▼ 077
「糸ヶ丘、選んで」
「え、でも彼女じゃないし」
「告白してきた相手にそれ言う!?」
到着したラーメン屋は、チェーン店でも何でもない、カウンターと少しのテーブル席だけの小さな店だった。昼時を過ぎたからか、客は他に1人、カウンターにいるだけ。
食券システムだったことに、少し笑みをこぼしてしまう。そういえば、前に学食で「食券機使ったことない」って言ったことあったっけな。なんて思いつつ財布を取りだせば、先にお金を入れた成宮くんが私にボタンを押すよう言ってくれた。
「ごめんねありがとう」
「そしてこの会話の流れで謝罪はやめて」
「ご、……ご、ごちになります」
「よろしい」
カウンターの奥にいる店長さんに声をかけて、成宮くんは直接食券を渡そうとする。水はご自由にとなっていたので、私が2つ分汲む。テーブル席でいいかな。
「……で、糸ヶ丘は結局何がヤなわけ?」
「イヤということはないんだけど」
「なら俺の何が気にくわない?かっこよくて優しくて将来有望で、これ以上何を求めてんの?」
「何を求めているというか……成宮くんのこと、そういう風に見たことなかったから困っている」
店長さんに食券を渡した成宮くんは、先にテーブルへついていた私の正面に座る。そして、いきなり本題に突っ込んできた。
「困るなよ、喜んでおけよ」
「嬉しいのは確かだよ、でも、今まで考えていなかった分、多分成宮くんと私とで”好き”の形とか、方向が違う気がするの」
「いいじゃん別に、好きなら好きで」
「やだ。それは成宮くんに対して不誠実になる」
「……っはー、真面目だね!いいや、ラーメン食べよう」
「うん」
私たちの前に注文待ちの人がいなかったからか、すぐにチャーチュー麺が出てくる。思ったよりも肉厚なチャーシューは、こんな時になんだが、素直に美味しそうだと思った。
黙ってずるずると食べる。美味しい。成宮くんは食べるのも綺麗だ。あとはやい。同時に同じ物を食べ始めれば、当然彼の方が早くなってしまう。成宮くんはレンゲで浮いたネギを取りながら、一方的に話しかけてくる。
「……俺の好きっていうのはさ、」
「ん」
「単純にいえば、”糸ヶ丘の隣に他のヤツがいてほしくない”んだよ。恋愛はもちろん、たとえ恋愛じゃなくたってその場所は俺の物であってほしい」
「んん」
「……美味しい?」
「うん……美味しい」
「よかった。で、それなら糸ヶ丘も俺に対してそう思ったりしない?」
「私は、」
(――私だって多分、成宮くんのことが好きだ)
でも別に成宮くんの隣に他の女の子がいても、嫌だと思ったりしたことがない。実際、文化祭前に写真部の後輩に成宮くんがまとわりついているという噂を聞いても、嫉妬とかそういう感情はわかなかった。
それに、成宮くんの感情が、一時的なものなんじゃないかっていう不安もある。だってつい最近までライバルとしか見られていなかったし、成宮くんがいつから私のことを好きでいてくれたのかも分からない。
「……待って!やっぱ明日聞く」
上手く言葉にできなくて考えていたら、成宮くんの方から返事を止めてくれた。
「大丈夫、今まだ分からないって言おうとしたとこ」
「即答できないようじゃ駄目じゃん!」
「あはは、インターハイ前にも同じこと言われた」
「あー糸ヶ丘が自信なさ気だった2年の時ね」
「そうそう」
「……あの時の糸ヶ丘は駄目じゃなかったし、俺もまだいけるかな」
「んー……まだ一日あるから、ちゃんと考える」
散々考えたし、今も考えている途中だけれど、答えはちゃんと出せていない。成宮くんを、信じ切れていない。だけど、ちゃんとした返事をしたい。
「そうして!おっちゃんご馳走さまー!サービスありがとね!」
「サービス?」
「糸ヶ丘のチャーシューめっちゃ分厚かったから」
「ええっそうなの!?初めてきたのに」
「俺が常連だし。あと動画見たりしたのかなー、さっき親指立てられた」
「あ」
言われて思い出した。走って食べたら忘れるなんて、私もずいぶん単純である。
しかし、私が自分の簡単さに顔を渋くさせていたのを、このとき成宮くんはしっかりと見ていて、そしてなにやら誤解させてしまっていたらしい。
(返信どうしよう……)
(んー、とりあえず俺宛てが1番で、他は放置しよ)
prev / next