作り甲斐もあるというものである。

「ほいひー!」
「ならよかった」
「ほれほんほにほれの」
「分かった、分かったから後で喋って」

何を言っているのか全然分かりはしなかったけれど、喋るなら食べてからにしてください。そういえば表情だけで満足そうな様子を伝えてくれる。私は彼のふっくらとした笑顔が案外好きなのだが、食べている時はより一層だ。何が食べたい・今すぐ食べたい・俺は何もしない。そんなわがままだけど、この表情を思い出すとつい張り切ってしまう。

「……っこれ本当に美味しい!俺の求めていた角煮!」
「そこまで言われると照れちゃうな」
「照れてないじゃん!耳赤くない!」
「成宮くん、私の耳みて判断するのやめてよ」

どうしても私に照れてほしいらしい成宮くんは、たまにこうして私の耳元に手を伸ばしてくる。自分でも気付かなかったのだが、どうやら私は照れると耳に出るらしい。恥ずかしい時は耳が熱くなるのは分かっていたけど、まさかそんなに分かりやすく出ていたとは。

「そういえば、大学生ってもうすぐ就活はじまるんだっけ」
「そうだよ」
「かのえは何するつもりなの?」
「んー企業の陸上部に入りたいとは思っている、けど」
「けど?」
「……引退してからのことは、正直まだ」

正直まだ、きちんと考えていない。陸上は続けたい。ありがたいことに既にいくつかの実業団からやんわりと声もかけてもらっている。しかし、引退してからのことも、もう考えないとならないだろう。

「……引退してからのことは、引退してから考えたらいいんじゃない?」
「でも、プロ野球選手みたいに長く続けられないし」
「いーの、お金なくなっても俺がガンガン稼いでおくし」
「それはありがたい」

だけど、一体わたしがいつ引退するとしたらの話なのだろうか。実はこんな話をすれば、将来の話なんかを振ってくれるとちょっとだけ期待していた。

(……成宮くんは、将来どうしたいんだろう)

成宮くんは一体、どこまで行きたいんだろうか。ずっと日本で続けていくのか。メジャーを見据えているのか。私はいつまで、彼の隣にいられるのか。別れを切り出される気配はないけれど、未来のことをあまり話してもらえないので、多少不安はある。

(本人に直接聞ける勇気があればよかったのに)

昔の私だったら直接聞いていただろう。でもビビリな性格だけ残って、成宮くんに嫌われたくないって気持ちだけが成長してしまっている。

こんなにも恋愛に対して、成宮くんに対してのめり込むなんて、思ってもみなかった。


「あ!そうだかのえ!」
「何かあった?」
「今日の新聞!みた?」
「ううん、買ったの?」
「俺が一面のやつなんだけどさー、」

そう言って成宮くんは椅子から立ち上がり、鞄のところまで走っていったかと思えば、またすぐバタバタと戻ってきた。そして、新聞を開いて私に見せつけてくれる。

「ほらここ!かのえ!」
「あ、ほんとだ。成宮くんもいるじゃない」
「そうなの!でもちっちゃく!ちっちゃくかのえがいる!」
「私が小さい記事なのは分かったから」
「かのえと並んで載ったの初めてじゃん!なんか嬉しくない?」

そういって新聞の横から顔を出してくる成宮くん。ふっくらとした笑顔をみせる表情は、一面に載っている凛々しい姿とは遠く離れている。でも、こんな顔をみたら、まあ何でもいいかと楽観的になってしまうのだ。


(……あれっ!?かのえ優勝してたの!?)
(実はそうなんです)
(言ってよ!お祝いしたのに!)
(見出しくらいは読んでおいてほしかったかなー)

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