小説 | ナノ


▼ 083

「よし!打とう!」
「いやいや待て待て」

念願叶ってようやく来ました、バッティングセンター。しかし、やる気満々でレーンに入ろうとしたのに成宮くんに止められる。

「なんで?」
「140kmなんて打てないだろ」
「そうかな」
「ちなみに前に俺が投げて見せたので130kmくらいかな」
「やめます」
「よろしい」

意気込む私を制してくれた成宮くんに感謝しつつ、オススメされた90kmのレーンに入る。小銭を入れる前に、どのバットがいいとか、どうやって握るだとか、基本的なことを教えてもらう。人が少なくてちょうどよかった。

先ほどポケットに移した小銭を機械に入れて、いよいよ打席に立つ。

「わっ」
「ほらほら〜振らなきゃ当たらないよ〜」
「成宮先生!バットが重いです!」
「もうちょっと短く持てば?」
「こう?」
「そう」
「ぎゃっ!」
「お、当たったじゃん」
「やった!」

全然前には飛んでいないけれど、ようやくバットに当てることはできた。嬉しい。ただのファールだけど嬉しい。
だんだんと当たる回数も増えてきて、ぼてぼてだけど前にも飛ぶようになってきた。

「……終わっちゃった」
「もう1回する?」
「ううん、疲れたので次は先生のを見ます」
「えー俺別にやらなくていいんだけど」
「私が見たいのでお金を払います」
「いやいや待て待て」
「えー駄目?」
「やるから。でもせめて140kmのレーンにして」
「やった!」

一度出て、逆の端まで移動する。140kmってことは、成宮くんがちゃんと投げる球よりちょっと遅いくらいなのかな。どんなものなんだろう。ちょっとわくわくしてきた。成宮くんはカランカランと置いてあるバットを順番に持ち上げて、一番端にあった1本を手に取った。右側の打席に立った成宮くんが、ゆらゆらとバットを揺らして準備する。私は小銭を入れて、扉の外に出た。


「ぎゃ!」
「可愛くない悲鳴やめてくれるー?」
「すごい!はやい!でも打った!すごい!」
「当然でしょ……っと!」
「わー!すごいすごい!」
「次どこ打ってほしい?」
「えーっと、神谷くんの方!」
「よし……っしょ」
「ほんとに飛んだ!」
「”飛んだ”んじゃなくて”飛ばした”の!」
「次!次は白河くんが取れないの打って!」
「難易度高いな!?」

言いながら、左の方へ低い球を飛ばす成宮くん。「あー……」と唸っているが、私にはそれの打球を白河くんが取れるのかどうか分からない。ただ分かることは、彼がすごいってことだけだ。1回25球。あっという間に終わってしまった。


「……どうよ?」
「すごかった!成宮くんって凄かったんだね!」
「今更!?ピッチングでもその反応欲しかったんですけど!?」
「稲実にもガラス扉あればよかったんだけどね」
「雅さんの寄付で作ってもらえばよかった」
「あの時まだ高校生だったじゃない」
「そっか」
「いつかの後輩のために作ってあげて」
「えー俺いないのに整備増やしてもなー」

とか言いつつ、成宮くんは卒業してからも差し入れに来そうな気がする。何だかんだで後輩から尊敬されているし、人望はあると思う。面倒見は悪いらしいけどね。

なんて会話をしていると、なんだか視線を感じた。成宮くんも気付いたようで、少し慌て始める。

「げっなんか見られてる」
「成宮くんだって気付かれたのかな」
「話しかけられたら面倒だし、早く出よ」
「うん、付き合ってくれてありがとね」
「いーよ!約束だったし」

向こうの方で、中学生くらいの子たちがこちらを見ている。ちやほやされたがるかと思ったのだが、どうやら違うようだ。私はもう一度掴んでもらえた手に合わせて、頑張って歩いた。


「声かけられるの、好きじゃなかったっけ?」
「今日はデートだからね!今日の成宮鳴はかのえの物!」
「そっか、ありがとう」
「いやここは感動するところでしょ!?」


***


「あとは糸ヶ丘ママと糸ヶ丘パパに要相談だなー」
「そうだね」
「ま、どっちも良さそうけど」
「成宮くんのお気に召したなら何より」

日も落ちてきた頃合い、行きとは違う路線の電車に揺られながら、私たちは家に戻る。成宮くんも冬休み前のタイミングで実家に戻った。でも今日は、入寮前の挨拶で学校に寄るらしい。前日に確認したから、きっと間違いない。それと、今年は寮でケーキを準備してもらったりもしていないらしい。これも多田野くんに確かめたので間違いない。

「あー……でもかのえと次会うのは卒業式かー」
「毎日一緒だったから変な感じだね」
「こういう時は”寂しい”って言うの!辞書に登録しておいて!」
「うん、分かった」

「……あー、次会うのは2カ月後かー」
「寂しいね」
「よし!」
「そっちも寂しがった返事してよ」

やり直しされたので、言われた通りに寂しがってあげた。思いの外元気のよい返事がきた。よしじゃないだろう。

「あ、成宮くん」
「何ー?」
「あれって球場?」
「ん? あーそうそう」
「ここから近いんだ?」
「さっきの駅から1本じゃない?何分かかるかは知らないけど」
「なるほど」

通りすぎた場所に、大きなまるっぽい建物がみえた。もしやと思って聞いてみれば、やっぱりプロ野球をする球場らしい。

「え、もしかして敵チーム応援する気?やめてよね?」
「でも成宮くん来ることあるでしょ?」
「リーグ同じだから来るだろうね」
「じゃあさっきのとこに住む」

どうせなら会いやすい方がいい。はじめて応援に行くなら彼の本拠地がいいけれど、これから4年間も住むことを考えたら、敵陣営だろうとも近い方がいいだろう。

「……なんでそういうこと言うかなー……」
「え、駄目だった?」
「駄目じゃないけど!でも軽率にそういうこと言うのやめてよね!」
「どういうことさ」
「そういう人たらし発言!」
「成宮くんをたらしこめているなら何より」

多分、彼の顔が赤いのは夕日のせいだけじゃないと思う。多分。うぬぼれじゃなかったら。



「かのえ、送ってく」
「うん!」
「そんな嬉しい?」
「うん、その言葉を待っていました」
「そんなに?」

高校の最寄り駅に着く。イコール糸ヶ丘家の最寄り駅だ。成宮くんならきっとそう言ってくれるだろうとは思っていたけど、言ってくれなきゃ私が甘える羽目になっていたので助かった。

「ねえねえ、学校行く前に時間ある?」
「まあ監督遅くまでいるし、別に大丈夫だけど」
「じゃあうち上がっていって」
「……は?」
「あ、お母さん今いないから、かしこまらなくていいよ」
「はあ!?」

母がファンと知ってから、成宮くんは何かとネコをかぶっていることが多い。あんまり普段と違う態度を取らせてもリラックスできないだろうと思い、ちゃんと伝えてあげた。しかし、逆に成宮くんはそわそわしながら駅からの道を歩いていた。

(お父さんただいまー)
(……お父さんいるのかよ!!!)
(年始はいるって言ったじゃない)
(言ってたよ!!!そうだよちくしょう!!!)

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