小説 | ナノ


▼ 087

「おー!本当にかのえいた!」
「……成宮くんはなぜいる?」
「鳴さん声大きいですって!糸ヶ丘さんすみません……」

どうしても大学見るって聞かなくて。去年また私の後輩となった多田野くんが頭を下げる。成宮くんは黒いニット帽をかぶりメガネをかけた顔をあげて、きょろきょろ辺りを見回している。そう、私の通う大学で。


「滝川の大学行った時はすぐ帰っちゃったからね〜」
「そもそもなぜ来る?」
「みーんな大学の話ばっかするじゃん?だから気になって来てみた!」

なんて言ってへらへらしている。

「でもよくわざわざこの大学まで来たね」
「下見の時も思ったけど、ちょー遠かった!」
「白河くんのとこ行けばよかったのに。近いでしょ」
「男ふたりで回ってもつまんないじゃん」
「……多田野くんを何だと思っているの?」
「多田野はここまでの案内!今からかのえと一緒に居る!」

満面の笑みを浮かべる成宮くん。テレビで観るそれとは違って、感情爆発って雰囲気でかわいいし、そう思ってくれるのは嬉しい。嬉しいけれど。

「私、今からゼミ行くよ」
「は?そういう専門用語やめて」
「えーと、共同研究でいいのかな。少人数で課題進めるクラス?」
「よく分かんない。授業?」
「今日は自由参加だけどね」
「じゃあサボっていいじゃん。俺ねー学食と図書館行きたい」

大学の図書館ってすごいんでしょ。そういって多田野くんにも話しかける。多田野くんは多田野くんで「鳴さんが本開いている姿想像できない」と、私と同意見の感想を彼にぶつけていた。「俺を何だと思ってんの!」なんて、変装が意味なくなりそうな大声を荒げる。

「私はサボらないし、図書館へは学生証がないと入れません」
「えーなんで!?」
「専門書って高いから、簡単に他の人が入れないように、」
「図書館入れない理由じゃなくて! なんでサボんないの?俺がいるのに?」
「むしろ、なんで優先してもらえると思ったの?」

きょとんとする成宮くん。彼の約束が先にあったのならばまだ考える余地はあるが、こんな突然来られても予定を変えるわけにはいかない。自由参加といっても、私はきちんと参加したい人間だ。

「俺だよ?俺が来たんだよ?」
「……分かった、じゃあゼミ終わったらすぐ来るから」
「えー仕方ないなあ。それまで樹で暇つぶししてる」
「でも糸ヶ丘さん、今日って陸上部の忘年会じゃ」
「全員参加のは来週だから今日は断ってくる」

同じ種目の、暇な人だけで宅飲みする予定だった。店の予約ではないし、大体こういう飲み会は結局別の種目の人や見知らぬ人も集まってきたりするので、1人くらい減っても問題ない。

「……かのえ、飲み会とか参加してんの?」
「そりゃするよ。私だって友達くらいいるし」
「そうじゃなくて!ここ共学!」
「そりゃ共学だけど」
「男もいるじゃん!そんなとこで酒飲んでんの!?」
「お酒は一滴も飲んでないよ」
「えっそうなの?」

とても素直な口調でそんなことを聞いてくる。これはもしや、試合後に電話した時の約束を忘れているのではあるまいな。

「……誰かさんと『初めて飲む時は一緒に』って約束したんだけどなー?」
「……樹〜そろそろ学食行こうよ」
「鳴さん、もしかして自分は飲んで、」
「8カ月も早く20歳になったのに、我慢していたんだけどなーー?」

やっぱり、忘れていたようだ。本人もお酒の場に行ったなんて言ってきたことないし、テレビでも聞いたことがなかったから信じていたのに。まあ忘れていただけで、嘘をついていたわけじゃないからなあ。私のこういうところをみて白河くんは「鳴に甘い」って怒ってくるのかもしれない。

「あーもう!分かったよ!じゃあ今日は3人で忘年会!俺の奢り!」
「え、俺まだ飲めませんけど」
「飯だけでも食えって。可愛い後輩へ向けた、先輩からのの優しさだよ」
「鳴さん……!」

めずらしく優しいことを言ってくれている成宮くんに感動した樹くんだったが、まさかこの数時間後、成宮くんの高級車のハンドルを握らされることになるとは思ってもみなかっただろう。


(ほい樹、鍵。かのえの家あっちね)
(えぇっ!?あんな高級車運転できないですって!)
(一生乗れないと思うから記念に運転しなよ)
(絶対無理です!傷つけたらどうするんですか!)

(……なら一生の記念に、かのえさんが隣に乗ってあげましょう)
(待て待て!かのえ酔っぱらっているな!?)
(酔ってないです、ほら樹くん、お姉さんとドライブしますよ)
(酔っぱらってるっての!つーか名前呼び禁止!)

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