小説 | ナノ


▼ 078

「糸ヶ丘、これ」
「白河くん?なにこの紙、ぐしゃぐしゃだけど」

ざわつく教室。そして廊下。いつもと変わらぬ火曜日であるはずなのに、同級生も下級生もこの教室を覗きにきている。お目当てである成宮くんがまだ登校してきていないからか、通り過ぎていく人が多い。しかし、私が白河くんに呼ばれただけでひそひそと話し声が強まる気配を感じた。白河くんが睨んだらおさまったけれど。

流石に校内では、あの告白の相手が私だというのが広まってしまっているんだろう。


「去年の体育祭」

白河くんは、それだけ言う。でも、皆まで言われずともそれだけで分かった。私が成宮くんに、借り物競争で選ばれた時の紙だ。なぜそんなものを、今さら白河くんが。


「昨日、鳴の机で数学のノート探してたら見つけた」
「なんでまだ残してあるんだろう」
「あいつ、ポケットの物すぐ机に放置するんだよ。小銭とか菓子とか」
「やりそう」

ポケットに入れた荷物を放りだして、服を脱ぎ散らかす成宮くん。容易に想像できてしまって笑ってしまう。そんな私をみて、白河くんはすこしきょとんとする。最近少しずつ、彼の表情が分かるようになってきた。2年生の時は全然分からなかったのにな。

「あんまり鳴の机触りたくなかったから放置したけど、神谷が盗んできて『すぐ糸ヶ丘に渡してやって』ってさ」
「神谷くん、中身みたのかな」
「見てた。そんで渡せって」
「そっか、白河くんありがとう」

白河くんと入れ違うようにして、成宮くんがやってくる。白河くんはいちいち「成宮くんにバレないように」なんて考えてくれる人だとは思えないので、単純にタイミングがよかったのだろう。でも白河くんは、頼まれたからってわざわざこんな古びた紙を届けてくれるなんて、そんなことしてくれる人でもないと思っていた。

挨拶だけして、成宮くんは席につく。野次馬していた他クラスの人たちも、なんとなく気まずいのか、すぐに自分の教室へ戻っていった。


***


「成宮って席どこ?」
「窓際一番前!みえなーい!」
「たしか後ろに例の子の席あるんだよね?」

人、人、人。みんなお昼ごはんはいいのか。
12時のチャイムが鳴ってしばらくすると、なぜか廊下が人であふれていた。流石に自意識過剰ではないと分かる。目的は、私と成宮くんだ。

「よう」
「神谷くん、どうしたの」

遠巻きにみている人を押しのけて、神谷くんがやってきた。教室に入ってきてくれたらいいのに、わざわざ窓を全開にして、廊下から話しかけてくる。

「残念ながら糸ヶ丘じゃなくて鳴に用事なんだよ」
「それは残念」

窓枠に組んだ腕をかけ、成宮くんに何か耳打ちをしている。成宮くんは聞こえやすいようにか、身を乗り出して神谷くんに近づく。廊下からでも姿が見えたのか、色んな声が湧いた。

「あー鳴ちゃんいるー!」
「後ろにいる人、糸ヶ丘先輩だよね!?」
「えっ見たい!私見たことない!」

顔を出していない私まで見られている。流石に食事中の姿を見られるのはちょっといやだな。少しだけ伏せ気味にして食べ進めていると、視界の端にいた成宮くんが急に消えた。


「ッ逃げんな!!あんただろ!!」

箸を置いて顔を上げるも、そこにいたのは驚いた顔をした神谷くんだけだ。成宮くんは、窓から廊下へ飛び出していた。

ガンと、ロッカーに何かが当たる音がする。廊下から先ほどとは違う、ざわざわとした声が聞こえた。


「な、成宮くん!」

急いで廊下に出れば、そこにあったのは、小柄な女子生徒を追い詰めている成宮くんの姿だった。ロッカーにもたれかかっていた女の子の頭上に、彼の右腕がある。さっきのは成宮くんがロッカーを殴った音か。

「今度は何? 糸ヶ丘まで晒そうとしてるわけ?」
「ち、ちがっ」
「成宮くん!何やってんの!」


「こいつだよ、動画ネットに載せたの」


ビクッと女子の肩が震える。心当たりがあるのだろうか。


「そうなの?」
「そ、それはっ」
「成宮くん、腕どけて」
「……分かった」

いくらなんでも、こんな体勢でまともに喋れるわけもないだろう。成宮くんに引いてもらい、泣き崩れてしゃがんでしまった女子生徒と視線を合わせるべく私もしゃがみ込む。多分喋ったこともない子だ。上履きの色で判断して、話しかける。

「一年生よね」
「……そうです」
「あなたが撮ったの?」
「……っごめんなさい!こんな騒ぎになるなんて思わなくて……っ」
「俺の動画だよ?なるに決まってんじゃん」
「とりあえず、動画は消して。今も何か撮ったなら消して」
「……はい」

ぽちぽちとケータイを触る様子をみて、これで安心かと一息つく。消しました、と言ってくれたので、失礼ながら彼女の黒くて長い髪をそっとどけて、ケータイ画面を見る。見た。でも、よく考えたら消えているのか分からない。

「……ごめんね、見方が分からなくて。消えているのかな」
「ここが投稿一覧で、最近のがここです」
「えーっと、時間がこれだから……消えている?んだよね?」
「あーもう!糸ヶ丘はネット疎いんだから!俺がみる!」

しびれを切らした成宮くんが、割り込んで彼女のケータイを奪い取る。せかせかスクロールしたりタップしたりして、確認はできたみたいだ。しかし、ケータイを返そうとしない。


「元の動画は?ケータイの保存データ確認させて」
「そ、それはちょっと、」
「男に見られちゃヤバイなら、糸ヶ丘に見させるけど」
「……成宮先輩でいいです」

おずおずとケータイを受け取ろうとする女子生徒。しかし、成宮くんは自分で勝手に画像ファイルを開けているようだ。プライバシーなんてあったもんじゃないが、彼自身もSNSに告白の様子をあげられてしまっているので、お互い様という状況だ。

「……は?」
「……本当すみませんごめんなさい悪意はないんです」
「何?何があったの?」
「いや、写真のデータ、ほとんどが、」
「ぎゃー!糸ヶ丘先輩には言わないでください!!」


ケータイを取り戻そうとする女子女子生徒。しかし、成宮くんと私が上に手を伸ばせば、小柄な彼女では阻止できない。受け取った体勢のまま、見上げてケータイのデータを見てみれば――

「……私?」
「すみません違うんです個人的にほしくて撮っていただけなんです」
「個人的に欲しがる量じゃないだろ」
「だって!糸ヶ丘先輩派なんですもん!」
「えっ何その派閥」

私の写真だらけのケータイを持ったまま、疑問をぶつける。どういうことだろう。でもなぜか成宮くんは心当たりがあるようで、「そういうことか」と呟いた。

「あー……そういや一年から聞いたことあるわ。なんか俺と糸ヶ丘でどっち派だのって話あるんだって」
「どっち派?政治的な?」
「多分ジャ〇ーズ的な」
「へー……?」

いまいち受け止め切れなかったが、ともかく嫌がらせ行為ではなさそうだ。それなら別に問題ない。成宮くんの動画さえ消してもらえたら、充分だ。

「あれ、でもなんで成宮くんの動画あげたの?」
「私、糸ヶ丘先輩派ですけど二人セットでいるのが好きなので、お二人がくっ付きそうになっている様子があまりにも嬉しくて……!」
「……? 悪意はなさそうだけど……成宮くんは、解決ってことで大丈夫?」
「俺のことはどうでもいいっての。糸ヶ丘に迷惑かけようとしたやつ、許せるはずがないよね」
「じゃあ、私がいいって言えばいいのね」

不機嫌そうにしていた成宮くんの表情が、さらにきつくなる。

「はあ?こんな騒ぎになってんのにそんなアッサリ許せるわけ?」
「そもそも、成宮くんがあんな告白しなきゃこうはなっていなかったよね」

ともかく、これは成宮くんが引き起こしたことだ。流石にネットにまで載せられることは予想できなくとも、校内でこんな状況になることは予想できたはずだ。

「そ、それは!……っ糸ヶ丘が言ったんじゃん!」
「私が何言ったらあんな告白になるのさ」
「糸ヶ丘が『みんなの前で告白する度胸なんて成宮くんにはない』って言ったんだろ!その時俺が『ある』って返事したのも覚えてないわけ!?」
「あー……あったような」
「でも糸ヶ丘はビビりだからみんなの前で俺に気持ち言わなくていいように3日待つって、痛いカルロ!」


「お前らそろそろ止めておけ」



成宮くんの顔が揺れたと思ったら、神谷くんに頭をチョップされていた。その様子を見て、ようやく冷静になる。そういえばここは廊下で、人だかりができていたんだった。先ほどまで当事者だった一年生も、どうしていいのか分からず呆然と立っている。

ごめんね、もう大丈夫だから。そう伝えれば、ようやくハッとして正気を取り戻した女子生徒が、精一杯頭を下げて謝罪する。パタパタと走り去っていく様子をみて、ほっと一息ついた。野次馬していた人たちも、ちらほらいなくなっていた。私もはやくごはん食べなきゃ。



「ねえ糸ヶ丘!放課後!」
「なに」

イライラを隠しきれないって顔のまま、成宮くんが一方的に告げてくる。


「放課後、返事ちょーだい!」

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