小説 | ナノ


▼ 085

『明日家まで迎えに行くから一緒に登校しようよ』

そんなメールが届いたのは、卒業式前日だった。
いいよ、と短い返事を送り、私はベッドにもぐりこんだ。やけにそわそわして眠れなかったのは、明日が最後だからか、それとも久しぶりに彼と会うからか。




「かのえ!久しぶり!」
「成宮くんおはよー」
「反応ゆるくない!?」
「テレビで観ていると久しぶりって感じがしないって、本当にあるんだね」
「こっちは久しぶりって感じなんだから、かのえも俺に合わせて!ほら!」
「成宮くんに感情移入って難しいな……」

色々考えすぎて、逆に落ち着いてしまった。はっちゃけてしまうかと思ったのだが、意外と冷静に成宮くんと対面する。

「糸ヶ丘ママは?」
「朝はいつも通りバタバタしているよ」
「んー、じゃあ今日は挨拶やめておこっと」
「あとで写真撮らせてよ。見せてあげたら喜ぶだろうから」
「そこは”一緒に撮ろう”でしょ!」
「あ、神谷くんたちとも撮りたい」
「いやとりあえず俺とね!?」
「あはは、それは勿論だよ」

なんてことない会話をしながら、学校まで歩く。そういえば、一緒に登校なんて初めてだ。送ってもらったことは何回かあったな。バッティングセンターは行ったけど、結局野球観戦はできなかった。一緒に物件見に行ったのをカウントしたら、あれが唯一の遠出かなあ。他にはデートらしいデートって、する暇なんてなかったし。

「かのえ、ぼーっとしてない?泣くのは早いよ?」
「……やりたかったことたくさんあったなーって」
「分かる!俺もある!」
「へえ、意外」

やりたいことは、何でも好き勝手にやっているイメージだった。

「雅さんに『彼女来てるから練習抜けるね』って言ってみたかった!」
「思ったより小さかった」
「昔先輩が自主練中に言ってるの見て、いいなーって思っていたんだよね」
「じゃあ彼女作ればよかったんじゃない?」
「んー、でも付き合いたいって思えたのかのえくらいだし」
「……へー」

さらりとそんなことを言ってくる成宮くん。向こうが普通にしているのに、こっちだけ恥ずかしがりたくない。そう思って、落ち着いて返事をしたけれど、成宮くんはニヤニヤしながら私の方を見た。

「あ、照れた?照れたでしょ?」
「てっ照れてない!ちょ、髪あげないで!」
「だってかのえ、顔に出ないから耳見るしかないじゃん!」
「もーやだ触らないで!」
「そこまで言う!?」

たった1kmくらいの距離。あっという間に着いてしまう。結構早く来たつもりだったけど、半分以上のクラスメイトがもう来ている様子だ。

「白河くん、おはよ」
「おはよう」
「ねえねえ、今の間に写真撮ろうよ」
「普通、胸に花つけてからじゃないの」
「そっか。じゃあ後でね。約束ね」
「わざわざ言わなくても」
「だって野球部の人ってずっと囲まれてそうじゃない?」

1年前のことを思い出す。”残っていたらボタンを貰う”と約束をした手前、原田先輩よりも早く帰れない。そう思ってチラチラ様子をうかがっていたのだが、先輩はずっと人に囲まれていた。今考えてもボタンを貰えたのは奇跡だったなあ。その奇跡のボタンも、今は成宮くんのブレザーに付いているけれど。

「去年のこと言っているなら、それはプロ行く人だったからだよ」
「関係ないって。あと白河くんには最後だから声かけたいって人多そう」
「……ま、糸ヶ丘が暇してそうだったら撮るけど」
「やった!あと神谷くんも予約しておかなきゃ」

隣のクラスにも顔を出そう。ああ、それと去年のクラスメイトも進学先が遠い人には先に声をかけておかないと。ああ、忙しい。時間が全然足りない。


***


「かのえ!」
「成宮くん!もう終わったの?」
「ちょーーーー長かった!もうピースしたくない……」
「人気者ですねえ」

友達との挨拶が落ち着いたら、野球部寮につながる渡り廊下で。その約束がようやく果たされた。成宮くんは随分と写真を頼まれていた様子だ。

「そっちは?」
「ボブちゃんがカメラ係をしてくれたからスイスイと」
「あいつ芸能マネージャーかよ」

式が終わり、担任からの最後の言葉を頂いて、クラスで写真を撮る。隣のクラスも寄ったりして、外に出れば後輩たちがわんさかいた。陸上部の子から、いつも応援に来てくれる人。それと、以前成宮くんの告白の件でひと悶着あった一年生、成宮くんがいうに「日本人形みたいな子」も来ていた。



「ね、もう1回だけピースして」
「ん」
「……よし」

成宮くんのピンショットを撮る。あとでお母さんに見せなきゃ。

「いやだから2ショットを撮ろうって!」
「それはそれ。これはお母さんに送るの」
「……やっぱ俺が撮る!」
「ちょ、ケータイ返してよ!」
「ほら!寄って!」

寄ってと言うくせに、自分から私の肩を引き寄せる成宮くん。頬が触れそうなほど近づいて、こちらが驚いている隙にパシャッと音がなった。

「やだ!絶対変な顔した!」
「大丈夫だって、かのえは元々顔整っているわけでもないし」
「今言う!?事実だとしても今!?」
「でもめっちゃ幸せそうじゃん、送るねー」
「あ、ちょっと……もう!」
「へへっ俺にも送っておこうっと」

ぽちぽちと、我が物顔で私のケータイを操作する成宮くん。もう彼の好き勝手にも慣れてしまった。慣れたところで、これからは全然会えなくなってしまうんだけれど。



「あ、そうだ」
「なに?」
「これあげる」
「……あげるというより、返すだよね」

だらしなくなった制服と、私の手に転がるボタン。元々原田先輩の物だったそれは、ここ1年近く、成宮くんのブレザーに付いていた。

「どっちでもいいじゃん!」
「でも期間的には原田先輩に付いていた時間の方が長いよ、これ」
「あーもう!じゃあこっち!こっちもあげる!」
「……いいの?」
「雅さんと違って、俺は彼女のためなんだから!」
「ふふっ」
「何!?」
「今すごく幸せだなって」

ブレザーの二番目のボタンも渡してくれる成宮くん。これから取材はもうないのかな、なんて心配もあるけど、素直に嬉しいという気持ちがわいてくる。手のひらに転がった小さなボタンを、ぎゅっと握りしめた。


(今だけじゃなくって、今からずっと幸せなんだから!)
(間違いないね)

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