小説 | ナノ


▼ 076

「かのえ〜鳴ちゃんの動画みた?」
「動画?」
「やだもーあんた女子高生でしょ?ネットの話題くらいチェックしなさいよ」

月曜日、文化祭の振り替えで休みである。のをいいことに、私は部屋の掃除に励んでいた。なぜこういう時は部屋を片付けたくなるんだろう。

休憩がてら何か飲もうと1階へ下りれば、母親が悩みの種である人物の名前を挙げる。そして私にケータイを見せつける。



『――ソイツが俺以外の男に幸せな顔させられているのは絶っっっっ対イヤなので、今、ここで言います』



映っていたのはつい2日前の、彼の様子だ。


「っ!!こ……これ、なに!」
「SNSで回ってきていたのよー、青春よね〜微笑ましいわ〜!」
「な、いや、ちょっと、」
「どうしたのよ。あ、もしかして鳴ちゃんの好きな子知ってる?相手誰?やっぱり王道に吹奏楽部?」

私の気なんて知らずに、お母さんはせっついてくる。昔は私と成宮くんの関係を疑ったりしてきていたけど、以前「ライバル視されている」ということを伝えてからは、成宮くんと私の間に恋愛感情はないものと思われている。でも、私だって、そう思っていた。

「わ、わたしランニング行ってくる!」
「ちょっとかのえ!お昼には帰ってくるのー?」
「わかんないー!」



そして走り出して、今だ。


『糸ヶ丘さんって成宮くんと仲いいっけ?』

『鳴ちゃんってかのえちゃんとよく喋っていたよね』

『あれってもしかして糸ヶ丘のこと?』



掃除に夢中で気付かなかったが、今ケータイをみるととんでもない量の通知が来ていた。クラスメイトや陸上部の人たちは、そっとしておいてくれているのか、案外連絡は少ない。だけど去年同じクラスだった子や、卒業していった先輩たち、あげく陸上の大会で知り合った他校の人からも連絡が入っている。


「どうしよう……」

走るのを止めて、とぼとぼと歩いているとあまり馴染みのない公園まで来る。こんなところまで走ってきてしまったのか。ともかく誰にも会いたくなくて、人気の無さそうな公園に入りこむ。

が、そこにいたのは、何の因果か応報か。

「あ、」
「げっ」

成宮くんが、そこにいた。

「その反応は失礼じゃない!?」
「ご、ごめん成宮くん。まさかこんなところで会うとは」

成宮くんは身軽な服装で、バッドもグローブも持たず柔軟をしていたようだ。彼もランニングをしていたのだろうか。

「本っ当失礼!なんでこんなのに惚れちゃったのかなー」
「……それは何とも言えませんが」
「言えよ!自分の良いとこアピールしなよ!」
「や、別にそういう必要は、」

つい口走ってしまい、成宮くんの眉間が更に狭くなる。もう何を言っても地雷踏みぬく気しかしない。お腹もすいた。逃げ出したい。

「……まー今更アピールされなくてもー……つーか何してんの?」
「ランニングしてて、」
「ここランニングコースだったんだ?初めて会ったね」
「いや、今日は何というか、」

何も考えたくなくて、がむしゃらに走っていただけ。

それを誤魔化しながら伝えたかったんだけど、逆にこの言葉だけで成宮くんは気付いてしまったらしい。ちょっと渋い顔をして、自販機に小銭を入れている。ガタンと落ちる音がして、拾ったそれを私に差し出してくれた。


「……はい、スポドリ」
「くれるの?」
「その様子だと、なーんも考えずに走り出したんでしょ」
「うっ」

バレてしまっている。促されるままに自販機近くのベンチに、二人並んで座る。

「ごめん、今度100円返すね」
「これ150円」
「……利子つけて200円返します」
「いーよ別に。150円分の時間くれたら」

念のためケータイのケースに千円札は入れてあるけど、生憎小銭は持っていなかった。その旨伝えたけれど、成宮くんは遠慮する。150円分の時間。


「……1分10円の通話料だっけ」
「あー糸ヶ丘が突然甲子園観に来た時のやつね」
「そうそう」
「あの時、すげーテンションで電話してきたよな」
「初めて甲子園見たからね、凄かった」
「凄かったのは”成宮鳴の試合”でしょ!」
「……確かに、成宮くんはすごいんだなーって思った」

そして、今も思っている。

ケータイを取り出せば、またポコポコと通知が光る。小さくため息をついてポケットにしまい込めば、成宮くんはまたちょっと眉間を寄せて声をかけてくれた。


「……糸ヶ丘のとこにも、連絡入ってんの?」
「まあ、うん」
「ったく、なんの為に俺が名前言わなかったんだっての!」

意味ねーじゃん。そういって成宮くんはベンチの背もたれにだらんともたれかかりながら、上を向いて文句を言い始める。そうか、騒ぎにならないようにと、私の名前を言わず、そして外部からの参加者がない時にしてくれたのか。公開告白だったけれど、一応の気遣いはあったらしい。


「監督にも呼び出されるしさー……」
「えっ怒られたの?」
「いや、普通に心配された。悪いのは載せたやつって分かってくれているし」
「なら良かった」

小さく安堵の声を漏らせば、だらしない座り方のまま、成宮くんが顔をこちらに向ける。


「……そっちは?」
「ん?」
「嫌な連絡とか、入ってない?」
「あー……」

ケータイを見ないまま今を迎えているせいで、どんな連絡が入っているのかも分からない。そろそろ開いた方がいいのかと思うけれど、そう言われるとどんな内容がくるのか分からなくて、ちょっと怖くなる。


すこし気まずい空気になっていると、成宮くんが口を開く。


「……昼飯食った?」
「え、ああ、そういえばまだ食べてない」
「近くにラーメン屋あるけど、行く?」

突然の提案に、少し嬉しくなる。でも、今の絶妙な関係性で、簡単に頷いてもいいのか少し考えてしまう。

「いいの?」
「彼女じゃない人間には奢らないけどね!」
「千円札は持っているから大丈夫」
「……もー!そういうとこ!別にいいけど!」

ほら行くよ。成宮くんが歩き始める。逃げ出したいと思っていたのに、どうしてか自然と彼に着いていく流れにしてしまった。

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