小説 | ナノ


▼ 086

「し、しらかわくん助けて!」
「何してんの」
「帰宅する人波に負けています!」
「そうだね」

念願かなって、ようやく成宮くんの試合を観に来ることができた。大学生活になれるのに必死だったのと、今年度の序盤は私も海外遠征があったりしたのでやっとこさだ。なんなら試合どころか、彼の姿自体が久しぶりだったので正直見れただけで嬉しかった。試合も絶好調で勝利したので尚更だ。

「……ったく、なんで俺が面倒役しなきゃいけないんだ」
「ごめんね、ひとりで行けるって言ったけど、向こうが駄目って」

通路側にいた私を押しのけて、白河くんが先に歩いてくれる。何とか外に出たタイミングで、ようやく彼の隣に並ぶことができた。

「樹は?同じ大学でしょ」
「そうなの!?初耳」
「……鳴は誰彼構わず嫉妬するよね、おかげでなんでも俺に押し付けてくる」

白河くんの言うことに、私は申し訳ないなと思うと同時に、少しだけ笑ってしまった。

(学園祭の時も、白河くんのお世話になっちゃったもんな)

成宮くんと私は、同じクラスだったこともあるおかげで、共通の知り合いが多い。だけどこうして私のことを誰かに頼む時は、いつも神谷くんか白河くんだった。神谷くんは成宮くんと同じくプロ、白河くんは学校こそ違えど私と同じ大学生になったので、必然的に白河くんへ連絡へいくことが増えてしまった。

「白河くんへの信頼が厚いんだよ」
「そもそも俺がもらったの、糸ヶ丘監督の分じゃなかったの?」
「おじいちゃんは元教え子が決勝戦だって」
「そうなんだ」
「あ、ちなみに白河くんたちの試合も観に行っていたらしいよ」
「……へえ」
「あれ、嬉しくない?」
「別に」

つまり、嬉しいんだな。全然表情にでないから分かりにくいけど、白河くんは昔から嘘をつかないので分かりやすくていい。成宮くんは表情ですぐに分かるので、それはそれでありがたいんだけどね。


「――今日も鳴ちゃん、超かっこよかったねー!」
「ほんと、やっぱイケメンでピッチャーって最高……っ!」
「ていうか、ベンチ戻る時私たちにファンサしてくれてなかった!?」
「やっぱりあれ、こっちにしていたよね!?なんか変な顔だったけど」

前を歩く女の子ふたりがキャイキャイと騒ぐ。確か、私たちの前に座っていた子たちだ。白河くんが、何とも言えない視線をこちらへ向けてきた。

「……違うって教えてあげなくていいの?」
「言えるわけないでしょ」
「糸ヶ丘なら言えるかと思った……大学の方に帰るんだっけ」
「今日は実家に帰るよ。明日は休みだし」
「送ってく。車こっちに止めたから来て」
「いいの?ありがと」

人波にもまれながら何とか白河くんの隣を頑張って歩いていれば、神様のようなお言葉を頂けた。ちょうど、彼の今住まう場所の通り道となるらしい。

「よろしくお願いします」
「寝たかったら背もたれ倒して、シートベルトはして」
「せっかく白河くんの隣なんだから、寝るなんて勿体ないことはしないよ」
「うるさくしないでよ」
「頑張る」
「あと、ケータイ越しでもうるさいから鳴からの電話は出ないで」
「いやいや、流石にかかって来な……」

プルルルル……

プツ……

プルルルル……

プルルルル……

プツ……

プルルルルルルルルル……


「……出ていいよ」
「す、すみません」

通話切ボタンを何度か押したのだが、すぐにかかってくる。既に運転を始めてくれた白河くんに謝罪を入れて、成宮くんからの電話に出る。

『遅い!しかもなんで切るの!?』
「お疲れ、すごかったね」
『トーゼン!じゃなくて、なんで切った?今電車?降りたとこ?』
「ううん、白河くんに車で送ってもらっているとこ」
『なんで!?』
「今日実家に戻るの。そしたらついでに送ってくれるって」
『なんで!?!?』
「な、なんで……?」

なんでと言われても困ってしまう。ついでに送ってくれる以外の説明ができない。

「糸ヶ丘、電話」
「あ、はい」

路肩に停車して、白河くんがこちらへ手をのばす。言われるがままにケータイを渡せば、淡々と喋り始めた。

「どうせ何かあったら俺のせいにするんでしょ。……はいはい、そうだね」

短く喋って、私にケータイを戻してきた。そしてすぐ、走行車線へ戻っていく。

『……絶対家にはあげないでよ』
「おじいちゃんいなかったらね」
『あ げ な い で !』
「糸ヶ丘いいよ、肯定してあげて」
「わかった、わかったから」
『で、帰ったらすぐ電話して』
「成宮くん、忙しくないの?」
『ちょーーーー忙しい!出られるか分かんない!』
「あ、はい。でも電話するね」

白河くんの方をみれば、ため息をついている。振り回しちゃって申し訳ない。



***

「糸ヶ丘監督によろしく」
「うん、帰ってきたら白河くんが送ってくれたって伝えるね」
「別に言わなくていい」
「そう?じゃ、またね」
「また会う予定もないと思うけど」
「そんな寂しいこと言わないでよ」

試合が長引いたのか、おじいちゃんはまだ帰ってきていなかった。いたら玄関まで寄ってもらいたかったんだけど、いないなら寄る用事もないと言って、家の裏のコンビニに降ろしてもらった。そしてそこでさようなら、あっさりと白河くんは去っていった。本当はさっさとお風呂に入ってしまいたいけど、すぐしなきゃいけないことがあるので、湯舟は諦める。



「――もしもし?」
『遅い!』
「遅くないよ、すぐかけたよ」

自分の部屋にあがり、ベランダに出る。風が心地よい。

『寄り道してない?まっすぐ帰ってきた?玄関までだよね?』
「ううん、玄関じゃない」
『なんで!?嘘でしょ今隣にいるとか!?』
「コンビニで降ろしてもらいました。いつものコンビニ」
『……かのえが、かのえが小癪な真似を覚えてしまった……っ!』
「あはは、ごめんて」

成宮くんは口うるさいことが多いけれど、こうしたやり取りをすると愛されているって実感して楽しい。成宮くんがよく「かのえは全然嫉妬してくれない!」って怒るのも、こういう小さなことでも好きでいてもらえているって常々実感できているからなのかな。

「そういえば、あの下手なウインクさ、」
『下手って言わないでよ!走って戻りながらだから難しいの!』
「ならウインクしなきゃいいのに」
『カルロがやっててキャーキャー言われていたから真似してみました〜』
「真似できていないけどね、変な顔って言われていたよ」
『誰に!?あ、勝之か』
「ううん、前に座っていた鳴ちゃんファンの女の子」
『……俺のファン、俺に厳しくない?』
「あなたの彼女から見てもアレはウインクじゃなかったよ」

どうしてウインクにこだわるのかと思えば、神谷くんを意識しての事らしい。成宮くんはたまーに、そうやって高校時代のチームメイトの真似をする。今回のウインクは全然できてなくて分からなかったけど、この間は原田先輩のホームラン後のパフォーマンスを真似して、それはそのまんまだったからニュースに取り上げられていた。

「でも相変わらず女性ファン多いね」
『彼女いるってのにねー』
「原田先輩も女性ファン多くてすごいよね」
『雅さんって女子人気あるの!?ゴリラなのに!?』

随分な言い様だ。

「本当だよ、大学の友達にも何人かいるし」
『は!?俺のファンは!?』
「陸上部にひとりいるよ」
『へ〜……どんな子?かわいい?』
「稲実出身で、高跳びやっている子。可愛いかは成宮くんの判断に任せるね」
『めちゃくちゃ可愛い子だ!』
「ひとりで満足?」
『満足!』

試合の熱に浮かされてしまったのか、普段言わないような絡み方をしてしまう。電話越しじゃなきゃ言えなかったかも。熱くなった耳を夜風にさらす。けど、浮かれているっていうのは成宮くんにも伝わってしまっていたらしい。

『つーかめっちゃ饒舌だけど、もしかしてビール飲んだ?』
「ううん、飲んではいないよ」
『ならよかった』
「なんで?」

そう、私はようやく20歳を迎えたばかり。まだ飲んだことはないけど、次の大会が終わったら打ち上げがあるから、その時に同学年のみんなで飲むと思う。楽しみ。

なーんて考えていたのだけれど、成宮くんからストップが入る。

『俺以外のヤツと一緒に酒飲まないでね』
「えっなんで、飲むよ」
『だってかのえがお酒弱かったらどうするのさ』
「弱かったらそんなに飲まないと思うけど」
『メッチャクチャ弱くてすぐ酔っちゃったらどうするの!』

そう言われても。多分そうなったら、誰かが助けてくれると思う。

「別に酔っても大丈夫だって」
『よくない!』
「……成宮くんは何が不満なの?」

尋ねてみれば、ちょっと間をおいて、教えてくれた。


『……俺以外のヤツが、かのえの酔っ払った姿はじめてみるのヤダ』


電話越しだから、成宮くんの表情は見えない。だけどきっと、唇を尖らせているんだと思う。

私も向こうから表情が見えないのをいいことに、しっかりとにやけてしまった。

「……なら、初めてお酒飲むのは成宮くんと一緒にする」
『……いいの?俺1月だけど』
「待つよ。だから成宮くんも私と会うまで待っててね?」
『待つ!ちゃんと待つ!』

元気よく返事をしてくれる。きっと今は、お互い笑っている。

玄関の扉の開く音がした。おじいちゃんが帰ってきたみたいだ。白河くんに送ってもらったって伝えよう。あと、成宮くんがすごかったっていうのも、はやく喋りたい。

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